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お母さんピアノを弾いてください

優しい母が認知症、強制入院。介護で体を壊し退職。弟とのメールのやりとり、詩や短歌で介護の現実を紹介していきます。

12月8日

2012-12-08 15:30:35 | Weblog
1946年12月8日、太平洋戦争勃発

その2年前父はアメリカにいた。
今日はその父の誕生日でもある。
生きていれば92歳、、、。

幼いころを除くと、父とは生前には対立ばかりしていた。
だから突然死したときはもう仲直りができないと悔悟の思いで、号泣した。あれから32年。

母は認知症になり語学に堪能な両親のもとで生まれた私は、たいした才もなく、もっぱらスタジオ業で生計をたてている。

去年も書いたが、この12月8日という特別な日に父の誕生日が重なり、父が生涯をかけて国際交流に奔走し
今でいう民間外交の走りをしていたのを思うと感無量である。

父の勤めていた会社は日本の外貨獲得NO1になり、それに父は一役買ったのだ。
なにしろ5か国語を操って世界中日本の商品を売っていたのだから、、、。


私は両親のおかげでこうして生かされているのだ。

だけど父の名前は 英語で MASUO AMANO キーワード Servasu International Federation でひくと
出てくるが日本では出てこない、、、。

だから私のスタジオのHPでは天野家の歴史で父のことを紹介しているのである。


それでも、、、、口さがない人は、、、、親をだしに使ってとか、
「お前もだから変なんだよな」しかいわない、、、。





 



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お母さんピアノを弾いてください

タイトルとなった「お母さんピアノをひいてください」は抒情文芸平成13年春季号に掲載されたものです。 オリジナルモジュールで設置したので、常に上に来てしまうのですが、詩の形が崩れてしまいます。 妄想の中に一日いて おびえ閉じこもる母よ 死ぬほど私は辛いのです 小学生から大学まで首席の母 数カ国語を話し、独学で弾くピアノ 簡単なメロディーはすぐに採譜してしまう母私には できすぎた母だった 高等文官の娘に生まれ 私にも明治流の武士の作法を教えた母 母よ、あなたは私には重かった 父が浮気症でなかったら あなたはもっと幸せでおおらかに私を育てたろうに 悲しみとやり場のない怒り 私はもう子供じゃない 母には私はまだ十五の子供に見えるらしい 二度目の童子となった母 母を悲しませまいと自分を殺して生きてきた少年時 代、青年時代 母よ時には恨みもあるのです 私は普通の人なのです、あなたの家族のようなエリ ートにはなれません それもあなたの悲しみの一つです 私は独りです、それもあなたには悲しみですか 両親の不仲が私を学習に集中させなくなったほとん ど上の空の授業、とうとう不安神経症になった私 荒れた少年時代、机も椅子もよく投げた 立ち直らせてくれたのはあなただった 母よそのあなたが目の前で狂ってく なぜ、なぜ、なぜと叫ばずにおられない 心優しき弟はけなげに母をいたわり料理を作る 他の親族は己の主義に走り、以来家には無関心 挙げ句の果てに「お前達でやれ」とはそれがあなた の主義が出した正義ですか 私だって弱いのだ、いや本当に私は弱いのだでも仕 事でも、家でも強い自分を演じてきたそうしなきゃ 誰があなたをはげませたでしょう 私の救いはどこにある 私を慰める人はどこにいる 二度目の童子となった母 もう一度ピアノを弾いてください 私は歌うから、、、、、、。