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赤城山ファン(旧)

ぶらり散策
赤城山の山頂・湖畔・裾野エリア・わ鐵沿線・上電沿線
(散策備忘録&アルバム)

赤城山麓の城址(跡)ぶらり

2023-01-08 | ー赤城の城址(跡)ー
2023.1.8(現在)
◎赤城山麓の城址(跡)ぶらり
<南麓>
大胡城(前橋市河原浜町)※散策済
膳城(前橋市粕川町膳)※散策済
大室城(前橋市西大室)※散策済
女淵城(前橋市粕川町女淵)※散策済
上泉城(前橋市上泉町)※散策済
西新井(小坂子)城(前橋市小坂子町)※散策済
嶺城(前橋市嶺町)※散策済
山上城(桐生市新里町山上)※散策済
引田城跡(前橋市富士見町横室120−2)※散策済
田島城跡(前橋市富士見町田島甲180) ⇒
<東麓>
深沢城(桐生市黒保根宿廻)※散策済
<西麓>
箱田城跡(渋川市北橘町下箱田)※散策済
八崎城跡(渋川市北橘町八崎)※散策済
真壁城跡(渋川市北橘町真壁)※散策済
不動山城跡(渋川市赤城町宮田22)
猫地城跡(渋川市赤城町敷島392)※散策済
津久田城跡(渋川市赤城町津久田290−10)
長井坂城(昭和村川額・渋川市赤城町棚下)※散策済
森下(鎌田)城(昭和村森下)※散策済
阿岨(曾)城跡(利根郡昭和村橡久保384) ⇒

引田城跡

2023-01-08 | ー赤城の城址(跡)ー
十二山付近にある「引田城跡」
現在、「オートモービル(自動車整備工場)」がある。
そこにいた人に聞くと、「城マニア?」と言われた(^0^)
「3ヵ月に一度くらいは、訪ねてくるよ」と言っていた。
前橋市富士見町横室120-2







2023.1.7

深沢城址(1)

2022-12-23 | ー赤城の城址(跡)ー
深沢城
桐生市黒保根町宿廻
ー検索ー
深沢城は阿久沢氏の居城として知られています。阿久沢氏は渡良瀬川上流域とその山間部を押さえ、沼田から赤城山東側山麓を通り関東平野に抜ける「根利通(ねりみち)」を支配
  



  
2022.12.22

「跡」と「址」

2022-12-13 | ー赤城の城址(跡)ー
<検索> へぇー (^0^)
※「址」には「もとい・土台・あと」などの意味がある。
一方で、「城跡」の「跡」は「遺跡・筆跡・門跡・軌跡・足跡・追跡・失跡」などの熟語があるように「何らかの物事が行われたあと」という意味で使われてきた。
よって、「跡」は「あと・あしあと」を表す漢字ということになる。
※「跡」「後」「迹」「痕」「址」「墟」「瘢」「趾」「蹤」「蹟」の意味と違いも・・・・

膳城跡(検索)

2021-06-22 | ー赤城の城址(跡)ー
(前橋市のhp)
「源頼朝に仕えた儒家で鎌倉幕府問注所執事であった三善康信が築きましたが武田勝頼が平服のまま攻め入った素肌攻めで廃城となりました。丘陵城形式のこの城は、県の史跡に指定され、本丸遺跡が往時の面影を残しています。」とある。