黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

黒毛和牛上塩タン焼680円(4)

2008-09-15 02:10:33 | 芸能
(前回からつづく)

 そうこうしているうちに、教室の中に長門が入ってきた。ただし、いつものセーラー服プラスカーディガン姿ではなく、その上に黒いトンガリ帽子と黒マントを身につけている。映画の撮影時に着ていた、あの魔女ルックだ。それと、手にエプロンと赤いウサ耳、そして星付きのステッキを抱えている。
 その異様な姿に、観衆たちも思わず道を開ける。長門はいつもの無表情のまま、その中をしずしずと歩いてきて、無言でハルヒに持参物を差し出した。
「有希、ありがと」
 ハルヒがそう言うと、長門は黒いトンガリ帽子と黒マントも脱いでハルヒに渡した。どうやらこいつが魔女ルックで登場したのは、単に観衆に道を開けさせることだけが目的だったらしい。そして、自分の役目はこれで終わったと言わんばかりに、教室の隅にしゃがんでポーチから本を取り出し、読書を始める。よりにもよってこの状況の中で読書かよ。長門、お前暇なときはいつも本を読んでいないと死ぬのか?
 長門の登場で暫く場の雰囲気が大きく盛り下がったが、真っ先に気を取り直したハルヒが高らかに叫ぶ。
「はーい!それじゃ2回目、行くわよ~!」
 それを聞いた観衆からどっと拍手と声援が起こり、雰囲気が元に戻る。
「キョン、2回目はこれ着けて歌いなさい」
 ハルヒはそう言って、俺にエプロンを差し出した。よく見ると、このエプロンは朝比奈さんが戦うウェイトレス姿になったときに身に付けていたあのエプロンである。胸の部分には、小さい「みくる♡」と書かれた名札が縫いつけられている。
「・・・・・・」
 こんなものを着て歌ったら恥ずかしさ倍増だが、何しろハルヒを満足させない限り俺の無限地獄は終わらないのである。俺は無言のまま、ハルヒと朝比奈さんにエプロンを着せられる。その姿に、観衆からまた笑いの声が起こった。
 これは、どう考えても日本国憲法36条の禁ずる「残虐な刑罰」に該当するし、このような取扱いないし刑罰は国際人権B規約7条にも違反するに違いない。俺がこれほどの人権侵害を受けていても、裁判所や国連人権委員会は何もしてくれないのか?
 俺にエプロンを着せ終わると、朝比奈さんが微笑みながら観衆に声をかける。
「それじゃ、今度はみなさんも一緒に歌ってくださいねぇ」
 観衆の一部から、「オウッ!」というやたら気合いの入った返事が返ってくる。どうやら熱烈な朝比奈さんファンのようだ。
「それからキョン、言い忘れてたけど、ミクルビームって歌うときは、ちゃんとこうやってミクルビームの格好するのよ。解った?」
 ハルヒはそう言って、右目をつぶって左目の側に横のV字サインを作る、例のミクルビームのポーズをしてみせた。
 はいはい。やりますよ。やればいいんでしょ。
 俺の力のない返答に、ハルヒは怒った顔で一喝してきた。
「返事は一回!」
 はい! やります! やらせていただきます!
 こうして、俺の2回目の『恋のミクル伝説』熱唱が始まった。光景としては、俺が例のエプロンを着ていること、ミクルビームのポーズを取っていること、特に朝比奈応援団の人たちが異様に盛り上がっていたこと、及びハルヒの細かい号令がなかったことを除けば1回目とほぼ同様なので、細かい描写は割愛する。
 ところが、2回目が終了した後、重大なアクシデントが発生した。騒ぎを聞きつけてきた教師達が、『恋のミクル伝説』カラオケ大会ならぬ俺の罰ゲームの実行に制止をかけてきたのだ。そりゃ、教室の中でこんな騒ぎを起こせば、どこの教師だって止めに入ってくるだろう。なお、教師達が止めに入ってくるのにここまで時間がかかったのは、どうやら群衆の中をかき分けてくるのに手間取ったらしい。
 罰ゲームの中止を要求する教師達に向かって、ハルヒは猛然と反論する。
「冗談じゃないわよ!このSOS団主催、朝比奈ミクルの冒険ディレクターズカットバージョン発売記念イベントを兼ねたこの重要イベントの開催を妨害することは、学内における生徒の自由意思を迫害する学校側の横暴よ!あんたらはとっとと職員室に戻って雑務でもやってなさい!返答次第では刑事告訴も辞さないわよ!」
 とても教師に向かって言う言葉とは思えないハルヒの過激な啖呵に、なんと観衆の生徒達までが「帰れ!帰れ!」の大合唱。これには教師達も怯んだらしく、「下校時刻までには辞めるんだぞ」という捨て台詞を残してすごすごと退散していった。
あーあ、こんなことやって大丈夫かね。それと、先程のハルヒの啖呵の中に、ものすごく俺と朝比奈さんに絶望感を与える衝撃の台詞が入っていたような気がするのだが、具体的に何と言っていたか、あいにく俺の記憶には残っていない。
 ふと廊下の方を見ると、鶴屋さんも大合唱に加わっていた。そう言えば、たしか「帰れ!」の第一声は鶴屋さんっぽい女性の声だったような気がするぞ。さりげなく大胆なことをする人だな、あの先輩は。
 それはともかく、思わぬ観衆達の援護もあって教師達の撃退に成功したハルヒは、暫しキョトンとしていた。他の生徒達まで自分に味方してくれるとは、さすがのハルヒにも意外だったようだ。しかし、ハルヒはすぐに気を取り直して、例のでかい瞳を一千万ボルトくらいにぎらぎらと輝かせ、こう叫んだ。
「それじゃ3回目。『恋のミクル伝説』長門ユキバージョン、行くわよ!」
 長門ユキバージョン?なんだそりゃ。BGM係の古泉も、口を開けて「えっ」というような表情をしている。
 俺は、ハルヒと朝比奈さんにミクル印のエプロンを脱がされ、代わりに長門のトンガリ帽子と黒マントの衣装を着せられた。
 そして、俺はハルヒからもう1枚の紙を受け取った。ハルヒの字で、『恋のミクル伝説』長門ユキバージョンとやらの歌詞が書いてある紙である。
「メロディーは大体オリジナルと一緒だからね。しっかり歌うのよ」
 どうやら長門ユキバージョンとは、『恋のミクル伝説』を長門ユキの立場から歌った替え歌らしい。歌詞はいちいち紹介するまでもあるまい。概要だけ説明すると、1番は一応ダークに悪い魔法使いっぽくまとめてあるが、2番の歌詞ははっきり言って支離滅裂だ。何のことやらさっぱり解らん。
 そして4回目は『恋のミクル伝説』CMバージョンだった。CMバージョンというのは、要するに映画の中で登場した大森電器店とヤマツチモデルショップのあれだ。歌詞も1番が大森電器店、2番がヤマツチモデルショップの宣伝そのまんまである。これもいちいち歌詞を紹介するまでもあるまい。
 4回目が終了すると、ハルヒは突然こんなことを言い出した。
「もうこの教室じゃ窮屈でみんな聴けないわ。講堂へ移動しましょう!」
 ハルヒのその一声とともに、観衆の生徒達はぞろぞろと講堂の方へ歩き出す。いつの間にか、古泉や朝比奈さんが案内係を務めている。俺は、古泉を捕まえて話しかけた。
「おい、講堂なんか勝手に使っちゃっていいのかよ?」
 古泉は、ハーフスマイルで両手を横に挙げながらこう答えた。
「まあ、おそらく大丈夫ではないでしょうか。聞いた話ですが、どうやらあの後職員室で緊急職員会議が開かれ、あまりの事態に教師達は頭を抱えた挙げ句、校長の「今日のことは、誰も何も見なかった、聞かなかったことにする」という鶴の一声で退散してしまったそうです。もう学校には、教職員はほとんど残っていないみたいですよ」
 あっそう。もはや何でもアリの世界だな。

 これだけでも十分非日常的な出来事なのだが、俺達と観衆の生徒達が講堂への移動を終了した後、更なる不可思議な現象が次々と発生した。
 講堂では、いつものSOS団の面々、つまりハルヒと朝比奈さん、長門、古泉、そして俺の5人が壇上に立っていたのだが、講堂を埋め尽くす、少なくとも全校生徒の3分の1くらいはいるんじゃないかという大人数の観衆を見て、ハルヒはあのでかい瞳を10億ボルトくらいにギラギラ輝かせている。つまり、完全に熱狂と興奮の渦に呑み込まれたって感じだ。それから、このとき初めて気付いたのだが、ハルヒの腕章にはなぜか「超監督」の三文字が刻まれている。俺への刑の執行なのか罰ゲームなのかコンサートなのかいまいち趣旨のよく分からないイベントだけに、さすがのハルヒも腕章に何と書いて良いか分からなかったとみえる。
 そしてハルヒが、「それじゃ5回目!教室で聴けなかった人たちのために、『恋のミクル伝説』の3つのバージョン、今からおさらいするわよ!」と叫んだ瞬間、何と周囲の空間がねじ曲がり、講堂がコンサートホールに早変わりしてしまったのだ。観衆達がどよめく。
 突然出現したコンサートホールの中で、俺は5回目、6回目及び7回目を歌った。6回目が長門ユキバージョン、7回目がCMバージョンであることは言うまでもない。
 一体、誰がどうやってこんなことをやった? いや、犯人は分かっている。涼宮ハルヒに間違いない。
 古泉の話によると、こいつには、自分の願望を現実に変えてしまうという特殊な力が備わっているらしい。今までもこいつの力で、朝比奈さんの目から殺人光線を発射させてしまったり、神社の土鳩を白鳩やとっくに絶滅したはずのリョコウバトに変えてしまったり、秋なのに桜を咲かせてしまったり、猫をしゃべらせてしまったりしたのを俺は目撃している。
 なので、ハルヒが興奮のあまり、その力を使って講堂をコンサートホールに変えてしまったとしても、論理的にはあり得ない話ではないのだが、こいつはちょっと今までにはなかったパターンだな。
 7回目のCMバージョンを歌い終わった後、ハルヒはこう叫んだ。
「それじゃ8回目、『恋のミクル伝説』未来都市バージョン、行くわよ!」
 未来都市バージョン? 何それ、と俺が思った瞬間、またも周囲の光景が一変した。
 壁と屋根がなくなって屋外の風景に一変し、ちょうど、都市の真ん中にあるビルの屋上特設コンサートで歌っているような感じになった。しかも、周りの建物は現代都市のものと明らかに形が異なり、都市のあちこちに敷かれたハイウェイの上を車のようなものが浮いて走っている。未来都市と言われれば、何となく未来都市っぽい。観衆も、突然の出来事にどよめいている。後で何か問題にならなければいいけど。
 その中で俺が歌わされた『恋のミクル伝説』未来都市バージョンは、歌詞は大体原曲そのまんまだが、アレンジが大幅に変わってテクノっぽくなっている。ただ、キーと曲調からして、「未来都市バージョン」というよりは「未来タクシーバージョン」と表現したくなるのは俺だけだろうか?
 俺が「未来都市バージョン」を歌い終わると、またハルヒが叫んだ。
「次、9回目。『恋のミクル伝説』プラネタリウムバージョン、行くわよ!」
 ハルヒのその言葉で、また周囲の光景が一変した。今度は、屋上が満天の星空になり、まさにプラネタリウムの中という感じだ。皆、突然現れた美しい星空に見とれていたが、俺は歌わなければいけないので、いつまでも見とれているわけにも行かない。
 『恋のミクル伝説』プラネタリウムバージョンは、やはり歌詞はほぼ原曲そのまんまだが、これまたアレンジが大きく変わり、バラード調になっていた。イントロのフレーズはどこかで聞いたことのあるやつだが、メロディーが同じ曲でも、アレンジ次第で雰囲気がこうも変わるもんかね。それと、なまじきれいなアレンジだけに、2番のオヤジ臭い歌詞とのギャップが非常に気になったことをよく覚えている。
(つづく)