宇宙へのツイッター

踏まれた足を退けることが出来るまで
.
.
.
URLを残されたコメントは非表示となっております

エビネラン?

2024-05-31 14:21:56 | ブログ考

畑友さんが 那須の別荘から掘り起こしてきた苗

パイナップルリリーかと思った彼女は そうではないことが解ると私に丸投げ (*´▽`*)

これは もしかしたら エビネラン?

だとしたら 私にとってはパイナップルリリーを超えて かなりな期待があった にもかかわらず 

エビネが好みそうな木陰においたままで 忘れかけていた

歩道にまで花茎が伸びた ガイラルディアの鉢を 奥に寄せようとして

そこで陰になっていた鉢 そこに蕾を発見

葉は エビネのようだけど?

 

どうかな~?

 

10年くらい前になるでしょうか

綴り方は違うかもしれませんが

大好きなブログに[本当に嬉しいことと悲しいことはブログには書かない]と綴られていて・・・

 頂いたコメントの終わりに このようなことを書いて下さったかたがおられました

そのコメント主さんを 仮に (•᎑•)さんとして

 

それは 麦に中傷されたとする✿さんの書き込みで コメント欄が乱れている時だった 

コメントの流れに目を通された(•᎑•)さんは 麦に中傷の事実がないことを見極められたのだと思う 

そして

[本当に嬉しいことと悲しいことはブログには書かない]

ということを 私に語ってくださった

 

見苦しいコメント欄を目にされた(•᎑•)さんが 私に伝えたかったのは

ブログに何を書くか 何を書かないかではなく

地球を網羅するインターネット文明  ネットは神聖な文明の進化である

ということだと思う

中傷したとか されたとか

次元が違う と

 

もし それがブログ主にとって 理想のブログライフなら

本当に悲しいことも 本当に嬉しいことも 書きたいときは書いたらよいでしょう

 

自分のブログライフを守るために コメント欄を閉じたり 不都合な相手をブロックしたり  

言いたいことは言う 反論には耳を塞ぐ

それが その人の常識に適ったブログのスタンスなら

それも有りなのでしょう

 

このところ複数の閲覧者さんに遡ってアクセスされている 2件の過去記事から思うに

私は つい先ごろ (•᎑•)さんのコメントから行間を省き

[本当に嬉しいことと悲しいことはブログには書かない]

 この一部分のみを 単純に 別の意味で引用することがありました

そのことで 波紋を広げるようなことがあったなら

私のブログ考とは 外れてしまいます 

 

花が咲いた 旅をした

書くことが好きだから そんなことを文章にしてネット上に放ちたくなる

読んでくださるのは どこのどなたなのか分からない その方々を 機器に疎い私は宇宙人と言った

 

ブログは私にとって インターネット文明の進化による 生活の中の ほんの一部

本当に嬉しいこと 本当に悲しいとき それを書きたいと思うことは無いから書かないだけのことなのですよ