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自分の内側の世界を見つめてみた♡

2023-08-04 10:17:49 | スピリチュアル

ここのところ落ち込んだかと思えば、元気になったりそんな繰り返しの日々。

自律神経は乱れていて、どことなくソワソワしている。

夜になると、強い不安に襲われることもしばしば。

昨日のカードリーディングから、自分の心を見つめてみることを図形式でやってみた。

大体の人が、自分というものを中心とした世界観の中で生きている。

もちろん、私もその一人。

その心の領域にはたくさんのある意味囚われがある。

もしくは、支えてくれるだろう人や物質。

以前の私は、気づかなかったけれど

半分ぐらいを息子がしめていた。

それは、食事の支度や身の回りのことから、一緒にいて心地よい癒しの空間、会話、スキンシップなど。

それらが、私が私として機能するために、必要な要素となっていた。

そして、予測はしていたが結構突然の別れ(離れただけのことだが、、)

もちろん、あとの半分ぐらいには

母親、仕事、友人、そして運命ともとれる人、あるいはお金など物質的な要素が占めていた。

そこには、すっきりと解消していない睡眠障害関係も依然としていたと思う。

ぽっかりと空いた空間になにをいれるのか??

楽しいことをすればいいという人もいる。

しかし、喪失感とはそんな簡単な代替えできるものとは違っていた。

突発性難聴として身体が教えてくれたSOS。

それもなんだか不安材料になった。

心の領域に入っていないのに、そこに現実としてあるものを思った。

夫だ。

子供が小さいころ浮気をされたこと、それから病になって苦しんだこと。

長く長くどこかで憎みながら、生活を共にしてきたのだ。

だが、けっして毛嫌いする風でもなかった。

家族三人で旅行や食事にも行って、それはそれで楽しくやっていた。

だがある時から、運命ともとれる人とのことで、一時頭がいっぱいだった。

魂のレベルでつながっている何か特別な人は、私の不安を大きく払拭してくれた。

だが、相手にも次々試練が起こり、仕事を辞めざる負えなくなり起業することになった。

それから、相手は仕事のことで頭がいっぱいだったと思う。

私と一緒になりたいというのは、魂からくる強い感覚を覚えてそう思ったのかもしれない。

現実はそう甘くなく、コロナ下での起業は本人の予想以上に大変だったのだろう。

一方で私は、彼に依存し、彼が私を幸せにしてくれる白馬の王子さまのようにもどこか勘違いしていた分もあった。

彼は幼少期、祖父母に育てられ一人で孤独を感じながらさらに貧困の中、生き抜いた人。

私は、温かい愛情が循環する家庭。いつも共感してくれる親、お互いを思いやる男女である両親の元で育てられた人。

そこには、なにか互いの認識の違い、物事への感応の差があった。

彼は、思考よりも先に直感で動いて、あとで思考にそれを落とし込み調整を図る人。

私はまず現実的に物事をみながら、予想を立てる(イメージ化する)ところから受け入れるタイプ。

この順番の違い、

ここにいつの間にか、ずれが生じていた。そしてそれは、私に不安を注いだのかもしれない。

二人で住める家を見つけてほしいと要求したこともあった。

探しているような、そんな言葉もあったが、結局家賃が高いとかなんとか言い逃れのような対応であった。

はっきりしない彼に、イライラもしていた。

じゃあどうして、一緒になりたいようなことを口走ったのか?

きっと、深く考えていったわけでもないのだろう。

真面目に捉えた私が、良くなかったかもしれない。

だが、彼はバツイチだが家のローンもあり、生活費も結構必要だ。

そこに、また家を借りるなんて、ただでさえ仕事の先行きもまだ不透明な部分もある状況で

彼は心に負担を感じているところに、さらなる負いうちをかけられるようなものだ。

それはきっと、恐怖や不安にちかい感情なのかもしれない。

しかし、私を失うことへの恐れもきっとあるんだとわかる。

結局何が言いたいかといえば、

彼は彼で存在しているがただの恋愛の関係ではないということ。

互いの使命に気づき、自分と向き合わされ、具現化していくために必要な起爆剤のような関係。

そこで思った。

どうして夫を悪として、私をただ苦しめる存在という悪人に仕立て上げ

彼を私を救う救世主であり善人そのもとと思い込んだか。

これは私のどこかで物事を白黒を決めつける性格が起因するのかもしれない。

でも、すべてはグレーだ。

白っぽいグレー。

黒に近いグレー。

私は大きな勘違いをしていたことに気が付いた。病によってである。

波長は彼との方が断然合うが、夫はいわゆる地球人タイプ。

手先は器用だが、生き方は不器用な夫。

承認欲求が強すぎて、時々押しつけがましい一面もある。

しかし、基本的に大事に育てられていて、人を信じるし、人にやさしい。

若いころは傍若無人だったが、それぞれの苦労があって、変わってきた面もある。

そう、私はこのぽっかり空いた空間にやっと長年憎み、毛嫌いしていた夫を

受け入れる気持ちになったのだ。

私がそのかたくなな心を緩めると、相手も自然と緩めてくれる。

ありがとうと言えば、ありがとうが返ってくる。

朝の夫のおにぎりを、二人で一緒に作った。のりを巻いただけだけども。

こんな二人の時もあったと振り返った。

結婚前は、夫に強い信頼を感じていた。そんなに好きかどうかわからないけれど、幸せにしてくれる人。

それ思いこそぶち壊れ、心を壊したが、

そんな風に人に完全依存するのはそもそも違っていたのかもしれない。

今、少しずつ夫の存在を私の心に受け入れるまでに成長したんだと思った。

煮え切らない彼もただの人間にすぎない。

しがみついていた思いを少し緩めた。

どっちつかずだけど、そのアンバランスさの中でいかにバランスをとらえるか?

心の安全地帯にこれだけ、この人しかいないという極端な考え方は危険だ。

もっと柔軟にあらゆることを捉え、

それぞれに素直な気持ちで感謝をしたい。人は違ってていいんだし、おもい通りにならないのが人間関係。

当たり前のことに気づかず、傲慢になっていた自分を反省したい。

先のことはわからない、物事は水が高いところから低いところへ流れるように

自然と変化するのだから。

そして、運命は巡るのだゴロンゴロンと、、、。