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寄り道しながら前へ

 思いつくまま気の向くまま
ゆっくりいろんなことを考えてみよう。

 

エイラの完結編

2017-11-05 10:25:28 | エイラ

2014年に翻訳が出ていたのに気づかず、今やっと読む。

あんなに待ち焦がれていたのに気づかなかったなんて・・・・・・・。

    

 波瀾万丈は終わったらしく動きが少なくなった。

3万年も前のヒトであっても

毎日、食事を作って食べ、身ぎれいにしたり、人間関係に悩んだり、

普通に暮らす生活が描かれる。

 

「聖なる洞窟の地・上・中・下」

 

タイトル通り聖なる洞窟をいくつも訪ねて歩く。

エイラたちの「九の洞」とは異なる洞を訪ねる旅でもあって、様々なヒトとの出会いもある。

たくさんの動物たちの絵の紹介が長くて少しばかり読み疲れる。

著者の洞窟壁画を紹介したい気持ちが伝わってはくるけど。

 

テーマは命。

何度も出てくる「女神の歌」では、生命の進化の過程が歌われている。

命を授かる時の、男の役割・・・・・この時代ではまだ父親という概念が成立していなかったのか。

メロドラマ的要素も含みながら命について考えさせられた。

 

はじめのころの、ライオンやオオカミや馬を育てたり、一緒に暮らしたりする部分は、

とてもわくわくしたから子どもが読んでも楽しかっただろうと思う。

娘と一緒に読みはじめたのは1994年、娘が中学1年だった。

そのときは

「始原への旅立ち 」 Ⅰ 大地の子エイラ

              Ⅱ 恋をするエイラ

              Ⅲ 狩りをするエイラ   

              Ⅳ 大陸をかけるエイラ    だった。

 

 2005年3月からは、集英社版になって再度初めから読み始めた。

 そして何十年も読み続けてきた「エイラ」の物語は、落ち着くところへ落ち着いたんだろうな。

 

著者はもうお年だから無理かもしれないが、エイラの娘の成長が続編として書き続けられたらいいのになあ。


「故郷の岩屋」下 (エイラ 13)

2006-04-06 11:42:46 | エイラ
 「故郷の岩屋」下 ジーン・アウル 著   白石 朗 訳  ホーム社

 旅の間ずっとエイラ達が楽しみにしていた<縁結びの儀>が夏のつどいで行われる。決まりごとがたくさんあって、行動も拘束されたり、事前に本人と母親が集められて、女性としての心構えなどが教えられたり、厳かな儀式の様子はすばらしい。ゼランドニによる心構えなどの大事な話の場面は、性教育のテキストとしてもいいだろう。

 名前と絆が述べられる個人の紹介は長いが好ましい。結婚が家と家との結びつきだということを再認識した。

ゼランドニー族〈九の洞〉のエイラ、もとはマムトィ族のエィラ、ラィオン籏の一員にして〈マンモスの炉辺〉の娘、ケーブ・ライオンの霊に選ばれし者にして洞穴熊の霊に守られし者、ウィニーとレーサーという二頭の馬の友にして、四本足の狩人ウルフの友

 毛犀を狩ろうとして大怪我をした若者を助けたり、ウルフがオオカミに襲われ瀕死の状態で帰ってきたのを手当てする様子は、またもや人々を驚かせた。

 〈夏のつどい〉が終って、皆はそれぞれの洞へ帰って冬に備える。
冬は、皮を処理したり、服をつくったり、装飾をしたり、手わざを覚えたり、手わざを磨いたり、若者を教育したりして過ごす。
 細かい作業の様子や手順は、アウルさんが洞穴で生活をしてみたり、作業もやってきたからここまでリアルに再現できるのだろう。研究の深さがしのばれる。

 エイラは女の子を出産した。
ゼランドニはエイラをゼランドニの一員へと誘う。

 エイラシリーズHPにエッセイを書いておられる考古学者の orbit さんは、タイトルの「故郷」が気になるとおっしゃる。私はジョンダラーの故郷に来たのだからと、気にも留めていなかったが、少し気になって以前の感想を見てみると、「平原の旅」下の中で、「『エイラの故郷でもある』これってどういうこと?」と書いてあった。自分で書いておきながら忘れていたのだが、原題にない「故郷」の言葉には大きな意味が在るのかもしれない。

 氏族にいたとき、クレブと霊の世界へ入ったときのことが何度も出てくる。
今いる洞穴の姿もそのときにエイラは見ていた。
後の私たちは、氏族が滅びていく種族だと知っているから、未来へ飛ぼうとしてクレブがエイラについていけない所があったのもわかるのだけど、あの霊界への場面はものすごく意味のある場面だったのだと今は感じる。
これからのエイラを暗示していたのだな、と。

 また、江国佳織さんの感想を「青春と読書」のサイトで読むこともできる。

エイラ「故郷の岩屋」中

2006-04-04 17:45:32 | エイラ
読んでの感想ではなく、まず表紙絵について文句を言いたい。エイラが可愛くない、ジョンダラーが中年のおっさん風。金髪で完璧な美男子じゃなかったっけ?絵を描いているのは宇野亜喜良さん、今、日経新聞夕刊の連載小説の挿画を描いていてステキな絵もあるのに。今までのイメージが・・・・・・。

  「故郷の岩屋」中  ジーン・アウル著  白石 朗 訳  ホーム社

 印象に残ったのは女神の物語。ゼランドニが節をつけて歌う女神の物語は、天地創造とあらゆる生命の誕生、そして創造主が誰なのかを記憶にとどめ、崇める気持ちを持つ者(知性)の誕生と発達などすばらしい内容だ。女神があふれる乳を息子に与えたとき、熱い乳が大空に道筋をつくったという部分は、ギリシャ神話では、ゼウスの后、ヘラのお乳がほとばしってできたミルキーウェイ(天の川)なんだなと考えながら読めた。

 神聖な洞穴の奥深くには、マンモス、馬、トナカイなどの生き生きとした動物の絵が描かれ、才能を持った絵描きが存在するなど芸術が生まれてきた様子がうかがわれる。
 人によって才能が異なり、個人の技術に値打ちが出て、他の物と交換する分業化が始まりかけている。このようにして始まったのだろうか。

 埋葬の儀式や準備の様子はすごいし、ソノーランを通して魂について考えたり、大掛かりな夏のつどいに行く様子や、数字のつく他の洞についての説明で納得したり、母親たちの様子、それらとゼランドニー族周辺の地形をみて、私たちと変わらない生活者としての石器時代人が浮き上がってくる。

 夏のつどいの場所でエイラが方解石の結晶の純白の洞穴を発見する。これは、何を意味するのだろう。これから、どう影響するのかな?

故郷の岩屋 

2006-02-07 21:08:50 | エイラ
これまで第一部から第四部までは、評論社の訳で読んでいたものをもう一度、集英社の訳で読み直す形できたが、待ちに待った第五部のここからは初めて接する内容なのでワクワクしながら読み始める。

「故郷の岩屋」上 (エイラシリーズ11) ジーン・アウル  白石 朗 訳
 まず、著者による長い謝辞があったが、最初は読む気が起こらず飛ばした。ところが、本文を読み終わったときには、謝辞の部分もすんなりと頭に入ってきた。この作品を書くために膨大な研究論文や実地調査、助言が必要だったのが察せられたからだ。実際に調査されている、豊かで広大なロージェリー・オート洞窟を、著者はゼランドニー族〈九の洞〉と名づけてエイラの世界の舞台とした。

 二人と二頭と一匹は、長い旅を終えてやっとジョンダラーの故郷へやってきた。ジョンダラーのゼランドニー族に迎え入れてもらえるかどうかがエイラの試練。
 ここは、今まで出合った簇とちがって規模が大きい。大勢の人に紹介され、エイラ自身の生い立ちも、ジョンダラーとの出会いも、動物たちとの関係なども、皆に紹介する形で簡潔に繰り返され、おさらいしていく感じだった。好意的な人が多いのでまずは安心できた。
 エイラは美しいだけでなく、知恵があり賢く、また火起こし石や投槍器、動物を従えるなど、人に驚かれつつ受け容れられた。そうしながら人についての観察や、大きな岩屋の住まいの描写、心理学的考察、旧人と現生人類との違いなど、エイラの思考を通じて考えさせてくれる。
 
 旅が終ったので、ストーリーには今までのような大きな変化はないけれど、この時代の人々の日常の暮らしが目に浮かぶように細かいことまで描写してあって、石器時代のこととは思えない豊かな暮らしぶりが感じられる。

  エイラー地上の旅人ーーーエイラ・ホームページ(集英社)

上に限っていえば、12年も待たされたのに、展開もなく、これだけかい?というのが正直な感想。おさらいしていく感じもいいけど、少しばかりくどいと思う。

「平原の旅」 下

2005-10-03 23:19:44 | エイラ
地上の旅人 エイラ (10)
「平原の旅」下 ジーン・アウル 著  ホーム社

エイラはジョンダラーを助け、暴力で人々を抑え付けていたアッタロアを成敗し、平和で助け合う簇になるよう手助けをしてから旅に戻る。暴力からは、もっとひどい暴力と憎しみを生み出す。罪を犯したエパドアには罰ではなく償いをさせるべきだとエイラは考えた。少し用心をするのは悪いことじゃないけど、相手がいい面を見せる機会を与えずに、その相手を悪人だと判断しちゃいけないということも学んだ。
 
 ロサドゥナイ族を訪ねた時は、ならず者集団チャロリの話を聞き、その被害にあったマデニアの清めの儀式を聖なる温泉で行う手伝いをする。

 女神の祭りでは、ジョンダラーはエイラに赤子が授かるように女神に祈願した。

 儀式の飲み物は、女神の祭り用にソランディアがアブサンと呼ぶ、ニガヨモギやいろいろな薬草の入った精力剤の働きのあるものを作った。緊張がほぐれ、行動が本能的になり、だれかに寄添っていたくなる。飲兵衛の私は、これって、あの〈アブサン〉ではないかと反応した。90%もの強いお酒だからモチロン飲んだことはないけれど。

すぐに旅に戻り、噂のチャロリの一味が氏族を襲う現場に遭遇する。足を骨折した氏族の男、ガバンと意思の疎通を図り、治療をする。ここでは恩義を感じるとか、借りたままではいけないとか、お互い血縁の恩義を交し合うとか、なかなか考えさせられる場面だった。

馬たちの足が傷だらけになったり、口けんかのあとエイラがクレバスに落下したりの苦労をしながら氷河をわたってジョンダラーの父ダラナーの洞窟へ立ち寄る。その後は、いよいよゼランドニー族の簇へ。

 エイラは待望の、ジョンダラーの子を身ごもった。そしてジョンダラーの故郷へやっとたどりついた。しかも、そこはエイラの夢にいつも出てきた洞窟、はるかな遠い土地から困難を乗り越えて初めてたどり着いたはずなのに、「エイラの故郷でもある?」それってどういうこと?一体これから、どうなるかしら。
 アウルさんは、まだまだ波乱を用意しているのだろうなあ。

『平原の旅」 中

2005-09-08 22:01:48 | エイラ
 「平原の旅 (中)」 エイラ 地上の旅(9) 
 ジーン・アウル 著  金原瑞人・小林みき 訳  ホーム社

この巻になると展開が早くなった。

 シャラムドイ族のロシャリオの治療をてきぱきこなし、馬やオオカミに驚いた人たちもスムーズになじんだ。麻酔作用のある飲み物を使ったり、ギブスには変形させやすい皮を使うなど、知識の豊富さでやっぱり驚かされる。

 何とか川も渡り、旅が順調に行くかと思ったとき、馬の群れにウィニーが連れ去られてしまう。ウィニーを捜す旅に出て、やっと見つけたときは、ハンターたちが崖下へ追い落とそうとしている馬の群れの中にいた。

 やっとの思いでウィニーを救い出したら今度はジョンダラーが囚われてしまった。ス・アームナイ族、女だけの村だった。

 長のアッタロアの怒りを買い、ジョンダラーが的用の柱に吊るされ、アッタロアの槍の的になりかけた絶体絶命のピンチに、エイラの槍が吊るし綱を切った。そして馬にまたがったエイラがゆっくり登場する。(カッコイイ!)

 このシーンはどこかで見たような・・・・マカロニウエスタンのクライマックスに良く似ている、といったらアウルさんに失礼だろうか。まるで夕日のガンマンのテーマでも聞こえてきそうなシーンなのだ。

 エピソード満載、わくわくしながら、一気に読んで、どうなるか?と気になるところで終った。早く下巻が読みたい!

映画でエイラ

2005-09-07 13:30:04 | エイラ
集英社のホームページや折込のコラムにエッセイを書かれている洞口正史さんのブログ

Ancient Botanical Garden

の中で 映画の「Clan of the Cave Bear」をビデオでご覧になって、原作には及ばないが悪くなかったと書いておられる。

 以前、どこかで、映画の評判はあまり良くなかったと聞いたことがあったが、見る人が見れば良いのかもしれない。

 映画ができたことを記念して文庫が出版されたらしく、第一部だけ文庫本がある。表紙は映画のシーンである。



 ビデオの方はなかなか興味深い写真だが、1986年アカデミー賞メイクアップ賞の候補になっていたくらいの作品であるので納得。




 日本では未公開の作品なのでビデオでしか見られないようだ、なんとか探して見てみよう。

エイラとウルフ

2005-09-06 12:20:53 | エイラ
 昨夜おそくから

   「平原の旅 (中)」 ジーン・アウル 著

 を読み始めてしまった。
 この巻は、他の部族と出会ったり、川を渡る苦労もあったりして展開が早く進むので、止まらなくなって、朝の四時頃まで読み続けてしまった。まだ途中だけど。

 エイラのそばにいるオオカミがとてもかわいい。

 旧訳を読んだ時にはまだ我が家で犬を飼っていなかったが、その後、生活の中に愛犬のいる暮らしを経験した今では、ウルフの姿と愛犬マックが重なる。

 愛犬はゴールデン・レトリーバーだったので、体も大きく、まるでエイラのそばにいるウルフのようだった。

 いたずら好き、走り回り、跳ね回り、大きな尻尾を振って、目をキラキラさせながらじっと合図を待っている姿など、本を読みながら頭の中ではウルフの姿はゴールデンになってしまう。

もうひとつ、幼児に毛を引っ張られても我慢をするが、大きい子が意地悪で毛を引っ張ると、咬む真似をして叱って見せるようなウルフの賢さも、よく似ていた。
 捨てられた子犬を拾ってきたのだが、マックはよく遊んでやり、足に噛み付かれてもよく辛抱していた姿を思い出す。ウルフの賢さが決して作り物でないことがわかる。

 ただ、レトリーバーなのに、くわえた物を運んできたり、持ってきた物を足元に置くようなしつけができなかったので、ウルフの方が賢いのだけれど。

 娘も、もう一度読みなおせば、きっとそう思うに違いない。エイラとウルフのようだったのだから。

 

「平原の旅」上

2005-08-23 17:59:27 | エイラ
マムトイ族の人々の中にいた間、なかなか心を通じ合えないでいた、エイラとジョンダラーだったが、誤解も解けていよいよジョンダラーの故郷をめざしてはるかな旅に出た。

「平原の旅」上  エイラ 地上の旅人(8)   ジーン・アウル著 

紆余曲折があってお互いに相手を失うかもしれなかったことを思い出しては、二人で旅に出たことが嬉しく、何度も愛を確かめ合う。二人の人間と二頭の馬と狼の一行は、普通の人には理解され難く、声をかけても返事がなかったり、を訪ねれば逃げ出されたりしてしまう。

 緑豊かな谷で泊まったときは、雷雨と稲妻の中、あわてて場所を変えれば、元いた場所が土石流と濁流うずまく壊滅的な谷になったり、川を渡れば流されて離れ離れになったり、困難な旅を続け、シャラムドイ族のに着いた。そこではがけから落ちて腕を骨折したロシャリオの治療を始める。

  広大な平原を進むと、地形の変化や季節の移ろいとともに、動物の種類や植物、野草や鳥、そして昆虫など、出会うものに変化があり、それらの説明が詳しくてためになる反面、冗長で読むのに少し疲れるかもしれない。
 それと、性行為の描写が具体的過ぎて、小、中学生や高校生には薦められない

 古代の人々の生活、何を食べ、どんな衣装を着、楽しみは何であったか、何を悩んだかなどだけでなく、生き物についての観察が素晴らしいので本当は子供にも読ませたいと思う。前出版社のように性の部分を省略するか、あいまいにして児童書として翻訳したものも欲しいものだ。
 旧作は「大地の子」という題名のインパクト、そしていかにも内容の良い児童書という装丁だったから人気が出たように思える。

マンモスハンター 下

2005-06-20 14:34:17 | エイラ

 エイラは、純真無垢でありながら、いくつもの謎につつまれてもいる。実直で飾りのない人柄でありながら、古代から連綿とつづく叡知を身につけてもいる。正直者である一方、深く豊かな経験という土台の上に立ってもいる。

 

 「マンモス・ハンター」 下  ジーン・アウル 作    白石 朗 訳    集英社

 

 長い冬が終った後はライオン簇では春の祭り。そして全部のマムトイ族が集まる祭典《夏のつどい》では、「女の祝い」「縁結びの儀」、マンモス狩りなどが催される。

 

 狼と二頭の馬をあやつるエイラは、人々の度肝を抜き、注目を集めて、読んでいてもわくわくする。

 

 ライダグが他のの者からケダモノ扱いされて怒ったエイラが、氏族の中で育ったことや、氏族との混血の子を産んだことなど、自分の出自を明かしてしまい、どうなることかとハラハラする。

 

 様々な行事の間、エイラとジョンダラーはお互いを強く求め合っているにも関わらず、お互いを誤解し、心がすれ違うばかりで、メロドラマのようだ。いつまでそうやっているのかと少々うんざりするけれど、自分の心をみつめて、正しい道を選ぶための遠回りなのかとも思う。

 

 《夏のつどい》の場にケーブ・ライオンのベビーが、エイラを捜してやってきた場面では、読んでいて涙があふれた。

 

 赤足女や初床の儀や女の祝いなどの行事の様子は、いのちをつなぐ、種族の保存が大切なことだと感じられ、おおぜいの暮らしの中、家族や夫婦のありかた、正しいしつけなども考えさせてくれた。

 そして、賢いウルフの存在もかわいい。
この下巻の結末はちょっとあっけないが・・・・・・。
 第四部 「平原の旅」へと続く。 

 

これまでの話   「エイラ 地上の旅人」

 第一部  ケーブ・ベアの一族  上・下   大久保 寛 訳

 第二部  野生馬の谷  上・下   佐々田雅子 訳

 第三部  マンモス・ハンター  上・中