黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

黒毛和牛上塩タン焼680円(3)

2008-09-15 02:06:02 | 芸能
(前回からつづく)

 その日の部室。ドアをノックすると朝比奈さんの「はぁい」という声が聞こえた。昨日と同じく、部室にいたのは朝比奈さん、古泉、そして長門の三人。長門が本を読みながら例の歌を口ずさんでいるのも同じだった。ただ、昨日は気付かなかったが、最初に俺が二人きりの部室で聴いた長門の歌に比べると、歌声にほのかな情感がこもっているように感じた。
 俺がテーブルに腰掛けると、古泉がいつものハーフスマイルから真顔になり、俺に質問してくる。
「あなたは、この問題について何かご存知でないのですか?」
 何の問題だよ。
「もちろん、長門さんの歌の問題です」
「ご存知でないな」
 しらばっくれることにする。ここでばれたら今までの苦労が水の泡だ。
 朝比奈さんがお茶を出してくれた。普段なら朝比奈さんのお茶の味を心ゆくまで賛美するところなのだが、あいにく今の俺にはそんな心の余裕すらない。
「本当にご存知でないのですか?」
 俺を疑ってるのか。
「昨日、あれから僕もいろいろ考えたのですよ。その結果、どう考えてもあなたが何か知っているに違いないという結論に達したのですよ」
 どこをどう考えたらそんな結論が出てくるんだ。
「普段、何を話しかけても長門さんが喋ってくれない人物が、長門さんに心理的影響を与えられる可能性は極めて低い。まずゼロと考えてよいでしょう。そうであれば、長門さんの心理に外的要因を加えられそうな人物は、おそらく長門さんに近い立場にいるSOS団のメンバーに限られる。そのうち、話しかけようとしない朝比奈さんと話しかけても答えてくれない僕は除外。昨日の反応からして涼宮さんも除外と考えて良いでしょう。そうだとすると、やはり原因となりうる人物はあなたしかいない。違いますか?」
 こいつ、どうやら察しがついたらしい。なおも俺はしらばっくれる。
「そう言われても。俺には全く心当たりがないからな」
 古泉はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべ、さらに俺に質問してくる。誘導尋問のつもりか。しかし、ここで真実を白状してしまったら俺はお終いだ。
「では、あなた以外の人物に心当たりがありますか」
 ここで言い負かされたら負けだ。頑張れ、頑張れ俺。
「古泉、ひょっとしたらお前じゃないのか。案外、お前が二人きりのシチュエーションで長門に話しかけたら、「すき」とか言ってくるかもしれないぞ」
「いやあ、僕は自分の限界を充分に理解していますから、そこまで自惚れた考えを持つ気にはなれませんね」
 古泉とそんなやり取りを続けていると、ドン、とドアの開く音とともにハルヒが入ってきた。ちらりと長門を見ると、無言のまま団長机にふんぞり返る。例によって朝比奈さんのお茶をがぶ飲みすると、何か分からないけど何かが引っかかるといった表情で、交互に長門の方を見たり、他のメンバーの方を見たりしている。珍しく一言も発しない。
 朝比奈さんはそわそわしている。長門は相変わらず本を読みながら例の歌を歌っている。古泉はいつものハーフスマイルで、しかし時々俺の方を見つめている。俺はほどほどに深刻な顔をしたままひたすら沈黙を守り、長門の方は極力見ないようにしている。そんな気味の悪い光景が十分ほど続いた後、異変は起きた。
長門が本を閉じた。思わず俺は長門の方を向く。長門はちょこんと俺の方に向き直り、例の歌を朗々と歌い始めた。
 ♪ だぁいすきよ 
   あなたとひとつになれるのなら
   こんな幸せはないわ・・・
   お味はいかが?
 三日前、長門と二人きりの部室で聴いたときに比べると、何となく上達している。あくまで無表情だが、ほのかに情感がこもった感じになっている。
 恥ずい。大塚愛みたいに笑いながら冗談っぽく歌うのではなく、そんな真顔で儚げに歌われると、まるで本当の愛の告白みたいだぞ。
 まずい。ここはハルヒの真ん前だ。そんな露骨なことをされたら、俺に原因があると一発でハルヒにわかってしまうじゃないか。
俺は、巨大アナコンダの群に取り囲まれたアマガエルのように冷や汗を流し、ちらりとハルヒの方を見た。ハルヒは俺に向かって不気味な笑みを浮かべている。俺は死を覚悟した。

 次の瞬間、ハルヒはものすごい勢いで俺の胸ぐらを掴み、俺に向かって100デシベルくらいありそうな大音声で叫んだ。
「キョン!! あんた、有希に何をしたの!? きりきり白状なさい!!」
 ハルヒはどこかで見たような引きつった笑みを浮かべている。まるで約一ヶ月前の光景の再現だが、事態はより深刻だ。
「俺は何もしてねえよ。長門にあの歌を教えてやっただけだ」
「歌を教えるって、どうしてあんな恥ずかしい歌を教えたのよ!?せめて『さくらんぼ』くらいにするのが常識ってもんでしょう!?」
 ハルヒは十センチくらいの距離からものすごく大きな瞳で俺を睨みつけながら、グイグイと俺の喉を締め上げようとする。えーと、長門のイメージならむしろ『プラネタリウム』の方が合うと思うんだが。いや、今はそんなことを考えている場合ではない!
俺はハルヒの手首を掴んで必死に抵抗する。
「ほら、あのとおり長門は無口で無表情で素っ気ないから、愛らしくて情感のある歌を歌ったら少しは可愛くなるかと思って」
「そんなつまらない理由で有希にあんな恥ずかしい歌を歌わせたの!?そんなしょうもない悪戯であんたは有希の心をもてあそんだのね!?」
「もてあそんでなどいない。長門と二人きりのときに一回歌ってもらっただけだ。まさか、長門があんなにあの歌を気に入るとは思わなかったんだよ」
「十分もてあそんでるわよ!! どうせ有希ならあの恥ずかしい歌でも平気で歌うだろうなんて思ったんでしょ!!」
 痛いところを突かれた。俺は手首の筋肉痛を堪えながら必死に叫ぶ。
「思ってない!! まさか長門が自分からあの歌を歌うなんて断じて思ってなかった!!」
 このあたりから、ハルヒの顔は笑っているのか怒っているのか、それとも泣こうとしているのか分からないような顔になってきた。声もなんとなく震えている。
「でもあんたの前なら歌うだろうって思ってたんでしょ!! そういえばあんた、頭打ってからずっと有希の方ばっか向いてたけど、やっぱり有希のこと狙ってたのね!?」
「どうしてそういう話になるんだよ!?」
「それと、あの手紙での馬鹿みたいな愛の告白も、やっぱりあんたの有希に対する愛のメッセージだったのね!?」
「それは断じて違う!! あれは中河からのメッセージだ!! あれはとっくに解決済みの問題だろ!?」
 ハルヒの馬鹿力はさらに強まる。俺の手首は筋肉痛で悲鳴を上げている。
「言い訳は聞きたくないわ。とにかくあんたは悪戯心であたしと有希の心をもてあそんだのね!!」
「どうしてそういう結論になるのか俺にはさっぱり解らん!!」
 俺はそう叫んで、ふと「嫉妬大魔神」という言葉が脳裏をよぎった。これは俺に対する何かの嫉妬なのか?
 そうこうしているうちに、俺の手首の力も限界に近づいていた。このままでは、俺は本当にハルヒに絞め殺されそうだ。
ハルヒは半泣き顔になり、俺の身体を揺さぶりながら絶叫した。
「一体あんたはどれだけあたしの心をもてあそべば気が済むのよ!?あたしがどれだけあんたの事す、」
とまで言ったところで、なぜかハルヒは急に叫ぶのをやめ、ふと俺から手を離した。思わず床に崩れ落ちる俺。今、ハルヒは一体何を言おうとしたんだろう。
 ふとハルヒの顔を見上げると、ハルヒはなぜか頬を赤らめながら左手で自分の口をふさいでいた。なんとなくだが、「いけない。勢いでついとんでもないことを口走っちゃった」とでも言いたげな感じだ。
「えーとハルヒ、どうしたんだ?」
 つい口から出た俺の質問でハルヒははっと我に返り、咳払いを一つすると、俺の椅子の方を指差し、俺に命令した。何となく頬を赤らめているような感じがするのはなぜだろう。
「と、とにかく事情は大体解ったわ。あんたの罪はSOS団特別軍事法廷で裁いてあげるから、そこの被告人席に座りなさい」
 ハルヒにそう言われてふらふらと起き上がる俺。どうやら被告人席というのはいつもの俺の席でいいようだ。誰に言われたわけでもないが、俺は側にあった席をハルヒの側に向け、悄然とした面持ちで座った。
 朝比奈さんはひたすらおろおろし、古泉はいつものニコニコスマイル。何となく「やっぱり」と言っている気がする。長門はといえば、いつの間にか歌うのをやめて、いつもの読書に戻っている。いかにも長門らしいと言えば長門らしいが、いくら何でもその態度はないだろう。元はといえばお前の言動がこの騒ぎの原因なのにさ。
 ふとハルヒの方を見ると、ハルヒはやおら机から新しい腕章を取り出し、ペンで何やらせっせと書き入れている。その腕章には殴り書きで「裁判長」の三文字が書き込まれた。
 どんな刑が言い渡されるんだろう。やっぱり死刑かな?
 ハルヒは新しい腕章を着けると、何やら毅然とした面持ちになり、あの大きな瞳で俺を睨みつけた。
「では、判決を言い渡す!!」
 SOS団特別軍事法廷の裁判長にしてどうやら検察官も兼ねているらしいハルヒはこう叫んだ。ちなみに、被告人である俺に弁護人選任権が与えられていないことは言うまでもない。
そして、ハルヒによって刑が言い渡された。
「キョンを、一年五組全生徒の前で『恋のミクル伝説』を十回熱唱するの刑に処す!」

 恐るべき判決の内容を聞いた俺は、思わず顔面蒼白となった。
 恋のミクル伝説。
 涼宮ハルヒ超監督制作の映画、『朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』のテーマソングにして、あまりにもおぞましい電波ソングである。
 そのあまりのおぞましさから、以前あの映画の説明をしたときには敢えて言及を避けていたのだが、あの映画にはオープニングとエンディングにこの曲が入っていた。
 明らかに時代遅れなダサダサの歌詞。意味不明の間投詞。聴いていて思わず恥ずかしくなるあの歌を、俺は何度も自分の記憶から抹消しようと試みたのだが、一度聞いたら忘れられないという特質はどうやら『黒毛和牛上塩タン焼680円』にも勝るとも劣らないようで、そのような俺の試みは未だに成功していない。
 曲のレコーディングは、どうやら俺の知らない間にハルヒが朝比奈さんをどこかへ引っ張り込んで行われ、ハルヒはろくに練習時間も与えず朝比奈さんに無理矢理あの歌を歌わせたらしい。あの朝比奈さんの歌声を聴けば、そのくらいは簡単に想像が付く。
 あの電波ソングを俺に歌えというのか。それも一年五組のクラスメイト全員の前で。しかも十回も。それはある意味、死刑よりも残酷な刑罰である。そんなことをしたら、俺は家庭の事情もないのに何とか北高から転校せざるを得ないだろう。
 俺が土下座しながら必死に敢行した酌量減軽の懇願はあっさり却下され、あわせて刑の執行は翌日の放課後と決められた。

 翌日。俺に対する刑の執行は、ハルヒ主導のもと着々と進められているようだった。具体的にどんな準備が行われているのかは、俺は知らない。はっきり言って、あの歌を一年五組全員の前で歌わされるという、あまりに残酷な刑の内容に絶望するあまり、そんなことを気にする余裕もなかったね。
 ただ、昼休みにハルヒが「SOS団からの重要なお知らせよ!みんなしっかり読みなさい!」などと叫びながら、花咲か爺さんのように校内中にばら撒いていたビラの内容を見たときには、俺は更なる絶望感に襲われた。
 文面と字体からしてハルヒの自筆であることの明らかなそのビラには、次のように書かれていた。
「SOS団からの重要なお知らせ
 今般校内の皆様をお騒がせていた、当団の団員である長門有希が不思議な歌を歌っていた事件は、同じく当団の団員であるバカキョンの悪質な悪戯が原因であることが判明いたしました。事態を重く見た我々SOS団としましては、今回の事件で校内の皆様をお騒がせしたことを深く陳謝致しますとともに、一連の事件の犯人であるキョンに対する一大罰ゲームを実行することに決定致しました。
 キョンに対する罰ゲームは、本日の放課後、一年五組の教室内で行います。罰ゲームの内容は見てのお楽しみ。見ないと絶対後悔後の祭り!雲霞の如く押し寄せよ!」
 真面目なのかふざけているのかいまいちよく分からない文面だが、どうやらハルヒは一年五組のみならず、徹底的に俺を全校生徒の晒し者にする気らしい。
 午後の授業中、俺はろくに授業の内容を聴く余裕もなく、このまま放課後が永遠に来ないでくれなどとひたすら祈り続けていたが、そんな祈りが天に通じるはずもなく、ついに運命の刻は来てしまった。
 放課後のホームルームが終わり、担任の岡部が教室を出ていくと、俺の真後ろの席に座っていたハルヒは、やおら立ち上がって大声でこう叫んだ。
「一年五組のみなさーん!昼休みの予告どおり、今からキョンの罰ゲームをやるから、みんな帰らないで最後まで見てやってくださ~い!」
 ハルヒのその声に、一年五組の生徒たち全員が俺達の方を振り向いた。みんな俺の刑の執行もとい罰ゲームを非常に楽しみにしていた模様で、残念ながら帰ろうとする奴は誰もいない。
 俺はハルヒに引きずられるように、教室の最後部に移動した。そこでしばらく待機していると、「お待たせしましたぁ」という声と共に、メイド姿の朝比奈さんと古泉が教室に入ってくる。朝比奈さんはタンバリンとマイクを、古泉はラジカセとスピーカーを持って。当然だが、これらの備品をどこから調達してきたかは俺も知らん。どうせ軽音楽部あたりからかっぱらって来たんだろう。
 そして、噂を聞きつけた他の教室の生徒たちも、わらわらと一年五組の教室に入ってきた。たちまち一年五組の教室とその前の廊下は人だかりの山となった。古泉は、いそいそとマイクのコードをスピーカーに接続したり、スピーカーの電源コードを入れたりしている。朝比奈さんは、ニコニコしながらタンバリンを持って俺の右側でスタンバイしている。ちなみに、ハルヒは俺の左側で黄色のメガホンを持ってスタンバイ。
 ハルヒが、マイクと一枚の紙切れを俺に手渡す。そこには『恋のミクル伝説』の歌詞が、どうやらハルヒの字らしい手書きで書かれていた。そしてハルヒは俺に号令する。
「これで準備は整ったわ。さあ、音楽に合わせてしっかり熱唱しなさい。言っとくけど、あたしの言い渡した刑はあくまでも『熱唱』だからね。しっかり熱唱したとあたしが認めない限り、一回にはカウントしてあげないわよ。いいわね」
 あの百万ボルトのでかい瞳で俺を睨みつけ、俺を指差しながら厳かに宣告するハルヒのその言葉に、俺は思わず青ざめた。これでは、否が応でもハルヒに言われるがままに「熱唱」する以外の途は俺には残されていない。
 俺は覚悟を決めた。
 父さん、母さん、今まで俺を育ててくれて本当にありがとう。そしてごめんなさい。今日俺は、ここで潔く散ります・・・。
「では、ミュージック、スタート!」
 ハルヒの号令に合わせて、古泉がラジカセのスイッチを入れる。俺は、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、「あの」歌を歌い始めた。

  ♪ みんみんミラクル☆ ミクルンルン☆

 恥ずかしさと悔しさのあまり、つい声が震える。
「もっと大声でっ!」
 ハルヒの容赦ない号令に、俺は仕方なく音量を上げた。

  ♪ みんみんミラクル☆ ミクルンルン!!

 あまりにもデンパな歌い出しに観衆が大爆笑する中、朝比奈さんは、曲に合わせてタンバリンを叩いてリズムを取っている。どうやらハルヒの命令らしいが、朝比奈さんの微笑んだ表情を見る限り、本人も満更ではないようだ。
 間奏の間に、ハルヒはまた俺に向かって号令する。
「これはみくるちゃんの歌なんだからね!せいぜいかわいらしく熱唱しなさい!」
 かわいらしくねえ・・・。

  ♪ 素直に「好き」と 言えないキミも
    勇気を出して

「間投詞もっ!」
 細かいところまで注文を付けてくるハルヒ。俺は仕方なく絶叫する。
「ヘイ、アタック!!」
 俺のぎこちない熱唱に、一年五組の生徒たちその他の観衆はやんやの歓声を送ってくる。冷やかしのつもりだろうか。

  ♪ 恋のまじない ミクルビーム
    かけてあげるわ

    未来からやってきた おしゃまなキューピッド
    いつもみんなの夢を運ぶの
    夜はひとり 星たちに願いをかける
    明日もあの人に会えますように

「サビでは踊りもっ!」
 ハルヒの号令に、俺は仕方なく曲に合わせて手を振りながら歌い続ける。
 観衆はさらに盛り上がる。廊下からは「ぎゃはははは、何あれ、めがっさおかしいにょろ~」なんて声も聞こえてくる。どうやら鶴屋さんも見物に来ているようだ。

  ♪ カモン、レッツダンス
    カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
    涙をふいて 走り出したら
    カモン、レッツダンス
    カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
    宙(そら)の彼方へ~ スペシャル ジェネレイション♪

「いつになったら 大人になれるのかなあ?」
 歌詞の一部になっている台詞を俺が裏声で喋ると、観衆からどっと笑いの声が起こった。

  ♪ みんみんミラクル☆ ミクルンルン☆
    みんみんミラクル☆ ミクルンルン☆

 曲は2番に続く。つーかこの歌、2番があったんだ。知らなかった。映画の中では1番しか流れてなかったからな。
「これはあたしの作った革命的電波ソングなのよっ!せいぜい音痴に歌いなさい!」
 間奏の間に、ハルヒがさらに号令をかけてくる。言われなくても、声が震えて音程はすでにめちゃくちゃだ。それとハルヒ、お前自分でもこの歌は電波ソングだって認識してたのか。

  ♪ 出世の遅いアナタのパパも
    元気を出して(飲みに行こう!)
    ふしぎなパワー ミクルビーム
    かけてあげるわ

 何だ。このオヤジ臭い歌詞は。

  ♪ 未来にもあるのかな 勇気と希望
    もしもなかったら少し困るな
    あの人もいつの日か私を捨てる
    そんなのイヤよ、強く抱いてね

 何だこの「私を捨てる」って。とても高校一年生の作った歌詞とは思えん。

  ♪ カモン、ゲットチャンス
    カモン、ゲットチャンス ベイビィ~♪
    TOBで株を買い占め

 つーかハルヒ、TOBの意味ちゃんと解ってるのか? いや、俺もよくは知らんけど。たしか、株式の公開買付けだったかな? それから、英語で「チャンスをつかめ」と言いたいのであれば、たぶんget chanceじゃなくてseize a chanceだと思うぞ。

 ♪ カモン、ゲットチャンス
   カモン、ゲットチャンス ベイビィ~♪
   三年越しに モンキーマジック トゥナイ♪

 モンキーマジックって、昔の歌にそんなのがあったような気がするが・・・。
 このあまりにも電波な歌詞に、なぜか観衆は大ウケだ。

 ♪ カモン、レッツダンス
   カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
   涙をふいて 走り出したら
   カモン、レッツダンス
   カモン、レッツダンス ベイビィ~♪
   宙(そら)の彼方へ~ スペシャル ジェネレーション♪

 ここは1番と同じ歌詞だ。紙にも「※に同じ」と書いてある。

「キスって、どんな味がするんだろ・・・・・・」
 歌詞の一部になっている台詞を、俺がまた裏声でしゃべる。正直言って、せめてこれだけはやりたくなかったが、ハルヒに熱唱したと認められなければこの地獄は永遠に終わらないのだ。

 ♪ 恋のマジカル ミクルンルン☆

「アァ!」
 最後の思いっきり意味不明な間投詞を俺が叫ぶと、観衆からどっと拍手が起こった。もっとも、相当程度に笑い声が混じってはいたが、俺自身は大失笑を買うと思い込んでいただけに、この好評ぶりは意外だった。まあ、横にいる朝比奈さん効果もあるだろうが。
 拍手の中、俺は思わずせずにいられなかった質問をハルヒにぶつける。
「ハルヒ、この2番の歌詞は何なんだ?」
 ハルヒは平然としてこう答えた。
「ああそれね。今日の罰ゲームのために、昨日の晩に急いで作ったのよ。うちの親父がドラマを観ながら愚痴っているのを見てぴーんと歌詞が閃いたわ。何か文句ある?」
 別に。
(つづく)