ゴッホの少年時代のエピソードは、あまり多くない。
少年時代のフィンセントは、特に美術的天分があったとは考えられないらしいが、
上の素描は、フィンセントが11歳のときに描いた素描。
私から見るとすごいなあと、おもってしまう。
これは、母親の影響が大きかったらしい。
ゴッホの母、アンナは、自然を愛し、その愛を刺繍や素描に表現したらしい。
資料に、母アンナの1844年に描いた花の素描があった。
それが上の1枚。
フィンセントの素描は、おそらく本を見ながら、鉛筆で模写したようだが、
母親の影響が、すごく大きかったと思われる。
ちなみに、これは、これも天才画家ピカソの11歳の時の素描。
ピカソの描く絵は、最初から完成されていて、未熟なところが全くないという。
ピカソは、言葉を覚える前に絵を描いて、意志を伝え、
最初に口にしたのは「鉛筆」という言葉だったらしい!
ピカソの父親は、学校で絵画を教えていた画家で、
物心ついたピカソは、いつも父親の真似をして、
絵を描き続けていた。
うえは、14歳の時のバルセロナの美術学校での作品。
もう彼のスタイルは、この時期、完成されていて、名画の条件にあてはまってくる。
小学校でも、ピカソ少年は、授業中も絵を描き続け、
算数やアルファベットには興味も示さず、教科書の余白は、絵で埋め尽くされていた!
でもそこですばらしいのが両親。
「勉強しなさい」とは一言もいわず、
父親も自分を超えたと確信したとたん、
専門的な先生につけ、自分の絵具と絵筆をピカソに与え、
自分は絵を描くことをやめてしまった。すばらしい!
こうして天才は造られるのだ!
ピカソのエピソードがあったので、それてしまいましたが、
全く違う少年時代を送ったゴッホ、
内気で引っ込み思案だった少年、
家に帰ると、弟や妹達と外で遊び、芸術的片鱗も見せなかった。
彼のその後にどんな変化があり、そして、あの名作を残していったのか?
いよいよゴッホはフランスに自分を求めて旅立ちます。
また年明けの時間のあるときに、続けていきますね
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