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日本歴史紀行

現代語訳 徳川実紀 27 元信君、瀬名姫を娶る



元信君、瀬名姫を娶る



弘治三年(1557年)正月十五日、元信君は今川治部大輔義元の勧めで一門衆の関口親永の娘、瀬名姫を娶った。

肌は透き通る如く白い見目麗しき姫君である。



瀬名姫の父、親永の妻は義元の妹で、義元とは姪にあたる姫君を妻に迎えになられたことからも、義元が三河国を傘下に収める腹積もりもありながら、元信君にはいかに期待を寄せていることかを物語っている。




瀬名姫の出自

瀬名姫の父は、今川家一門である瀬名家の関口親永(または瀬名義広)で、母は遠江国衆の井伊直平の娘とされ、言わば井伊家からの人質でした。

瀬名姫の母は井伊直平が今川氏に臣従したとき、今川義元に人質として差し出されました。彼女は義元の側室になっていたとも、義元の養妹となったもいいます。


当時の井伊氏は、過去に何度も今川氏と敵対したり臣従したりを繰り返してきました。

こうした経緯から、今川義元は井伊氏との結びつきを強めて懐柔させるため、養妹でもある直平の娘を今川一門の親永に嫁がせたといいます。


そして、親永と直平の娘との間に産まれたのが瀬名姫なのであり、彼女は今川義元にとっては姪にあたる人物ということになります。

なお、大河ドラマ~おんな城主 直虎~の主人公にもなった井伊直虎は、直平の曾孫にあたります。

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