復員 坂口安吾著
四郎は南の島から復員した。帰ってみると、3年も昔に戦士したことになっているのである。
彼は片手と片足がなかった。
家族が彼をとりまいて珍しがったのも1日だけで翌日からは厄介者にすぎなかった。
知人も1度は珍しがるが2度目からはうるさがってしまう。言い交わした娘があった。
母に尋ねると厄介者が女話とはという顔であった。すでに嫁入りして子供もあるのだ。
気持の動揺も鎮ってのち、例によって1度は珍しがってくれるだろうと訪ねてみることにした。
女は彼を見ると間の悪い顔をした。折から子供が泣き出したのでオムツをかえてやりながら
『よく生きていたわね』と言った。彼はこんな変な気持で赤ん坊を眺めたことはない。
お前が生きて帰らなくとも人間はこうして生まれてくるぜと言っているように見える。
けれども女の間の悪そうな顔で、彼は始めてほのあたたかいものを受けとめたような気がして、
満足して帰ってきた。
坂口安吾
生年月日:1906年10月20日
生まれ:新潟県新潟市
死亡:1955年2月17日
書籍:堕落論、白痴、日本文化私観、不連続殺人事件など。
四郎は南の島から復員した。帰ってみると、3年も昔に戦士したことになっているのである。
彼は片手と片足がなかった。
家族が彼をとりまいて珍しがったのも1日だけで翌日からは厄介者にすぎなかった。
知人も1度は珍しがるが2度目からはうるさがってしまう。言い交わした娘があった。
母に尋ねると厄介者が女話とはという顔であった。すでに嫁入りして子供もあるのだ。
気持の動揺も鎮ってのち、例によって1度は珍しがってくれるだろうと訪ねてみることにした。
女は彼を見ると間の悪い顔をした。折から子供が泣き出したのでオムツをかえてやりながら
『よく生きていたわね』と言った。彼はこんな変な気持で赤ん坊を眺めたことはない。
お前が生きて帰らなくとも人間はこうして生まれてくるぜと言っているように見える。
けれども女の間の悪そうな顔で、彼は始めてほのあたたかいものを受けとめたような気がして、
満足して帰ってきた。
坂口安吾
生年月日:1906年10月20日
生まれ:新潟県新潟市
死亡:1955年2月17日
書籍:堕落論、白痴、日本文化私観、不連続殺人事件など。