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遠い家への道のり (Reprise)

Bruce Springsteen & I

Bruce Springsteen "The Promised Land" in San Diego

2009-11-15 00:07:46 | Darkness
ユタの砂漠の中 ラトルスネイク・ハイウェイで
俺は自分の金を受け取り 町へ引き返す
ウェインズボロ郡境を車で越え
ラジオをつけた 今俺は時間潰しをしているだけ
1日中父親の自動車修理工場で働き
1晩中幻想を追って車を飛ばす
今に俺は主導権を握ってみせる

メインストリートの犬どもが吼える 奴らには分かっている
たった一瞬をこの手に掴む事さえできれば
ミスター 俺は小僧じゃない 男なんだ
そして俺は約束の地を信じている

正しい道を歩むため精一杯の事をしてきた
毎朝起き、毎日働きに行く
だが次第に見通しが利かなくなり 恐怖にさいなまれる
時にどうしようもなく無力に感じ 爆発してしまいたくなる
この町を爆破し 破壊してしまいたくなる
ナイフを手に取り 心臓からこの苦痛を切り取ってしまいたい
何かを始めようと心逸らせる者に出会いたい

砂漠の地平から黒い煙が巻き上がる
俺は荷物を詰め その嵐の中にまっすぐ突き進んでいく
竜巻になり 何もかも吹き倒す
地にしっかりと立つだけの信念の無いものは
吹き飛ばせ 心を引き裂いてしまうような夢なんて
吹き飛ばせ お前を失意に陥れる夢なんて
吹き飛ばせ 絶望と悲嘆しか残す事のない嘘なんて

俺は約束の地を信じている

ENGLISH

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私はアメリカ東海岸に留学中の冬休みに3週間ほどカリフォルニアを1人で旅しました。その中でサンディエゴはクリーヴランドを経由してオルバニーに帰る前の最後の訪問地でした。1人旅は解放感と達成感を与えてくれる一方で、非常に気の張るものです。大学の寮生活のある種の閉塞感から逃れるために出てきたにも関わらず、疲労感と相まって次第に人恋しささえ感じ始めていた頃でした。他所で同い年の息子さんとご両親というコロンビア人家族と懇意になり、彼らとの別れを惜しむ気持ちもありました。予定を変更してロサンジェルスに留まれば、彼らと共に過ごす事ができる筈でしたが、そうはしませんでした。

泊まったのはガスランプ・クォーターと呼ばれるお洒落なお店が並ぶ繁華街です。夕食時で賑わう通りを1人ぽっちで歩いているとだんだんどうして私は1人でいるのか、という事が疑問に思えてきました。ロサンジェルスに残れば良かったかなぁとも思いました。「地球の歩き方」で見たショッピングモールを探していたら道に迷い、人気がない所を疲れた足を引きずり、どこに行っても逃れる事のできない自分自身の性質について思いを巡らせるうちに落ち込みそうになっていました。

その時、道の先から微かに聴こえてきたのがブルース・スプリングスティーンの”The Promised Land”でした。今まで1度もこの曲を自分以外の人がかけている場面に遭遇した事はなく、まるで妙な夢の中にいるような気がし、一瞬耳を疑いました。それでも確かにブルースの声は聞こえてきます。「俺は約束の地を信じている」と。音は確実にアルバム『闇に吠える街/Darkness on The Edge of Town』(1978)に収録されたスタジオバージョンでした。でも、ここでブルースの音に出会った事が何かものすごい奇跡を意味しているような気がして、私はきっと何かあるに違いない、もしかしたらブルースが突然現れてびっくりイベントをやっているのかもしれない、とさえ僅かに期待しながら、音のする方へ急ぎました。それまでずるずると引きずりまわしていた退屈な悩みは霞みました。


早足で道を下り、とうとう開けた所に出ました。ブルースの声はすぐ右手から聞こえてきます。ぐるりと周ってその正面に出るとそこにあったのは1月でも少しも寒くないサンディエゴの小さな屋外人口スケート上でした。何だか拍子抜けすると同時に思わず自分の期待や興奮がおかしくて笑ってしまいそうでした。多分、本当は期待はさほど高くなかったのだと思います。殆ど落胆を感じなかったからです。けれど、一瞬の間味わった高揚感は心地よく胸に残っていました。そして、ブルースが歌うように私は自分のつまらない思いを吹き飛ばしたのでした。

私はそもそも15歳の時からこうしてブルースの声に導かれ、今アメリカにいるのだ。それは約束の地を求めてきた私の行動の結果でもある。そして、ブルースは今でもこうして私は導き、失意から救い出してくれている。それは、さっき考えていた「何かものすごい奇跡」とは違うけれども、何かものすごく幸運で幸福な事だと感じる事ができました。また、この時この曲に遭遇した事を私は運命のように考えずにはいられませんでした。スケート上は1978年よりもずっと後に生まれたような若者達でいっぱいでした。それでも、そこでは”The Promised Land”が流れていたのです。そしてこの日から殆ど丁度4ヵ月後、この曲を歌いながらブルースは私に手を差しのべてくれたのでした。



Bruce Springsteen "Racing in the Street"

2008-05-27 23:34:43 | Darkness
俺が手に入れたのは69年型のシェヴィ 396ciのエンジン
フューリーのシリンダーヘッドとハーストのフロアシフトを備えている
今夜 そいつはセブンイレブン前の駐車場で
出番を待っている
俺と相棒のソニーがゼロから組み立てた
そして2人して町から町へと走る
俺達はただただ金を勝ち取るために走る 一切の交渉も妥協もなく
相手はがたがた言わせず 破ってしまう

今夜 通りはレースには申し分ない
俺は最初の一瞬で差をつけたい
夏が訪れ 今がまさに格好の時
通りでレースに出るには

俺達は出会った機会は決して逃さない
北東部の州はすべて守備範囲
いつものレース場が閉じられていれば
緊急用の通りだろうと州間高速だろうと構わず
通りで飛ばす
生きることを諦め
少しずつだんだんと生気を失ってしまう者や
仕事から帰り着くと身支度をして
通りのレースに繰り出す者達

今夜 通りはレースには申し分ない
連中を残らず打ち負かし度肝を抜いてやりたい
世界中に 俺達は通りでレースをしているんだと訴えながら

彼女と出会ったのは 3年前のレース場でのこと
LAから来た男のカマロに乗っていた
俺はそのカマロを楽々破り 女を連れ去った
しかし今では愛しい女の目の周りには皺が目立ち
夜は涙に暮れて眠りに就く
俺が帰ると家は暗く
彼女が「今日は勝てた?」と囁く
父親の家のポーチに腰かけた女の
甘い夢は打ち砕かれ
ひとり夜の闇を見つめる
生まれたことを恨む者の目をして

この約束の地を音を立てて疾駆してゆく
すべての敗北したよそ者達とホットロッドの天使たちのため
今夜 俺は愛する女と2人海へと走る
そしてこの幾つもの罪を2人の手から洗い流そう

今夜 ハイウェイは眩しく輝いている
どいていてくれ ミスター 離れていた方がいい
夏が訪れ 今こそ最高の時なのだから
通りでレースに出るには

ENGLISH


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今日いつもお世話になっているしゅんまっくさんへのオマージュを表して訳しました。思い入れの強い曲かもしれないので、いろいろ突っ込みたくなるところがあるかもしれないけれど。。。ロンドンでこの曲が聴けるように本当に祈っています。

こうして訳をしてみて、1番感じたのは一体今のブルースにとってこの曲はどういう意味を持っているんだろう、という事です。懐かしい思い出なのか、ある種の苦い思い出なのか。それとも今なお夜ごとに通りに出ては自分を確認しようとする人々へ捧げているのでしょうか。

多くのイメージと物語を喚起させるとても豊かな詞で、勇ましいようで刹那的であり、希望も夢も持てないからレースをするのだけどその事が生きている事を実感させ、希望を持たせるのであり、生気を失っていく人々とは違うという強い主張も感じさせます。
でも、やっぱりここに描かれているのは形だけ気持ちだけの、やりきれなさだけではなくて本物の労働者階級の困窮した生活を強いられた人々の思いであって、甘やかされて育った私にはなかなか分からないし、彼らにしてみれば分かってたまるかというところもあるのではないかという気もします。もちろん焦燥感や先の見えなさというのは普遍的ではあると思うのですが。

またここで歌われる夏に対する愛情とも言うような思いは"Girls in their Summer Clothes"などにも見出せるものです。『The Live』で"The River"のMCでは「夏は友達と夜通し外にいられた」と言っているし、夜型のブルースには夏の眠らない夜には思い悩んだり、楽しんだりした沢山の思い出があって、それが今に通じる夏への温かな思いを作っているんではないかなぁと思います。

しかし全体を通して何となく男の世界という印象もあります。ただ単に根本的に勝負事が苦手なせいなんかもあるかもしれないけれど。。。主人公とは気持ちが離れていきつつある女性の気持ちも全部ではないけれど分かるところもあるように思います。ブルースの詞を読んでいるとよく、女性の事をとてもきちんと見ているんだなぁと思わされます。


参考:
①もとの詞にあるFuelieというのはフューエルインジェクションの付いたクルマという意味のスラングだそうです。
Hurstというのは、ペンシルヴァニア州にあるHurst Performanceという高速中型車(muscle car)用の改造部品を作っている会社が作った何か部品のようです。