Vばら 

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

SS すみれ色の風 (7)

2015-10-18 02:13:36 | SS 恋人同士

 どれくらい眠っただろう、オスカルが瞼を開くと、ちょうど真上から太陽の光が差し込んだ。

「まぶしい」

あわてて目を細める。おや?頭の後ろがごつごつする。ここはどこだ?                                                  

 

 辺りを見回すと、自分がアンドレの膝の上で眠っていたことに気づいた。ええ、そうだったのか!いったいいつのまに?アンドレ、お前疲れているのか?深い寝息を立てているぞ。オスカルは静かに上半身を起こし、アンドレの顔をしみじみと眺めた。ラテン系の彫りの深い顔立ちは、誰に似たのだろう?私はひと目、お前の父上と母上に会ってみたかった。そしてお二人にお礼を言いたかった。母上には「アンドレを生んでくれてありがとう----。」と。なんとなく、なんとなく、お前の母上と私の母上は性格が似ていて、意気投合しそうな気がする。

 

 オスカルはアンドレの左目を覆っている髪を掻き上げた。もう二度と開くことのない瞼。こんな瞼にしたのは私だ。お前に「黒い騎士になれ」などと言わなければ、こんなことにはならなかったのに。それなのに決して私やベルナールを責めることはしない。愚痴や恨みの1つも言わない。時折私が左目のことについて尋ねても、適当に笑ってごまかしてしまう。私を傷つけまいとするお前。いつだって私はお前の無限の優しさに守られて生きてきた。けれど私はお前の左目ばかりでなく心まで傷つけ----。オスカルの目尻に涙が浮かんだ。愛しさがこみあげ、その閉じられた瞼にくちづけをした。

 

 う、うん---アンドレは何か柔らかくて温かい不思議な感触に気づき右目をうっすら開いた。オスカルが瞼を閉じて自分の左目にキスをしている姿がいきなり目に入り非常に驚いた。と同時にとっさにこのまま気づかず寝たふりをしていることにした。オスカルはしばらくの間、くちびるを瞼に押し当てていた。そして顔を離し、アンドレの黒髪に付いていた落ち葉を取ってやった。私の目に入る世界とまったく同じものがお前にも見えるよう、これからは私がお前の左目になってやろう。だがお前はきっと私以上にすべてを見通してしまうだろう。目に見えるものだけでなく、心の中さえも。ああ、アンドレ。オスカルはアンドレの髪を手で梳き、額にくちづけをした。アンドレはたまらなくなりオスカルを力強く抱き締めたくなったがぐっとこらえ、オスカルを驚かせないよう静かに目を開いた。熟睡していると思っていたアンドレが起きたため、びっくりしたオスカルは恥ずかしさを覚えアンドレから離れようとしたが、彼はしっかりとオスカルの手首をつかんだ。

「もうしばらく、こうしていよう。」

二人は黙って顔を近づけ見つめ合った。

「お前さえ、こうしてずっとそばにいてくれればいい。他に何もいらないよ。」

「アンドレ----。」カラッとした風が吹き渡った。

 

「さあ、もっとこうしていたいところだが、そろそろお屋敷に戻るとするか。」

「ああ。ばあやはまだ怒っているだろうな。」

「オスカル、気にするな。大丈夫だから。」

 二人はゆっくり立ち上がるとドングリの木に向かい、馬を繋いでいた紐をほどき再び馬上の人となった。

 

 午前中よりも陽射しが強くなってきた。牧草地帯をあとにして走り出していくうち、だんだんと集落に近づき人が行き交う姿が見えてきた。しばらく進むと家の外に質素なテーブルと椅子を出し、レース編みに精を出す女性たちが目に入った。テーブルのそばにはさまざまなレース工芸品が置かれている。彼女たちはこうして生計を立てているのだろう。ふと1枚の素敵なレースが目にとまった。

 

「アンドレ、ちょっと見たいものがある。あそこで馬をとめるぞ。」

「わかった。」

 二人は村人たちの許可を得て、空き地に馬を繋がせてもらった。レース編み---私には縁のない世界だ。1本の細い糸が織りなす不思議な宇宙。オスカルはさっき通り過ぎた家まで戻り、レース編みをしている女性に声をかけた。

 

「失礼マダム、とても素敵なレース編みばかりですが、あなたはもうこれを何年されているのですか?」

「あらまあ、何とおきれいな人なんでしょう。こんな美しい人がこの世にいるなんて!このレース編みはここの女たちに先祖代々受け継がれているものなのです。私も母から習いましたよ。5歳で始めたから、かれこれ55年近くになるわね。」

「55年!」

その女性は静かに微笑んだ。

「まるで芸術品のようです、マダム。私には到底できません。」

「そんなことないですよ。私も最初は失敗ばかり。糸が切れたり、形が不揃いだったり---。」

「あなたの作るレースがあまりに見事なので、見せていただけますか?」

「どうぞどうぞ。ここに並んでいるものはすべて、私が作ったものです。遠慮なく手に取ってくださいね。」

オスカルは1枚の替え襟にピンときた。白い繊細な模様がオスカルを捉えた。

「これだ。これをぜひばあやに----。どう思う、アンドレ?」

「おばあちゃんにはもったいないな。」

「アンドレ!」

「どなたかへの贈り物ですか?」

「ええ、私が長年お世話になっている実の祖母のような人がおりまして---。幼いころからいつも迷惑ばかりかけているので、たまにはお礼の気持ちを込めて何かしてあげたいと。」

「それならこの替え襟はぴったりですよ。年に関係なく、誰にでも合います。私もよく知り合いにあげますが、皆さん、喜んでくれます。」

オスカルに迷いはなかった。

「マダム、これにします。アンドレ、頼む。」

アンドレは慣れた様子で、内ポケットから財布を取り出した。そして値段を尋ね支払いを済ませた。

 

「大切な人への贈り物にするのですね。ちょっと待っててください。」

女性はいったん家の中に入り、白い綿ブロードに花の刺繍を施した小さな四角い袋を手にして戻ってきた。

「ここにすみれのポプリが入っています。クローゼットに入れるといい香りがしますよ。ぜひ替え襟と一緒に、その人に差し上げてください。」

「マダム---いろいろとありがとう。」

その女性は満足そうににっこりとした。

「どちらから来たのですか?」

「ヴェルサイユです。」

「まあ、ヴェルサイユ!それならきっと毎日、素敵なレースやリボンを見ているのですね。こんな田舎風の素朴なレースで大丈夫かしら?」

「マダム、このレースには一針一針マダムの真心がこもっています。私が欲しかったのはそれなのかもしれない。」

「まあ、嬉しいことを言ってくれますね。ありがとうございます。ぜひまた来てくださいよ。いつでも歓迎しますから。」

「こちらこそ、ありがとう。」

 オスカルは自分でも良い買い物ができたことに満足していた。いつも質素を心掛けているばあや。だけどきっとこの贈り物を喜んでくれるだろう。ばあや、今朝はばあやの言いつけに従わなくてごめんね。決してばあやをないがしろにしているわけではないんだ。昔も今も、ばあやはジャルジェ家になくてはならない人だ。これからもずっと頼りにしているよ。独り言を言いながら、オスカルは女性の家をあとにした。アンドレがすぐ後に従った。

「さあ、アンドレ、まっすぐ家に向かうぞ。」

続く

 



2 コメント

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hitomiさま (りら)
2015-10-18 22:29:31
 温かいコメントをありがとうございます。
アンドレは母親似---うんうんなるほど、そうですね。だからオスカルとうまく噛み合うんでしょうね。原作ではアンドレの両親についてやジャルジェ家に来る前の様子が描かれていません。アンドレは連載開始の頃は、それほど重要視されていなかったということですよね。彼がどんな育ちをしたか知りたいです。

 hitomoさまが、私の拙いSSを読んで幸せな気持ちになれると伺い、大変嬉しいです。文章は巧く書けませんが、あの2人ならこんなささやかな幸せの時があったのでは?と想像しながら、自分も楽しんでいます。hitomiさま、温かいお言葉、ありがとうございます。無理せず、長く続けていきたいと思います。こんなブログですが、これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。本当にありがとうございます。
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Unknown (hitomi)
2015-10-18 03:46:35
オスカルが父親似ときたら、アンドレは母親似じゃないかと私は想像しています。アンドレの両親がどんな人か明らかになっていませんよね。もし、さらに新エピソードを書くなら、その2人について書いて欲しいと思います。
膝枕は女性が男性にすることが多くて、逆はあまり見ない気がします。男性の膝だと確かにゴツゴツして寝心地はイマイチかもしれません。でも、恋人同士らしくて好きなシーンです。原作でももっとこんな場面を見たかったです。
いつもこのシリーズの更新を楽しみにしています。見果てぬ夢が実現されているのを見ると、幸せな気持ちになります。
更新の間隔が短いですが、大丈夫でしょうか?無理せず、ゆっくり、マイペースでいいので、続けてください。
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