黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

黒毛和牛上塩タン焼680円(1)

2008-09-15 01:55:22 | 芸能
 黒猫が、特に病気で動けなくなってから、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品にはまっていることは以前書きましたが、先月くらいから、思い付いたことを適当に書き留めているうちに、何かおかしな私小説が出来上がってしまいました。
 あまりにもくだらない内容なので、個人的にはあまり公表するのは気が進まないのですが、先月くらいから黒猫になにかと指示をしてくるおかしな命令電波が、早くこれを公表しろとうるさいので、一応このブログに掲載することにします。
 小説の分量は結構長いので、ブログ上ではいくつかのパートに分けて掲載することにします。『涼宮ハルヒの憂鬱』のパロディ小説なので、ハルヒファンならそれなりに笑えるかもしれません。

       黒毛和牛上塩タン焼680円(注:小説のタイトル名です)

 長門宛のけったいな告白メッセージをめぐって一悶着あったり、吹雪の中で遭難して謎の館に閉じこめられたり、古泉主催のやらんでもいい推理ゲームの実演に付き合ったり、朝比奈さんや長門と一緒に去年の十二月十八日に時間遡航して去年の「宿題」を片づけたり、とにかくいろんなことがあった冬休みもつつがなく終了し、その後朝比奈さんと二人で茶葉の買い出しに行った日曜日の一幕を経て、朝比奈さんの憂鬱をなんとか解消した少し後、つまり一月の下旬ころの話である。
 誰が何を考えて実行を決めたのかよく解らん校内百人一首大会の開催が目前に迫っている中、例によってどんな大会でも優勝しなければ気が済まない我らが団長様は、大会での必勝を期すべく百人一首の暗記と自主練習に専念されるということで、珍しくSOS団の自主休日を宣言し、放課後になるや否や、陸上のオリンピック選手顔負けのスピードで校外に飛び出していった。
 百人一首大会で優勝を狙う気など微塵もない俺は、本日は自主休日ということなのでその必要もないのだが、ハルヒが帰途につくのを見届けた後、部室棟の一角に位置するSOS団の本拠地、もとい文芸部室へと足を運んでいた。ついいつもの習性だからなんとなくというわけではなく、今日ばかりはちょっとしたある意図と、一枚のコピー用紙を持って。
 部室の前にやってきた俺は、今日は朝比奈さんもハルヒの自主練習に付き合う予定だと解っているのでこれまたその必要もないのだが、習慣化された動作で扉をノックした。
「――――」
 返事がない。ということは、あのお邪魔虫の限定超能力付きニヤケハンサム野郎は不在で、いるのは沈黙を唯一無二の友とした読書好き宇宙人娘だけか、それとも誰もいないかの二択になる。
 期待と不安を込めて、俺はノブを握り、扉を開いた。
 俺の計算どおり、唯一の文芸部員はそこにいた。
 俺と同じく百人一首大会で優勝を狙う気など微塵もないか、仮にあったとしても暗記や練習の必要など全くないこの読書好き万能宇宙人娘は、この部室を不法占有しているSOS団が自主休日である今日も、本来の文芸部室の主としてこの部屋で本来の部活動(?)たる読書に黙々と邁進しているに違いない。
 一見完璧なようで、実際には宇宙人的気まぐれにより外れている可能性も大いにある俺の推測の矢は、見事に的中した。偶然を必然に変えてしまう説明不能な特殊能力を持つ団長様と、長いこと行動を共にさせられ、いや今はしている御利益が少しはあったのかもしれない。今日ばかりは団長様の御慈悲と御利益に感謝する思いだ。
 そう、今日の俺はこの読書好き宇宙人娘に用があったのだ。そして、その目的を達成するためには、いつぞやの中河発長門宛の俺が書いたけったいな愛の告白文書を読み上げた時と同様、その場に俺と長門以外の誰もいないというシチュエーションが必要だった。しかも、他の誰かの情にほだされてというわけではなく、他ならぬ俺自身の情のために。
 静謐な真冬の空気が部室を満たす中、長門はいつものようにひっそりと席につき、何やら見当はつかないが少なくとも日本語や英語ではないことは確実と思われる奇妙な文字で書かれた分厚い本を広げて読んでいた。一見アラビア語か何かのように思えるが、実は古代バビロニア語か何かで書かれているのかもしれない。どんな内容なのか一瞬気になったが、そんなことを聞くより先にやるべきことがある。今日は、そのことをするためにこの部室に来たのだから。
 俺は、意を決して長門の近くに歩み寄り、声をかけた。
「よう、長門。今日はちょっとお願いがあるんだが・・・」
「なに」
 本の方に視線を向けたまま、いつものように簡潔に答える長門。とっくに慣れているはずのやり取りだが、今日の俺はいつになく緊張していた。身体が熱い。部屋の寒さが一段と身に沁みる。
 一瞬先にストーブをつけようかとも思ったが、なぜかここで間を外すのは男らしくないという思いが頭をもたげて断念し、ポケットの中に忍ばせてあった一枚のコピー用紙を取り出して広げ、長門に差し出した。
「まず、この楽譜を見てくれ」
 長門は本から視線を外し、俺の差し出したコピー用紙を手に取って眺めた。あくまで瀬戸物人形のような無表情振りは崩していないが、その瞳にはわずかに興味の光が宿っていた。長門と最初に会った頃、俺と朝比奈さんが対戦していたオセロの盤面を覗き込んでいたときのように。
 長門は、淡々とコピー用紙に書かれている曲のタイトルを読み上げた。
「黒毛和牛上塩タン焼680円」
 俺はすっと息を吸い込み、長門に今日ここに来た目的を告げた。
「・・・お前に、その譜面に書いてある曲を歌ってほしいんだ」
 長門は俺を見上げ、瞬きひとつしてから短い言葉を発した。
「私が」
 その言葉の意味が「なぜ」であることは明らかなので、俺は心の中で用意していた台詞を読み上げるように言った。
「・・・先月のバンド練習の時、長門もハルヒが作った曲を歌ってただろ?・・・『First Good-bye』だったかな?・・・あのときの長門の澄んだ歌声を聴いて、是非、あの歌声をもう一度聴いてみたいと思ったんだ。・・・いや勿論、嫌だったらいいんだが」
 絶対断られるに決まっている。何しろ曲のタイトルも尋常ではないが、中身も到底正気では歌えない甘々のラブソングである。大人気のシンガー・ソング・ライター大塚愛が高校生時代に作詩・作曲したという衝撃の問題作だ。そこいらのクラスの女子に歌ってくれと頼んだところで、笑って断られるならまだいい方で、悪くすれば変人扱いされるのがオチだろう。男子がこれを歌うなどはもってのほかで、もはや犯罪の領域に達する行為である。
 俺も断られることは半ば以上覚悟していたのだが、意外にも長門は俺の説明に納得したような様子で「そう」とだけ答え、すっと息を吸って淡々と歌い始めた。

 ♪ だぁいすきよ 
   あなたとひとつになれるのなら
   こんな幸せはないわ・・・
   お味はいかが?

 曲はさらに続く。

 ♪ ずぅーっと会いたくて 待ってたの
   あみの上に優しく 寝かせて
   あなたにほてらされて
   あたしは 色が変わるくらい
   キラキラ光る粒の飾りで オシャレ

 長門の歌は、先月のバンド練習の時に見せたときと同様、音程は合っているが、まるで発声練習でもしているかのような淡々とした歌いっぷりだったが、何しろ曲が曲である。
 先月の長門は、ハルヒが作詞作曲した、ハルヒにしてはまともな、というよりはどうしてこのセンスが映画作りでは全く活かされないのだろうと疑問に思うくらいの見事な失恋ソングを全くの無感動に歌い上げてくれたが、この『黒毛和牛上塩タン焼680円』を、音程どおりに、しかも聴く者に何らの情感も感じさせずに歌い切るなどという芸当は、この無口・無表情・無感動――ただし決して無感情ではない――がウリの万能宇宙人娘にもさすがに不可能である。むしろ原曲の恥ずかしすぎるイメージが中和されて、程々いい感じに仕上がっていた。
 正直に言おう。なぜ俺が長門にこの曲を歌わせたくなったかというと、先月この長門が起こしたトンデモ事件によって見せられた全く別人の長門、あの宇宙人でもなく文芸部に所属する普通の眼鏡っ子少女で、極度の照れ屋で俺に見つめられると見事なまでに頬を赤らめて、それでいて変に積極的なところのある長門が、どうしても忘れられなかったのだ。
 あのとき、俺は一瞬だけだが、このまま文芸部に入部してハルヒのいない世界を楽しむのも悪くないかなとさえ思った。結局俺は、俺の決断でこの世界に戻ってきたわけだが、俺の知る長門が、あの長門の十分の一、いや百分の一でもいいから、微笑んだり照れたりする仕草を見たいと思って俺がいろいろ思考を巡らせたところで、誰がどうして俺を責められよう。
 俺がそんなことを考えていたところ、あるとき長門がハルヒの歌を器用かつ無感動に歌い上げていたのをふと思い出し、天啓が閃いたのだ。長門に思いっきり恥ずかしいラブソングを歌わせたらどうなるだろう、と。
もしかしたら、長門が思いっきり恥ずかしい曲を見て少しでも照れたり笑ったりする姿を見られるかも知れないし、仮にそこまで行かなくても、長門が思いっきり恥ずかしい曲を歌ったら、たとえ無感動な歌いっぷりでもかなり可愛くなるのではないかと思ったわけである。
 そして、その「思いっきり恥ずかしいラブソング」最有力候補として俺が思いついたのが、この『黒毛和牛上塩タン焼680円』だったというわけだ。なぜ、俺がこの曲を知っていたのかについては訊くな。禁則事項だ。
 むろん、普通の少女であれば、こんな歌を簡単に歌ってくれるはずはないところであるが、長門は映画の撮影時にも、黒のトンガリ帽子と黒マントを身に着けた魔女っ娘ルックで、平然と校内を歩いていた前科のあるトンデモ宇宙人少女だ。ひょっとしたら、俺には例え完璧な防音設備を備えた音楽室の中に一人籠もって世界中の誰も聴いていないことが世界各国首脳の連名で保障されていたとしても歌う気になれないこの歌でも、長門なら平気で歌うのではないだろうか。
 そう思いついたとき、俺は是非とも長門にこの『黒毛和牛上塩タン焼680円』を歌わせてみたい、という衝動を抑えられなくなってしまったのだ。
 したがって、今回俺が取ったこの暴挙は完全な俺の趣味、悪戯に属するものであり、この点について弁解する余地は全くないから、弁解はしない。パソコンの隠しフォルダの中に朝比奈画像集を保存しておいたり、朝比奈さんのバニーガール姿をビデオカメラで撮影するとき、よーく見ると左の胸元に星形の小さなホクロがあるのをさらりと確認して、この人は確かに俺の朝比奈さんだ、ニセモノじゃないと一人で納得するのと同種の行為である。
 ただし、例え全人類に「そんな行為に何の意味があるのか」とツッコまれようとも、俺にとってこの種の行為は、古代ローマのハドリアヌス帝が帝国の安全と平和を維持するために各地の防衛線(リメス)を巡回すること以上に有意義なことなのである。よってこの点に関するツッコミは厳禁だ。
 もっとも、この種の行為は他の誰にも知られないよう秘密裡に行われなければならず、他のSOS団のメンバーやその他の関係者に知られることは決してあってはならない。特に、ハルヒの目の前でこんなことをやろうものなら、その場で瞬殺されるのは目に見えている。
 説明が長くなったが、このような理由で決行された俺の極秘作戦は、相応の成功を収めた。長門は、『黒毛和牛上塩タン焼680円』を歌うとき、全然笑ったり顔を赤らめたりたりすることはなかったが、それ以外は完全に俺の予想どおりだった。一言で言えば、この歌を歌っている長門の姿や声は、はっきり言ってかなり可愛い。

 ♪ だぁいすきよ
   もっと もっと あたしを愛して
   だぁいすきよ
   あなたとひとつになれるのなら
   こんな幸せはないわ・・・
   お味はいかが?

 長門が1番を歌い終えたとき、俺は控えめに拍手を送った。よいものを聴かせてもらった、というのが正直な感想だ。もう充分だ。
 ありがとうよ。長門。可愛かったぜ。
 俺の命を何度も救ってくれた大恩人でもある偉大な宇宙人少女にその言葉を残して部室を後にしたとき、俺は極秘作戦の成功に安堵していた。乱入者も妨害者も出ることなく、長門は何の抵抗もなくあの歌を歌ってくれ、学内非合法組織SOS団の団長にして皇帝ネロをも上回る残虐非道なる暴君涼宮ハルヒの犠牲になることもなかった。俺はあの長門の姿と声を俺の脳裏に永久保存盤として焼き付け、かつそのことは俺と長門以外の誰にも知られることはないと確信していた。
 襲いかかる悲劇がもはや間近に迫っているとも知らずに。
(つづく)