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体罰は教育か?

2006-05-05 18:46:41 | 世の中のこと
先日、戸塚ヨットスクールの戸塚校長が出所しました。
しばらくは、テレビに引っ張りだこでしょう。

この前は、テレビ朝日の『スクランブル』という番組に出ていました。
平日のお昼時にやっている、大和田獏の番組です。

大和田獏「学校教育はよく分かりません。」
      「けれども、私も家庭で子供を育て上げました。」
      「ですから、多少なりとも教育とは何か、分かっているつもりです。」
戸塚校長「家庭で教育は出来ません。」
大和田獏(ぷちっ!)

いやあ、この瞬間は面白かったです。
大和田獏が切れる瞬間といいますか、スイッチの入る瞬間が、よく分かりました。
全否定されたわけですからね。
みるみる顔が赤くなっていきました。

論点は色々ありましたし、大和田獏も最初からこうですので、とても盛り上がっていました。
興味深かったのは、体罰そのものを否定するのではなく、方法論の問題が中心になっていた点です。

戸塚校長自身、あのスパルタ教育が人によって合う合わないがあることを認めていました。
「精神的に問題のあった生徒の場合、それを診て入校にOKを出した医者の判断が間違っていた。」
責任転嫁としか言えないような発言もありましたが、とにかく認めていました。
「多様性」ということです。

生徒に多様性が認められるのであれば、その教育にも多様性を与えるべきですよね。
けれども戸塚校長は、自らの考えのみが正しいと譲りません。
「家庭で教育は出来ません」というのも、その一つです。
このため、何か間違いがあったとしても、それを修正することが出来なくなっていたのではないでしょうか。
問題は、そこにあったように思います。
生徒を3名死なせて、本人も数年服役した上での、この態度。
教育は本当に難しい問題ですから、その良し悪しは僕にも分かりません。
けれども、戸塚校長が何も変わってないことに、正直驚きました。
あれだけの事件だったのに、教育者である彼が何も学んでいないじゃないか、と。

本題に触れるのを忘れていました。

僕は、体罰は「あり」だと思います。
もちろん、相手を思っての上でのこと、というのが前提です。
そうでなければ、ただの暴力ですからね。
『スクランブル』の面々も、基本的にはその態度のようでした。
年齢層も関係あるのでしょう。
大和田獏も、コメンテーターの方々も、ほとんどが40~50才台でした。
家や学校で殴られたことがない人のほうが、少ないのではないでしょうか。
大和田獏は、「体と体をぶつけ合う教育」と表現していました。

僕もギリギリで、そういう教育で育った世代です。
義務教育の時期が昭和の終わりでしたから、そういう風潮は幾分か薄れていたかも知れません。
けれども、学校に行けば怖い先生の1人や2人は、必ずいましたからね。

悪いことをやれば叱られる。
悪いことをやれば殴られる。

こういったことが、自然と身に付いていました。
近頃は、生徒をちょっと小突いたくらいで、PTAやらが大騒ぎすることもあるとか。
こういう環境で育った子供の将来こそ、僕は怖いと考えます。

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