オランダで生まれたゴッホ 3

2008-12-23 06:32:05 | オランダ

 

                  

ゴッホの少年時代のエピソードは、あまり多くない。

少年時代のフィンセントは、特に美術的天分があったとは考えられないらしいが、

上の素描は、フィンセントが11歳のときに描いた素描。

私から見るとすごいなあと、おもってしまう。

これは、母親の影響が大きかったらしい。

       

ゴッホの母、アンナは、自然を愛し、その愛を刺繍や素描に表現したらしい。

資料に、母アンナの1844年に描いた花の素描があった。

それが上の1枚。

フィンセントの素描は、おそらく本を見ながら、鉛筆で模写したようだが、

母親の影響が、すごく大きかったと思われる。

        

ちなみに、これは、これも天才画家ピカソの11歳の時の素描。

ピカソの描く絵は、最初から完成されていて、未熟なところが全くないという。

ピカソは、言葉を覚える前に絵を描いて、意志を伝え、

最初に口にしたのは「鉛筆」という言葉だったらしい!

ピカソの父親は、学校で絵画を教えていた画家で、

物心ついたピカソは、いつも父親の真似をして、

絵を描き続けていた。

         

うえは、14歳の時のバルセロナの美術学校での作品。

もう彼のスタイルは、この時期、完成されていて、名画の条件にあてはまってくる。

小学校でも、ピカソ少年は、授業中も絵を描き続け、

算数やアルファベットには興味も示さず、教科書の余白は、絵で埋め尽くされていた!

でもそこですばらしいのが両親。

「勉強しなさい」とは一言もいわず、

父親も自分を超えたと確信したとたん、

専門的な先生につけ、自分の絵具と絵筆をピカソに与え、

自分は絵を描くことをやめてしまった。すばらしい!

こうして天才は造られるのだ!

 

ピカソのエピソードがあったので、それてしまいましたが、

全く違う少年時代を送ったゴッホ、

内気で引っ込み思案だった少年、

家に帰ると、弟や妹達と外で遊び、芸術的片鱗も見せなかった。

彼のその後にどんな変化があり、そして、あの名作を残していったのか?

いよいよゴッホはフランスに自分を求めて旅立ちます。

また年明けの時間のあるときに、続けていきますね

 

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