記念艦三笠
1905年 明治38年5月28日
前日より始まった日露戦争最大の海戦、日本海海戦は、緒戦の第1次合戦よりバルチック艦隊旗艦〜クニヤージ.スワーロフをはじめ、オスラビア等6隻を撃沈し、10次合戦までに19隻を撃沈、7隻を捕獲し、日本側の被害は、水雷艇3隻のみという史上例を見ない大勝利をおさめました。
海戦の不利を悟り、12隻が海域を脱出しましたが、その多くが大損傷のため、途中で座礁、自沈し、バルチック艦隊が目的地のウラジオストクに到達出来たのは、わずか3隻でした。
この大敗にロシアは戦意を失い、日露戦争は終局へと向かいます。