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『新・平家物語(一)』吉川英治

2009年05月15日 | 小説・本
新・平家物語〈1〉 (吉川英治歴史時代文庫)
吉川 英治
講談社

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吉川栄治 「新・平家物語(一)」

 夏目漱石ははじめから夏目漱石だったわけではない。
 正岡子規もはじめから正岡子規だったわけではない。
 彼らにも大成した文学者ではなく、夏目金之助・正岡常規として青春を駆け抜けていった時代があったのだ。

 以前そう書かれた文章を読んだことがある。
 この著者が言うように、学生時代の夏目漱石や正岡子規はそれぞれ青年らしい葛藤と友情を育んでいたのである。

 そのことがふと思い浮かんだように、この「新・平家物語(一)」では若かりし青春時代の平清盛が描かれている。
 老練悪辣な政治家でも巨万の富を築いた富豪でも平家一門の大棟梁でもない。
 自分の出生に悩み、貴族社会の世を恨み、女性に恋をする一人の青年「平清盛」だ。

 ころは平安末世。
 負け組みはいつまでも負け組みで勝ち組はいつまでも勝ち組という貴族中心の格差社会にある者は飲み込まれ、ある者は絶望する。
 清盛の同僚、遠藤盛遠(後の文覚)は先輩の源渡の妻への恋に苦しみ、とうとうこの女性を殺してしまう。妻を殺された源渡はそのことを恨み都を出奔。同じく先輩の佐藤義清(後の西行)は若い妻と幼い娘を残して出家してしまう。
 そんな武士たちの悲喜こもごもの中、いずれ俺たちの時代が来ると両足を大地に踏みしめていたのが、この本の主人公平清盛と彼のライバル源義朝だった。
 そして世は、院政という政治中枢が二つあるという弊害から保元の乱前夜へと流れていくのであった。

 細かいことを言うと、清盛の長男と次男、重盛・基盛は時子の子じゃないんだけどなとか、清盛の父忠盛は諸国に荘園があったから貧乏暮らしするはずがないんだけどなとか、色々突っ込みどころは満載です。
 だけど「歴史小説」とは思わずただの小説だと思うとかなり面白い話です。
 小説の背景にある貴族中心の格差社会などは現代に通じるし、時代の波に飲まれながら一人、また一人と脱落していく様も現状に似ています。
 そんな中、ただ一人清盛は必死に水を掻き分けながら先頭をひた走っていく。
 その走りぶりに貴族たちは恐れおののき様々な嫌がらせをする。
 だが清盛はその嫌がらせをあっという間に蹴散らしていくのだ。
 周囲から民衆や下級武士たちのヤンヤの喝采が聞こえてくるようだ。
 そして、いつしか私も平清盛の背に私の期待を背負わせて読んでいる。
 新しい時代は彼から始まるのだという予感に震えながら。

 1巻は保元の乱前夜まで。
 主人公清盛だけでなく鳥羽僧正や文覚、西行などが出てくる群像劇っぽい所がこの時代の世相を表していて面白かったです。
 少なくとも読み終わるとその足で本屋へ駆け入ったことは確かです。


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