寄り道しながら前へ

 思いつくまま気の向くまま
ゆっくりいろんなことを考えてみよう。

 

年寄りの冷や水

2014-10-30 18:46:13 | 生活

今日は、バスケをしてきた。

シュートをしてみたら、届かないっ !!!

何度、シュートしても届かない、おかしいなあ。

 

昔やっていたときのボールより大きくて重いらしいが、それだけじゃないみたい。

昔の感覚で高くシュートをしたらリングにも届かない。

届かせようと無理をしたら、放物線が低くなってリングに跳ね返される。

今日の目標は、フリースローラインからのシュートを決めることにした。

 

 

今日は、娘が体育館を借りてくれたので

二人で1時間、借りきりでバスケをしてきたのだ。

 

 

 

娘は、何年も前から、市の南の端でバスケサークルをやっている。

結婚して市の北の端に住むようになったら家の近くでもバスケをやりたくなって、

新しいサークルを始めたらしい。

そちらは、30歳以上と条件をつけているので私も参加できるかなあ、

と言ってみたら、二人だけのバスケの時間を作ってくれたのだ。

 

結局はそのサークルに参加しなくてよかった。

自分がこんなにできないなんて思わなかった。

40年ぶりなのだからできないのは当たり前なのにね。

娘にはきっとわかっていたのだろう。

だから、二人だけのバスケなのだ。

 

1時間みっちりしたら、汗もかいた。

フリースローもスパッと入るようになった。ただし確立は低い。

やっているときには何も思わなかったけどベンチに座ってお茶を飲んだら、

どおっと、疲れが襲ってきた。

 

これからも時々娘とバスケを・・・・するのだ !!!

 

 


病院によって、ちがう

2014-10-25 20:39:13 | 親とのこと

父は、転院した医院で、鼻からチューブでの経管栄養をしている。

転院した日を含め、4日間経管栄養だった。

5日目、病室に入ると経管栄養の時間のはずなのに点滴をしていた。

前夜、逆流があったらしい、程度は不明。

熱も高く、逆流して誤嚥をしたら肺炎を起こす危険があるので、様子見になった。

 

一週間、点滴だけの日が続いた。

ところが、点滴にも問題があって、栄養状態の悪い父の血管がもろく、

針をさす場所が、なかなか探せなくなってしまった。

 

医師の話では、

血管がもろく点滴ができなくなってきたので、

経管栄養をせざるをえないので再開しますとのこと。

ほかに方法が無い・・・・・という消極的方法のようだ。

 

 

転院前の道後温泉病院では、栄養状態が悪いと褥瘡が治らないので、

できるだけ早く経管栄養をしましょう、と勧められた。

ためらう私を強引に説得して経管栄養が始まったのだった。

こちらの病院では、ずいぶん積極的だったと思う。

 

 

昨日からやっと経管栄養が始まった。

朝、昼、夕 の3回は無事に終わったが、

夜にももう1回あって、それが胃に負担になって逆流したのではないかと思っているので、

昨日の4回目がどうなったのか、帰宅してからも気になっている。

逆流するくらいなら、カロリーが足りなくても3回でいいのに。

 

 

病院によって医師の考え方も異なるようだし、

看護師の対応のしかたもずいぶん違うんだなあと感じる日々が続いている。

 

以前の私は、口から食べられなくなったら、

経管栄養のような延命措置はしたくないと思っていたのに、

今ではそれをする事が当たり前だと思うようになった自分に驚く。

 

 

 

 

 


やっと転院

2014-10-16 19:41:29 | 親とのこと

一時は断られた病院だけど、

M病院に転院することができた。

 

父の状態の変化(癌かもしれない時には、断られた)で、

父の発熱が、褥瘡からきているらしいとわかったので、受け入れてもらえた。

抗生物質の点滴で熱がさがったから、熱の原因は癌ではなく褥瘡でしょうとなった。

なぜ、癌だと受け入れてもらえないのか?

癌に使う高価な薬をM病院では使えないという理由らしい。

 

道後温泉病院に妹が付き添ってくれていた44日の間で、

一時は高熱で呼吸も激しくなり、酸素濃度もさがり、

ナースセンターに数値を直結して観察するところまでいったそうだ。

妹から「覚悟したほうがいいかも」のメールが来たほどだ。

 

交代のため9日に実家へ行く。

その日の父は、話しかけても「うん」としか言えず、息が荒かった。

翌日10日は「はい」と答えられるようになり、

12日には、言葉が増え、はっきりとし、

14日には、駄洒落もでるようになり、

日毎に調子が良くなってきた。

 

そして、14日に転院できた。

調子が悪ければ転院が延びるかもしれなかったのだ。

今までの転院は車椅子に座ってしてきたが、

今回はストレッチャーに寝かされての移動となった。

 

病院が変わればやり方も違うんだな。

経管栄養のときのベッドを起こす角度についての考え方や、

水の入れ方も両方の病院で異なるので、

逆流とか誤嚥とか・・・・・・

どちらがどうなのかなあ、

でもまあ、老人ホームに移る前にいた病院だから気は楽だ。

 

 今日の父はまた調子が悪くなったのか?

「うん」としか言わない。


父の行き先は

2014-10-01 20:05:00 | 親とのこと

妹に父の世話を託して、40日になる。

その間はずっと道後温泉病院に付き添ってくれている。

その病院の地域連携相談室の人が、父の次の行先を探してくれている。

 

前回は病院に拒否されたと書き込みをしたが、

父の状態の変化かもしれないし、

相談員さんが熱心に働きかけてくれたからかもしれないが、

M病院(老人ホームに入所する前にいた病院)の医師が、

29日に父の様子を見に来てくれたそうだし、

3日にはその病院に、妹が面接に行くことになっているそうだ。

まだ、色よい返事はないそうだが、希望が持てるかもしれない。

 

受け入れの病院が無ければ、元の老人ホームに戻ることになるが、

道後温泉病院は、2か月で出なければいけない、

老人ホームは、2か月留守にしたら退所しなければいけなくて、

きわどいタイミングでM病院の返事を待っている状態だ。

 

父は、経管栄養を続けているが、期待したほどは栄養状態が良くならず、

褥瘡もまだよくならず(担当医師は少し良くなったといっているらしい)

話しかけてもあまり返事をしないぼんやりした状態とのこと。

 

M病院から老人ホームに移ったのが裏目に出て、

ひどいことになってしまったが、父のためだと信じていたのに・・・・・・・。

10日ほどしたら、今度は私が父のそばに行って、妹と交代する。