
ちょっとでも、高く見せたくて(笑
きのう私は、自分が書いてるブログについての思いを、
少しばかり、書かせていただきました。
そして、無徳庵さんから、きびしいご指摘をいただきました。
なんだか無理やり自分をエリートにしようと
言い聞かせていらっしゃるような感想です。
ある意味、核心をズバリと指摘された感じがしました。
「10年前のご住職さんは、とても、怖かったです」
あるご門徒さんから言われた言葉です。
背筋が寒くなりました。
どんな顔をして、ご門徒さんに接していたのだろうと
思いました。
たぶん、声を荒げて、目を吊り上げて、話をしていたんでしょう。
教師を辞めて住職に専念しようと思っても、なかなか思うように
いかない、何もできない自分にあせりを感じていたんでしょうか。
お坊さんは「法衣」を身につけます。
「法衣」(仏法)という権威を身にまとって、エリート面をして、
ご門徒さんに、声高に教えを説いていたとすれば、それはもう、
脅威以外のなにものでもありません。
そうお言葉をかけてくださった方が、こうもおっしゃいました。
「最近の住職さんは、顔が優しくなられましたね。」
こう、書いている自分ですが、まだ“エリート”の匂いが
しますか。
「こんな人間ですから、すいません」と言い訳をして、
居直ろうという気持ちもまったくありません。
“かっこよく”見せようとするから、逆に
“エリート意識”がぷんぷんするんですかね。
“かっこよく”しようなんて気持ちは、全然ないのに。
でも、健さんにはあこがれます。
きょう、ご法事にお参りして、小学生の僕から、
こういわれました。
「ホトケさんをし始めてから、何年になるんですか?」
答えに詰まりました。(笑
エリート意識がぷんぷんする私ですが、
今後とも、よろしく、お付き合い、ご指導の程お願いします。
gooブログに来てから、もうすぐ1年がたちます。
いまさらなんですが、若いときの顔をさらしてもいいかなと、
思っていましたが、“怖い顔”の自分に、
ちょっと自信がなくなりました。
きょうも来てくださって、ありがとうございます
このブログの“タイトル”「君はまだ、抱いていたのか!!」の意味は、
こちらです!
きのう私は、自分が書いてるブログについての思いを、
少しばかり、書かせていただきました。
そして、無徳庵さんから、きびしいご指摘をいただきました。
なんだか無理やり自分をエリートにしようと
言い聞かせていらっしゃるような感想です。
ある意味、核心をズバリと指摘された感じがしました。
「10年前のご住職さんは、とても、怖かったです」
あるご門徒さんから言われた言葉です。
背筋が寒くなりました。
どんな顔をして、ご門徒さんに接していたのだろうと
思いました。
たぶん、声を荒げて、目を吊り上げて、話をしていたんでしょう。
教師を辞めて住職に専念しようと思っても、なかなか思うように
いかない、何もできない自分にあせりを感じていたんでしょうか。
お坊さんは「法衣」を身につけます。
「法衣」(仏法)という権威を身にまとって、エリート面をして、
ご門徒さんに、声高に教えを説いていたとすれば、それはもう、
脅威以外のなにものでもありません。
そうお言葉をかけてくださった方が、こうもおっしゃいました。
「最近の住職さんは、顔が優しくなられましたね。」
こう、書いている自分ですが、まだ“エリート”の匂いが
しますか。
「こんな人間ですから、すいません」と言い訳をして、
居直ろうという気持ちもまったくありません。
“かっこよく”見せようとするから、逆に
“エリート意識”がぷんぷんするんですかね。
“かっこよく”しようなんて気持ちは、全然ないのに。
でも、健さんにはあこがれます。
きょう、ご法事にお参りして、小学生の僕から、
こういわれました。
「ホトケさんをし始めてから、何年になるんですか?」
答えに詰まりました。(笑
エリート意識がぷんぷんする私ですが、
今後とも、よろしく、お付き合い、ご指導の程お願いします。
gooブログに来てから、もうすぐ1年がたちます。
いまさらなんですが、若いときの顔をさらしてもいいかなと、
思っていましたが、“怖い顔”の自分に、
ちょっと自信がなくなりました。

きょうも来てくださって、ありがとうございます
このブログの“タイトル”「君はまだ、抱いていたのか!!」の意味は、
こちらです!
常々、今の浄土真宗のあり方は開祖親鸞聖人の意志とはずいぶんかけ離れてきているのではと疑問を感じておりまして、今聖人が現代のありようを見られたら、なんと感想を述べられるでしょうね。
檀家制度は封建時代に時の権力者の都合で確立されたもの、それが今寺の存続維持を支えていて、マンネリになってきて、”葬式仏教”になってしまった。
本来は”他力本願”を布教して、心穏やかに生きるありようをというのではと解釈していますが、浅学者の単純な解釈でしょう、おそらく。
猛反省というのは、少し言い過ぎましたね。
そんなに反省もしてないのに(笑
これからも、どんどん言ってやってください。
>心穏やかに生きるありよう
そうなんです。肝要なのは、ここなんです。
宗祖は「世の中、安穏なれ」と願われました。
実は、その中身が問題なんですね。
み教えのもとに「心穏やかに」生きる。
お坊さんも含めて、みんな念仏者が、どう生きるのか。
私みたいに、葬式・法事をまあいい加減にこなして、温泉に入り浸って遊び呆けて、ブログで、ごちゃごちゃ、言いたい放題。(笑
でも、元気が出るんです。
「何でもいいから、やり続けよう」
この前の連研で、こんなお話をされた方がありました。
また、機会があったら、連研のことにも触れようと思います。
これからも、ドンドン、コメントください。