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バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

高等部進学へ向けて

2018年11月21日 | 就学に向けて
またまた久しぶりの投稿。
最近はペアレントメンターとしての活動で別にブログを書いていることもあり →未来えんじんブログ
こちらはちょっとほったらかしです。

さて、バンビですが いよいよ来春中学を卒業予定。
先日 特別支援学校(高等部)の願書をもらってきました。

特別支援学校の場合、普通科だとほぼ誰でも入れるので
もちろん、願書出して面接とか形ばかりの試験はあるけど、知的に重度の人も進学できるし。
まぁ いわゆる世間一般の中学3年生のように、受験に追われるということはないから気は楽だよね。

これが 就業技術科という 軽度発達障害で一般就労を目指す、しかも就職率100%を謳う学校
この辺の通学圏内だと、水元小合学園、永福学園、志村学園辺りへの進学を狙うとなると
何しろ倍率が1.25倍とかで 全員合格できるわけじゃないし
それなりに受験対策が必要になるんだけどね。

ちなみに 就業技術科の他に、職能開発科というのがあって
これは就業技術科よりは小規模だし、障害も一応中度~軽度 となっているけど
でも、やっぱりバンビには難しいと思って、チャレンジするのはやめることにした。

だって、就業技術科不合格になった子がリトライできるわけで
そうなったら 初めから職能開発科目指してもなかなか難しいしね...。

特別支援学校の普通科は 知的に重度の子もいるけど
中には企業就労する子もいて そういう意味ではとても幅広い。

バンビは、中学3年間支援級にいて 他の子についていくだけでもいっぱいいっぱいのところがあったし
(本人は至ってお気楽みたいだけど)
高校は少しのんびりして、自分に自信をつけてもらえたらな と思っている。


中学でも 来週は作業所での職場実習もあるし
いよいよ世の中に出る日が近づいているのを感じる。

でも本当にそんなにすぐに 就労でいいのかな? と親として迷う気持ちもあるんだよね。

だって、同世代のほとんどの子が 高校卒業して、まぁ全員大学進学とは言わないまでも
専門学校に行ったりするわけで
高卒ですぐ働く子は いまどきなかなか少ないんだよね。(都心だからなのかもしれないけど。)


それなのに、ただでさえ人よりゆっくり育っているバンビが
どうして高校出てすぐ働かなくちゃならないんだろう...

もっといろんな体験をして、勉強をして
学生らしいモラトリアムな時期を楽しんだっていいんじゃないか そんな風に思うわけ。

それ言うと 勉強苦手なら、世の中に出て楽しく仕事してお給料もらえた方が幸せじゃない? って言われたこともあるし
企業サイドの人からは 就労支援なんかに行くより、実際企業に入った方が余程学ぶことは多いし身に着くよ って
言われたこともある。

どっちも確かにそうかもしれない。
でも、それはその人にもよるだろうし、バンビはどうなんだろう? って思うんだよね。


もう、バンビも大人になっていくわけだから 本人の意志も尊重してあげたい。
でも、まだ現在の段階ではそれが固まってなくて、ふわふわしているように感じられる。

今の私にできることは いろんな選択肢を用意すること。
これを選ぶとメリットはこうで、デメリットはこう。
こっちを選べばメリットは... という風に。
親の一存で決めつけるのではなく、示唆する くらいのカンジかな。

次の3年間の間に じっくり考えて行こうと思ってる。
でも、この3年がねー 年々早くなるのよね。
中学だってこの前就学~ と思ったのに、もう卒業だもんね。
ちょっと焦るなぁ...

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

小学校と中学校の違い

2016年06月16日 | 就学に向けて
そろそろ、就学相談が始まってる頃ですね。
もうあれから1年経つのかと思うと早いなぁ...。

 バンビも入学から2ヶ月。
中学での生活に慣れてきているようだけど、やっぱり彼にはいっぱいいっぱいなところも多いんだと思う。

バンビの場合
例えば、小学校だと行事予定とか持ち物とかは 先生から親に向けたプリントが配布されていたけど
中学では 児童が先生の指示(それも一斉指示)を聞いて、自分でそれを連絡帳に書き取らなければならない。
もちろん、先生も黒板に書き出したりして 視覚的フォローはしていくれているようだけど
バンビみたいな子には これがなかなか難しい課題なんだよね。


先日、連合体育祭の練習を他校と合同でやるので
体育着登校で、持ち物は空の財布 と書いてあったことがあり。

なぜ 空の財布? と聞いても、本人よくわかってない。
まぁ たぶん小銭を配布されて、それを財布に入れていってバスに乗る時に自分で料金を払うんだろう と思って
そう言うと 「あぁ、そうだった。」って。おい!

体育着のまま下校するの? 制服もいるの? と聞いても「わからない。」
念のため持たせたら 体育着で帰ってきて
しかも制服は 「学校に置いてきちゃった。」って、おーい!

「明日何着て学校行くの?」と言ったら、「だって、わからなかったんだよー。」(涙)

仕方ないから冬服のズボンを引っ張り出す羽目に...。


先生の口頭での指示を その場で理解してそつなくこなせる子もたくさんいるんだろうけど
バンビには 集中して人の話を聞くところからして難しいからなぁ。


その出来事を先生に話したら
”他の1年生にもそういうことはありがちなので大丈夫です。
 でも、今後を考えると バンビくんだけに特別にプリントを出すというような対応はできないので
 個別に声掛けをするくらいになります。”
という受け答え。

もちろん私も 個別対応を期待しているわけじゃないので構わないんだけど。
こういう場数を踏んでいって、経験積んで、少しずつ慣れていけばいい と思っているから。

将来、働くことを想定したら こういう力は身に着けておいた方がいいもんね。


逆に言うと 最初は失敗しても、これに慣れて行けるようになれれば 支援学級に通う意味があると思う。
場数踏んでもこの子には無理という状況なら 支援学校の方が適切だろうし。


これから中学の見学や体験をされる子のパパママは 是非そういうところを実際に見て考えてもらえたらいいんじゃないかな。
単に授業だけ見たら、小学校と中学校 そう大差ないことやってたりする場合もあるから
それだけで判断してもねぇ っていうところあると思うよ。

時間的に可能なら(学校が対応しているなら)
是非早めに行って 朝の会の様子を見るとか、帰りの会までいて見てみるとか をお勧めするな。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 8 ~ついに学校決定~

2016年03月01日 | 就学に向けて
バンビの進路がやっと決まりましたー。
4月からは中学校の支援学級に通うことになります。
やれやれ、長かったー。

 先月末に再度支援学級の体験に行って、朝トレと社会、算数じゃなかった数学の授業に参加。
朝トレはこの前と同じようにラジオ体操と、スクワットやスタートダッシュの基礎運動。
圧倒的に遅いバンビ...。

特に”アヒル歩き”って言うのかな?
しゃがんだまま、歩く歩き方。
これ、股関節が硬いバンビには相当難しいらしく、他の子達が2往復する中やっと片道届くくらいで...。

一緒に行ったオットが 「何だか見ていて 情けなくなってくる...」と思わずつぶやいたのも
まぁ 気持ちはわからなくもない程の 親としてのいたたまれなさで...。
でも 私は前回で免疫ついてるからかな。
仕方ないじゃん、これがバンビなんだもん って、思えたけど。


 社会は、1~3年全員一緒に鎌倉幕府についてのお勉強。
歴史なんてバンビ初めてだからなー。いきなりすぎて、まずその概念がわからないと思うんだけど。

鎌倉幕府、源頼朝 って黒板に先生が書いて、はい書き写してって言われても
目の悪い(立体視が難しい)バンビにはなかなか難しくて時間がかかるし。

モニタで 馬に乗った鎧兜の武士の絵を見ながら、”武士のイメージについて答えなさい”って言われても
他の子は ”刀を持って敵と戦う”とか答えてるんだけど、バンビが書いたのは「馬」
うーん、見たまんまだね、そうだね。(苦笑)


算数は能力別で、いちばん下のクラス(男子が他に3人)に入れてもらったけど
これはまぁ自分に合ったプリントをやってるカンジなんで何とかかんとか... というカンジ。
バンビも一応九九はやってるし、繰り上がり・繰り下がりで3桁と1桁か2桁の計算はできる。(よく間違うけどね。)
見たら1年生の子も指を使って計算してたから、同じくらいのレベルかな。
なんかちょっと安心する。

それでも、できたら先生のところに行って「できました。お願いします。」
新しいプリントをもらったら「ありがとうございます。」
そういう挨拶はみんなしっかりしてる。
先生に何か言われたら「はい」と返事をするところも徹底している。

ちょっと厳しいと思えるくらいだけど、将来を考えたら今きちんとできていることは大事なのかも。
この辺の規律の正しさみたいなところは 支援学校では感じられなかったからね。


その後の音楽では バンビを教室に残し、オットと私は校長室へ。
支援学級では厳しいと思う、バンビのペースに合わせて待つことはできない と
学級の先生にも校長先生にも くどいほど何度も言われた。
(この日教育委員会の先生は同席してなかった。もう親の判断でいいということね。)

それでもここでという意志をお持ちなら 後はそれを教育委員会に伝えて正式に決定となります という話だったので
よろしくお願いします と伝えて終わり。

小学校の先生も、中学校の先生も、教育委員会も、先生という先生がみんなバンビに対して支援学校を押してきたけど
私とオットは 支援学級でと決めたんだもん。
教育委員会の先生に電話で報告したら、「おめでとう。良かった。」と言ってもらえたのでそれはすごく嬉しかったけど
「卒業までずっと様子は見守るから。」って。まぁ、まだお世話になる可能性あるってことね。(笑)

区から就学通知書が来たので、保護者がそれを了知したとして書類を返送し、これにて就学手続きは完了。
学校(小学校・中学校)には 区からそれぞれ通達が流れるそう。


実は 最初にここの体験をした後
バンビは学校(小学校)で先生に「バンビ君はY中に行くって決めたの?」って言われて
「イヤだ、行きたくない。」と泣いたらしい。
(それを先生に聞かされたのは 昨日だけど...。何でそういうのその日に教えてくれないのかね?)

でも、この日の体験の後 先生が「どうだった?」と聞いたら
「Y中で頑張る。」と言ったんだとか。


2回目にして少し慣れたこともあるだろうし
学校で 同級生(他の2人も同じ支援級に入ることになっている)と一緒に着替えの練習をし始めたことも
心理的に作用してるのかもしれない。
(制服を意識して、朝学校で着替えてワイシャツのボタンやベルトの練習をしてるんだよね。)

そうなんだよ、子どもの気持ちって変わるんだよね。
それにできなかったことができるようになることで身につく自信もあるんだよ。
可能性があるなら それに賭けてみてもいいじゃないか。
もしうまくいかなかったらその時また考えればいい。
それじゃ子どもの気持ちが傷ついて... っていう人もいるけど、そのフォローは親である私達がちゃんとすればいい。
責任持てるのは 親しかいないんだから。

そう思って私達はこの道を選ぶことにした。
入ってからが大変かもしれないけど。
それも親子で努力していこうと 今は思ってる。
あー、ほっとした っていうのは3割くらいで、あとの7割は身の引き締まる想いだけどね。


ほんとによく頑張ったね、バンビ。 おめでとう。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 7

2016年02月15日 | 就学に向けて
現時点でいまだバンビの中学進学先は決まっていません。(泣)


今月の初めに再度支援学校の体験に行ってきたんだけど
それでやっぱり”ここは違う”という気持ちになったんだよね。

教育委員会にその旨伝えたら、”もう親御さんの意向で”と認めてくれたんだけど
でも、教育委員会から中学(支援学級)にそれを伝えたら
もう一度こちらに体験に来てくれ という話になってしまって...。
それが来週の予定なので、それが終わるまでは最終判定は出ないことに。

まぁ、難色示されてるってことだろうな。
仕方ないけど、でも負けずに貫きたいな と思ってる。


支援学校の体験は 朝一で行って、朝トレ・朝の会に参加するところからやらせてもらったんだけど。

1年生のクラス、男子3人・女子2人のクラスに入れてもらった朝の会は
着席しない子がいるから時間どおりに始まらなかった。
廊下をふらふらしてる子を先生が連れてきて座らせたけど
別に叱られるんでもないし、待たせてすみませんと言うわけでもない。

この日の朝トレは2年生が体育館で、1・3年生が一緒に校庭で という話。
ラジオ体操に続いて、ランニング。

でも、最初から最後まで真剣に走ってる子は1、2人で
後は だらだらと走って途中で歩いたり、止まったり。
そこへ ”無理しなくていいよ、自分のペースで。”と先生の声掛け。
うーん、支援学級とはえらい違いだ。

バンビは日頃からペースはゆっくりだけど、最初から最後まで割と一定のペースで走り通すことはできるんだよね。
なので、汗を流して真面目に走っていたけど
周りがほぼ歩いている状態になったらさすがに早歩き程度になってしまった...。

続いて算数をやったけど、30分弱の時間でプリント問題を1問か2問というカンジ。
生徒5人に対して先生が2人いるんだけど
でも手のかかる子がいればそこにつきっきりになるし
そういう時に何か聞きたいことがあっても 各自違うことをやっているから
他の子を見て真似するとかもできない。

3時間目は習熟度別のグループ学習で、1年生男子5人のグループに入って算数の授業。
先程よりは言葉でのコミュニケーションも成立しやすい子達のグループのようで
先生がiPadを使ってお金(硬貨)の計算について説明し、子供達が質問に答えるカンジ。
バンビもそういうのは好きなので、手を挙げて操作をやらせてもらったり
積極的に取り組んでいてちょっとびっくり。

ふむ、確かに自信を持てることには積極的に取り組む ってこういうことなんだろう。

でも、先生の ”子ども達はずっと取り組んできて、やっとここまでできるようになったんです。”という言葉に
ちょっと引っかかるものが...。


半日の体験を通して、支援学校のペースの方が、バンビには合うんだろう とは思った。
トイレに時間がかかっても待ってもらえるし
字の書き直しをして遅くなっても、”丁寧だね”と言って誉めてもらえこそすれ
注意されたりはしない。

でも、子供に合わせてくれる ということは
子供が 全体に合わせて急ごうという気持ちにならなくなるのでは...?
今のままでいいよ と言われると、それ以上頑張ろうという気持ちを持たなくなるのでは?
そんな風に思えてならなかった。

障害者だけの世界に生きるならそれもいいと思う。
でも、私はバンビに対して そうは考えていないんだよね。


もちろん、支援学校には支援学校の良さがある。わかるよ。
支援学校の方が伸びる子もいる。それはそうだと思う。
ただ、何を優先するかは 各家庭によって違っていいはず。


まぁ、その辺が体験後の親としての私の気持ち。
バンビ自身は 楽な支援学校の方がいい って言ってるけど。

ほんと、進路選択はとても悩むし、なかなか決まらないことにはじりじりするけど
でも、今いろいろ体験して、悩んで考えることは決して無駄にはならないと信じてる。

「神様には特別の計画がある。」
それを忘れず、前進あるのみ。あと少しだ、頑張るぞー!


メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 6

2016年02月01日 | 就学に向けて
中学の支援級を体験した日
悔しいんだか、情けないんだか、何かに対しての怒りなんだかよくわからないけど
私には珍しく感情がぐるぐるして ものすごーく疲れた。(泣きすぎか?)
 
バンビはバンビで 身体を目いっぱい動かしたのと緊張とでかなり疲れていたみたいなんだけどね。

でも、私は 自分にもバンビにもすごくイラだってしまい、八つ当たりだとわかっていて
「何であんなに着替えに時間がかかったの? あれじゃ中学生になれないよ!」って 言っちゃったりして。
その日一日 バンビに対して笑顔になれなかったなー。
そういう自分がまたイヤで凹んで...。

ほんと、それぐらい人生で何度目かの(片手で数えられるくらいのランクの)落ち込みっぷりだった。
凹んで、悩んで、ツラかった...。

オットは、私が何か相談すれば一緒に考えてはくれるけど、自分から積極的にあれこれ口出す方ではない。
(まぁ私の性格ではその方がやりやすい場合も多いのだけど。)



こんな時 力になってくれるのは やはり同じような子を持つママ友(特に先輩ママさん)の存在。

 ”今の中学生とバンビくんを比べても意味ないよ。中学での半年・1年は大きいし。
  うちだって入ってから大変で、でもやってくうちに何とかなってきたんだよ。
  できないことができるようになることで得られる自信だってあると思うよ。”

 ”先輩達を見ながら、考えて行動して育つのかもよ。”


こういう言葉が身に沁みてありがたかった。
”何とかなるよー。”って言葉は 何人のママさんにも言われた。

”こういうのって親のエゴなのかなー” って思って悩んだけど
でも、私だって 何が何でも支援級とは思ってなくて、とりあえず入れてみて頑張れるならそれでOK。
どうしてもどうにもならなかったら、その時は迷わず支援学校へ って思ってる。
チャレンジさせてみたいんだよね。
それってダメなのかな?

確かに 先生の手を取らせるし、周りのできる子達には迷惑だろうな と思う。
でもそれも ”親の姿勢”で周りの(特に保護者の)受け止め方なり印象は変わるんじゃない? って言われると
そうかな、そうだよね って思えたりして。

先生に言われた
 ”理解できずにここにいても、頭の上を言葉が通り過ぎるだけ。
  できないことは結局誰かに助けてもらったり、代わりにやってもらったりして終わり、自分でやったという達成感が得られない。
  だから自信もつかない。お客さんで終わってしまう。”
って言葉も 確かにそのとおりなんだろう。
でも、それがすべて でもないんじゃないか そんな気がしてきた。

バンビは見通しが立たないことが苦手で、手先も不器用だから、最初からうまくできなくても無理もない。
でも、ルーチン(繰り返し)になるとできたりする。
つまりできるようになるには時間がかかるけど、できるようになったらちゃんとやる子なんだよね。
そんな息子の特性も 思い出すことができた。
(それが中学の支援級で 通用するかどうかはまた別として)

ま、とにかくママ友達の言葉は、私の”メンタルリセット”に 大いに力を貸してくれた。
本当に感謝。ありがとう。



就学って ほんと戦いだなぁ。(いや、戦わずして決まる人ももちろんいるわけだけど

いや、就学だけじゃなく、発達に遅れや偏りのある我が子を抱えてこれから先も彼の人生を切り開くために
自分の想いや考えを整理して相手に伝わるよう言葉にしなけりゃならないのかも。
(ある程度大人になったら その役割は解放されるのだろうか? まぁその話は別として)
これって日頃から訓練しておかないとなかなか難しい。

そういう意味では ブログ書いてるのは私にとって非常に役に立つように思う。
自分のその時の想いを言葉に残しておくと、こうやって迷った時 自分を振り返ることができるから。

私が息子の中学就学にあたって大事にしようと思っていたことは2つあったんだよね。
学校に求めるもの

1つは 本人の居心地。
これについては いまのところバンビは”勉強が簡単な方がいい”と思っているらしく
それだけを考えたら 支援学校になるんだろう。
でも友達と楽しく過ごせる環境はどっちだろうか?

で、もう1つは 年齢相応の生活。
花の中学生としての貴重な3年間を いろんな経験をして、失敗もして
「社会」の中で生きてほしい。

そこはブレないように 就学を進めていかなくちゃ。
時間はあんまりないけど、くじけずがんばるぞー。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 5

2016年02月01日 | 就学に向けて
中学の支援学級を体験した話の続き。

校長室での話し合いで

支援学級のM先生が
「子供に合った環境で自信を付けることはとても大事です。
枝葉をいくら伸ばしても、やはり根や幹が育ってないとダメ。
かつて支援学校の高等部に勤務した私の経験から言うと、支援学校判定で支援学級に進んだお子さんは
高校に進んでそこからやり直しすることになっている場合が多く見られます。」
というその言葉は、私の胸に刺さった。

んー、でもでも...
”枝葉より根っこ”論は 小学校就学の時にもT先生に言われたんだよね。
でも6年前に 支援学校を選んでいたら、今のバンビはなかったと思う。

T先生にも「私はあの時支援学級を選んで良かったと思ってます。」と言ったら
「確かにバンビ君はこの6年間で大きな成長が見られたと思ってます。でも・・・」
って、絶対認めないんだけど。

先生って 何で判で押したように同じこと言うんだろ...。


私は相当気が強い方だと自覚はあるし、相手が先生であろうと言葉では負けないつもりだけど
さすがにここから1人で反論するのは骨が折れる。

「失礼な言い方かもしれないけど、勉強だったら学校外でもフォローできると思うし
 自信をつけさせてやる機会は 他でも持てる。
 でも、社会性を身につけて、集団の中での人との関わり方を学べるのは 学校しかないと思っている。
 私がここ(中学の支援級)に期待するのもまず友達関係。
 支援学校ではそれを望むのが難しいと思う。」 と言ったんだけど

しかし、教育委員会のO先生(元校長先生らしい)が
「僕は6年前からずっとバンビくんを見てきて、お母さんの話も聞いてきてきた。
 でもね、お母さん。それは違う。
 学校はまず勉強。それを理解し、身に着け自信を得ること。
 それがあっての友達、対等な関係が作れるんです。」

と、熱意のあまり声を詰まらせて言うもんだから、私の涙腺もついに崩壊。
そこからは もうあんまり理論的に語ることができず...。


さらに校長先生が まぁ悪い人ではないんだけど、それに教育に対しては熱意を持っている方なんだろうけど
「普通級でもいかに子供達に自信を持たせるか。今、教師はこれに腐心しているんですよ。」
と、ここから長々としかも熱く語られ、ちと閉口。
副席はご存じですか? とか、あさっての方向(?)の話までしてくれた。
フォローのつもりなんだろうけどね。


で、とにかく 今この場で結論は出せない。
本人の気持ちを確かめたり、オットとも相談したい ということは伝えた。

支援学級では難しいのは理解してるけど
そうかと言って支援学校にお願いしたいという気持ちにはなれてない ということも正直に言った。

先生方も、大事な選択だから納得するまで考えてもらっていい と言ってくれた。
で、何ならもう一度体験しに来たっていいみたいな話になったので そうさせてもらえるようお願いした。

原則で言うと、1人1校1回なんだって。

だけと、この前の支援学校の体験が、先生がお休みでイレギュラーな状態だったこともあり
時間も短くてよくわからなかった っていう線でプッシュしたので
それじゃ 向こうは都立だから、区(教育委員会)から依頼は出すけど
同行はしないので、日程調整とかは自分でやってくれと。
支援学級の方は 学校の了承さえもらえれば、教育委員会ノータッチで後は個人的に という話になり
校長先生が「どうぞどうぞ、英語でも社会でも見てもらえば。」と言ってくれたので
これもお願いしてみようと思ってるけど。


まぁ、そんなこんなで 結論は持ち越しとなった。
もう2月なんだけどねー。

世間話モードになって「学校説明会までには決まるといいんですけど...。」と言ったら
校長が「来てもらってもいいんですよ。まぁ、無駄骨になるかもしれまいけど。」って。

”無駄骨”ってなんだよー!! って思ったけど
こちとら こんなことで心折れるほど柔な親ではとっくになくなってるもんね。
まぁ、言葉のあやなんだろう と思って、おほほ と受け流しておいた。ふん!


そういうわけで、今週またまた支援学校の体験に行ってきます。

いろいろ想うところあるけど また長くなるので別の記事に。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 4

2016年01月29日 | 就学に向けて
前回の支援学校体験からだいぶ日にちがたってしまったけど
支援学級の体験に行ってきました。

うちの区の中学の支援学級は 学校によって朝トレをやっているところがあるのは知っていたけど
通知に 朝7時50分までに来て、体操着を持ってくるように ってあったから
朝トレから参加 ってこと。
バンビは着替えに時間がかかるから、下に体操着のシャツを着せ、ジャージを履かせて行った。


挨拶もそこそこに 着替えて戻ってきたバンビはなんと半袖体操着姿!(下はジャージだったけど)

この日は この冬一番の冷え込みだったにも関わらず...
低体温 大丈夫か?
他の生徒達は ジャージ上下だったり、半袖体操着だったり、各自の判断でまちまち。
この辺り、体操着の上に一律トレーナーとか各自の洋服を着せる小学校とはまったく対応が違う。

柔軟体操の後、スタートダッシュやスクワットとなかなかハードな内容でみっちり運動。
これをほぼ毎日やるんだよなー。 大丈夫か?


一度教室に戻ってきて、朝の会。
これは支援の先生が一人教室にいるだけで、各係の生徒達で運営されてた。

衛生チェックは ハンカチ・ティッシュ、爪の状態の確認。
健康チェックは 点呼を取り、咳が出ますとか鼻水が出ますとか各自自己申告。

担任の先生が入ってきて話をした後、生徒の自己紹介をしてくれた。
1~3年まで ほぼ同じ人数で、全体で16人だったかな。
30人もいる今のクラスとは違って 本当に落ち着いた雰囲気。みんな大人だし...。
この中で3分の2近くは 幼稚園や小学校、バスケのクラブが一緒で見知っている子達なんだよねー。


1時間目の体育は サーキット運動と、ポートボール。
バンビも一緒にやらせてもらったけど...
ミニハードルをまたいで走り、ケンケンパ、肋木登り、ダッシュetc をぐるぐる繰り返すサーキット。
スピードがまったく違って、たぶん速い子の半分くらいしかできてなかった。

ただ、ボール運動は4年間ミニバスケのクラブに通っているから ドリブルなんかは一応できるし
運動自体は嫌いじゃないから 他の子の見よう見まねで何とか頑張っていたんだけどねー。

ポートボールも マンツーマンは動きが固まっていたけど
ゾーンだと他の子がボールをパスしてくれたりしてシュートしたり
キーパー(って言うんだっけ? バスケでいうゴールの役。)もやらせてもらって
ボールをキャッチしたりはできてた。


何とかいけるかなぁ と思ったんだけど...。


体育終わって、着替え。それがまず遅くて。
他の子はワイシャツ着て、ネクタイして、ズボン履いて、ブレザー来てるのに
バンビはズボンとシャツ着替えてトレーナー着るだけ。
それでも まったく遅かった。

手がかじかんでボタンができず、遅れてしまった子がいたけど みんなを待たせたことで当然注意されてた。
バンビなんてどうなるんだか...。


2・3時間目は家庭科で、この日はボタン付けと刺繍でブックカバーの製作。
生徒達は以前からやっているようだけど、復習も兼ねてもう一度ボタン付けのやり方を全体説明。
ダンボールで大きなボタンを作り、毛糸を縫い糸に見立てての実演で。
黒板にもやり方をステップ分けして書いてくれた。

それでも 耳からの指示が入りずらく、板所の漢字が全部は読めず、手先が不器用なバンビにとっては
いきなりとても難しい課題だよなぁ。

補助の先生がつきっきりで、目の前で何度もやってみせてくれても
針に糸を通すところから まずできない。玉結びもできない。
空間認知が弱いから、布の裏とか表とか、ボタンの下 とか言葉で言われてもわからないんだと思う。

体育で相当疲れてる上に、さらに苦手意識が先に立って そもそもやる気が感じられない状態。
耳をずっと掻いたり、よそ見をしたり。
先生が「さぁ、やってみよう。」って言っても「イヤだー。」 おいおい...

そんなバンビの様子を 教育委員会の先生や校長先生もずっと観察してる。
こっちが泣きたい気持ちだよ...。
やっぱり、無理なのかなぁ。


3時間目に入ったところで、バンビはそのまま教室で授業を続け、私は校長室で面談。
支援級の主任のM先生と、校長、教育委員会のT先生とO先生。
みんな 支援学校の方がいいでしょう と言う。完全アウェイだ...。


長くなるので、この続きはまた別の記事に。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

中学への道 2

2015年09月29日 | 就学に向けて
そんな状況ではありますが、記録しておきたいこと、書いておきたいことも多々あり...。

まずは中学就学の話。
中学校も特別支援を希望する場合、まず親がその旨申請をする という話は前回6月に書いた。
→ 中学への道1

で2学期に入り、今度は本人が審査を受けて、判定が出る。


今年は9月中旬に うちのクラスの6年生3人と他の2校の児童3人とが一緒に試験を受けた。
そして、その2日後にはもう親が総合教育センターというところに出向いて、判定結果を聞くという流れ。
これは学校によって、だいぶ時期に幅があるようだ。
(うちの学校も去年は10月だったらしい。)


バンビの結果はと言うと、特別支援学校相当 という所見。

試験が終わってから、子供達がものすごく緊張していたことは先生から聞いていたし
バンビ本人からも「ぜんぜんできなかったー。」とは聞いていたので
まぁ予想はついていたんだけどね。

バンビの回答用紙を見せてくれたんだけど、ほとんどできてなくて思わず笑ってしまった。

 ・自分の名前・住所・電話番号・生年月日を書く
 ・文章を書き写す
 ・単語の連想 (ex.「あ」で始まる単語3つ)
 ・伝言ゲーム(短期記憶)
 ・算数の文章題
 ・2桁の掛け算
 ・絵(図形の組み合わせ)を見て、書き写す(同じ大きさ・形で)
 ・ひも通し(サンプルと同じように)
 ・簡単な体操

問題は1問何分と大体時間も決められていて、トータルで1時間弱かかるボリューム。

バンビは 1つ1つの設問に要する時間が長いのだそうだ。
指示を理解できていないということもあるだろうし、反応するまでに時間がかかる面もあるだろうし。
あと、吃もあるので無理もないのだけど、言葉の表出にも時間がかかる。
だから、わからない というのと、時間切れでできない というのと両方あったみたい。

ただ、わからなくても真面目に取り組む気持ちは最後まで切れなかったし
理解できれば意欲的に頑張っていて、そこは評価されていた。
       

でも、担当者さんが言うには
バンビが自分の力でやり遂げられる環境で、達成感や自信を得ていくことが今後彼にとっては大切であろう。
だから 支援学校の方が良い という判断なんだよね。

というわけで、次のステップとして11月中旬に支援学校の体験をすることになった。
それで、判定どおり支援学校入学を希望すれば、後はすんなり進んで年内くらいには決まるんだろうけど
特別支援学級入学を望めば、そこからまた体験のセッティングをしたりして
決まるのは3学期それも卒業ギリギリなんてことにもなるのかも。


先方の言うことはよくわかるんだけどさ。
でも、でもね。
例えば今のバンビの力が10だったとして、支援学校なら周りには5や6のお子さんも多いだろうし
そしたらバンビは”できる子”として、お世話をする方の立場や
もしかしたらリーダー的な役回りもさせてもらえるかもしれない。
それによって自信は確かに着くかも。
でも、力は10以上に伸びるだろうか?
10の力の自分に満足してそれ以上を目指さなかったり
妙な自信(僕ってすごいんだ的な?)を持ってしまわないだろうか?

支援学級なら例えば15の力を要求されて、それだとバンビは着いていくのに必死にならないといけないと思う。
”できない子”としてお世話される立場であることの方が多いだろう。
でも、見よう見まねで頑張るうち できなかったことができるようになり
10の力が12、13になることで得られる自信もあるはず。
その方が彼自身は成長すると思う。

実際、小学校の6年間がそうだもんね。
支援学校に入っていたら、たぶん今のバンビはないと思う。

バンビに頑張る気持ちがない子なら 私もゆったりのんびりの環境でもいっかなーって思うんだろうけど
バンビは 意欲だけは人一倍持ってるんだよね。
(もちろん、苦手なことはやりたがらない面もあるけど。)

なので、せめて1年支援級に入ってみて、頑張れればそれでいいし
どうしてもダメなら2年生からは 支援学校でもいいんじゃないかなぁ と思っている。
(都立は原則年度途中の転校は認めてくれないらしいので)


最後は親の意志 ってよく言われるけど
でもそれも学校が受け入れてくれなければ どうにもならず。
バンビが入れば、先生の手を煩わせることになるだろうし
他の生徒を待たせてしまうこともあるだろうし。
だからまったく悩まないと言えば嘘になるけど
これからどちらも体験させてもらって、よく考えて話し合いを重ねて決めていきたいと思ってる。
うーん、ファイト!

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連合運動会 ~小学校と中学校~

2015年06月22日 | 就学に向けて
区内の小学校支援学級連合の運動会が無事終わりました。

いままではずっと小体育室での開催で、フロア自体狭いし、観客も座るスペースがなかったんだよね。
それを育成会を通じて何年も区に対して訴えかけ、メンバーが区議会議員さんにまでかけ合ってくれて
やっと今年、念願かなって大体育室での開催に。

まぁ、もちろんその陳情だけの成果ではないにしても
やっぱり自分達で動かないと何も変わらないし、逆に動けばいつかは変えられるんだ って思った出来事...。

バンビにとっては小学校最後の連合運動会を、いい気持ちで迎えられてほんとに良かった。

当日はかけっこ、ミニつなひき、障害物競争、ダンスに出場。
そして、6年生の今年はリレーの選手も務めたバンビ。
まぁ、結果はともかく(笑)どれも一生懸命頑張ったことに意味があったよね。


実はその前日、中学の支援学級の連合運動会をちょっとだけ見に行ってきた。
こちらは以前から大体育室での開催だけど
もう子どもが大きいというのと、平日ということもあってか、見に来ている保護者の数も小学校に比べればかなり少ない。

そして、小学校の方ではBGMが流れているけど、中学校は一切ナシ。
その分、先生方の指示する声や笛の音、生徒達の歓声しか聞こえず
雰囲気はまったく違う。
小学校がタイトルどうりの「なかよし運動会」なら、中学校はほんとにザ・運動会ってカンジ。

プログラムも、まぁパンくい競争とかのお楽しみ演目?もあるようだったけど
20人くらいが一度に跳ぶ大縄とびとか、一気にレベルが高くなってびっくり。
バンビはこの中に入ってやっていけるのか...。


その前の週にバンビを入れたいと思っている中学の公開授業を見てきたのだけど
調度体育の授業で、この運動会に向けた練習をやっているところだった。

生徒14人に対して、先生は3人いたけどそのうち2人は補助的な役割で
主任の先生1人の言葉の指示だけで、次々に課題をこなしていた。

先生の言葉や指示も、生徒達の動きも そこにあるのは大人の集団だよね。
指示を聞いてなければ注意されるし、ダラダラしていれば叱責もされる。
行動も素早く、みんなで協力して。

同じ日、バンビの学校の公開授業もたまたま体育で運動会の練習だったんだけど
違いが際立ちすぎて...。
小学校は ダラダラしてる子、途中で座り込んだり、寝っ転がったりする子もいるし
それを補助の先生が やんわりとなだめたり励ましたりして。
それはやっぱりお子ちゃまの集団。すべてがお遊戯の世界。
まぁ、1年生なんて数か月前までは幼稚園や保育園児だったわけだから
幼い雰囲気は無理もないのかもしれないけど。


このギャップがすごーーーく大きい。

これは何も障害児の学級だけではなくて、健常児でも同じらしく
だから「中1ギャップ」なんて言葉があって問題視されているし
小中一貫校はその対策の意味もあるんだろうな と思うけどね。

元々できる子は問題ないんだろうけど
バンビみたいに、おそらく支援学校判定の子にはかなり厳しい世界になる違いない。
支援学級に入れたとして、果たして着いていけるのか...。

それでも私がバンビを支援学級に入れたい と思う理由は、また別の記事にまとめてみたいと思ってます。

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中学への道 1

2015年06月22日 | 就学に向けて
過去、中学校を見学したりしてきた話はこの「就学に向けて」のカテゴリに何度か書いてきたけど
いよいよ中学校就学に向けて本格的に始動しました。

私自身がすぐ忘れちゃうのでここに記録しておくけど、後から続く人にも何かの参考になれば...。
もっとも住んでる自治体によって、流れやルールがだいぶ違うところもあるとは思うけどね。


小学校就学の時は、自分で区役所に「就学相談」を受ける申請をするところからスタートしたけど
中学に向けては、まず学校の先生から”中学はどうしますか?”っていう打診がある。
ここで支援級か支援学校を希望すれば、学校を通じて就学相談を受ける流れに進む。
小学校は普通級で、中学から特別支援を受けたい場合は、たぶん個人で区役所に申し込みになるんだろうけど。

で、日にちが設定され、学校で区の学務課の人と面談した上で、就学相談を受ける申請をする。
↑ うちはいまここ。

この後、秋に学校に担当者(たぶん学務課職員や中学校の先生)が来て
就学相談を希望した6年生を対象に本人の様子を集団観察。
&テスト的なものをやって個人の能力判定。
これはできる・できないより、取り組む姿勢等を見るものらしい。
(学校によっても、その年によっても時期は異なるようだけど、今年は9月中旬の予定。)

で、その結果が1週間以内に出るので、親が出向いて判定結果を聞く。
希望と判定が合致すれば、本人が学校を体験した上で決定。
合わない場合は相談して... というカンジになるんだろうな。



そんなわけで最初の申請時の面談に2人の担当者の方が来たんだけど
そのうち一人はバンビが小学校就学する時に担当してくれたのと同じ方だった。
その後も何かの機会にお会いして、バンビの様子等について話をすることもあったのだけど
思わず「6年は早いですねー。」ってな会話になる。(笑)

面談では 小学校6年間で成長したと思うこと。
     中学校で身に着けてほしいと思っていること。 を聞かれたけど
何にも準備していなかったので焦った...。
ほんとは 愛の手帳(交付年月日が必要)とか母子手帳とか用意しておくべきだったんだろうな。
ま、それはともかく...。

この先半年の長い戦い?が始まった。
長くなるので、中学校関連のことはまた改めて書いていこうと思ってます。

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