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ぶぶのいる生活

なんか、変
どこか、変
ちょこっと、変
いつも、変
変人上等 唯我独尊 人生万事塞翁が馬

【桜草の街】(改訂版)

2011年09月05日 12時42分41秒 | 創作 ・゜+.(〃ノωノ)゜+.
かなり手を入れたので、改訂版として再アップします。(^◇^;)>



*****************************************************************************

【桜草の街】



                   


・・・・・・いっとう最初は、3粒の種でした。 


 ある街に、恥ずかしがり屋の女の子がいました。
 幼稚園でも、公園でも、みんなは楽しそうに遊んでいるのに、どうしても、その輪の中に入ることが出来ません。大きな声で「私も入れて!」って、言えないのです。だから女の子は、いつも一人ぼっちでした。
 

 女の子には、一緒に暮らしているおばあさんがいました。女の子は、大好きなおばあさんと家の中で遊んでいる時だけは、元気な女の子になれるのでした。
 おばあさんは、ある日、女の子に、花の種をくれました。
「この種を蒔きなさい。花を育てなさい。花を育てると、優しい気持ちになれるの。心が元気になるの。そうしたら、きっと、みんなとも仲良くなれるはずですよ」
 コクリと女の子は頷くと、家の前の花壇にその3粒の種を蒔き、水をあげました。
 
 種を蒔いてから、ちょうど一週間目。暖かな風が吹いた日に、3本の芽が出ました。それから15枚の葉っぱが出て、30個のつぼみが付きました。つぼみは、濃いピンクと薄いピンクと白色でした。
 女の子がある朝、特別に早く起きると、花はもう咲いていて、サラサラと揺れていました。桜草でした。女の子は嬉しくなって、手でそっと撫でました。


 すると、隣の家の人が出てきて、
「まぁ、綺麗!私にも分けて欲しいわ」
と声をかけてきました。女の子は恥ずかしくなって、うつむきながら黙って頷きました。  
 そんな訳で次の年には、女の子の家の花壇と、隣の庭に、桜草が咲きました。
 

 すると今度は、隣の隣のパン屋さんが、
「まぁ、綺麗!私にも分けて欲しいわ」
と声をかけてきました。女の子は恥ずかしかったけれど、今度はうつむかずに頷きました。
 そんな訳で次の年には、パン屋さんの店の前にも、桜草が咲きました。
 

 すると今度は、お向かいさんが、
「まぁ、綺麗!私にも分けて欲しいわ」
と、声をかけてきました。女の子はお向かいさんの目を見て、しっかりと頷きました。
 そんな訳で次の年には、お向かいさん家の玄関にも、桜草が咲きました。


 その次の年も、次の次の年も、桜草を欲しいと思う人が、女の子の家にやってきました。
 そうやって少しずつ、桜草は隣の隣へ、そのまた隣へと、分けられていきました。
 春になると、女の子の家を中心に、桜草がサラサラと咲きました。

 その次の年も、次の次の年も、桜草を欲しいと思う人は、まだまだ、女の子の家にやってきました。女の子は、いつしか【桜草の女の子】と呼ばれるようになりました。
 女の子は、もう、恥ずかしがり屋なんかじゃありません。元気良く「はい、どうぞ!」と、花を手渡します。

 その次の年も、次の次の年も、桜草を欲しいと思う人は、女の子の家にやってきました。
 女の子はすっかり大きくなって、笑顔が素敵な女の人になっていました。そうして【桜草の女の人】と呼ばれるようになりました。
 女の人は、恋をして、背の高い男の人と結婚しました。2人の可愛い子供が産まれると、【桜草のお母さん】と呼ばれるようになり、その頃には、街中が桜草で溢れ、春になるとどの家にも、濃いピンクと薄いピンクと白色の花が揺れました。


 長い長い年月が流れ、いつしか、恥ずかしがり屋の女の子は、穏やかな【桜草のおばあさん】になっていました。


 とある春の日。おばあさんは、子供と孫達に囲まれ、静かに天国へと旅立ちました。
 お葬式には、街中の人が集まりました。みんな手に手に、桜草を3本持ち、おばあさんが眠る棺に、桜草を入れてあげました。棺はすぐに、濃いピンクと薄いピンクと白色の花で、一杯になりました。その中でおばあさんは、ニッコリと微笑んでいました。
 
 おばあさんは、もう、一人ぼっちではなかったのです。



 柔らかい日差しが降り注ぐ、暖かい日でした。一筋の風が街中を通り抜けると、桜草がいっせいに、サラサラと揺れました。

 街は一瞬、ピンク色にけぶったように見えました。






2010年3月28日





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空色のペンキ【改定版】

2011年09月02日 18時18分02秒 | 創作 ・゜+.(〃ノωノ)゜+.
・・・これは、私がペンキを買いに行った時に、そこの太ったおじさんから聞いたお話です。


【プロローグ】

私はエミリー。ただ今、街のペンキ屋さんを目指し、自転車を漕いでいる真っ最中。
我が友ムクジャラ犬“ミルク”の家を作るので、パパは私に、屋根に塗るペンキを買ってくるようにと命じたのです。
 風を切って、舗装されたばかりの道を行きます。
「わあ、気持ちいい!小鳥さん、こんにちわ」
 空は見渡す限り青くて、区切りが有りませんでした。道の両側には、ポプラの並木が続いていて、遠くにはモンブランさんの牧場が見えました。なんだか、不思議と嬉しくなります。並木は、遠くへ行けば行ほど小さく見えました。のどかな田舎の一本道。枝に止まっているスズメにも挨拶をしたくなるようなそんな素敵な日でした
 
ようやく田舎道を抜け、町のペンキ屋の前へ自転車を停めました。看板にはペンキで『レインボー』と書いてありましたが、所々はげていて、読むのにやっとでした。
古ぼけた木の扉を押し開け、私は店に入りました。
「いらっしゃい!おや、お嬢ちゃん一人かい」
ヒゲのおじさんは、景気の良い声で私を迎えてくれました。
「うん、パパのおつかい!」
私は、ペンキの缶が一杯置かれている棚へ近寄り、考えました。
「うーんと、ミルクは真っ白だから、犬小屋の屋根も白じゃ、面白くないし・・・、でも黒じゃもっとおかしいよね。何色にしようかな」
おじさんは、太い毛だらけの腕を組んでニコニコ笑っていました。私は三段目の棚に置いてある缶を指差しました。
「あ、この色きれい!」
「どれどれ・・・。ああ、スカイブルーだねこれにするかい?」
おじさんは、缶を一つ軽々と取ると、カウンターらしきところへ持って行きました。
「これ、とっても綺麗な色ね。ミルク、きっと喜ぶと思うわ」
私はカウンターに肘をつき、足をブラブラさせました。おじさんは、その大きな手で缶を包み込みました。
「ミルクって君の犬かい?」
「うん。真っ白でね、ムクジャラなの」
「ほう、そうかい。パパがミルクの家を作ってくれたんだ?」
「そうなの。でもお家は出来たんだけど、屋根を塗るペンキがなくて・・・」
「ミルクが、早くって、うるさいだろ?」
「ワンワン、私に飛びついてくるのよ。でもこんな綺麗な空色で塗ってもらったら、きっと大満足よね」
ミルクが短いしっぽを振って、出たての家の中を、出たり入ったりする様子を想像し、私は嬉しくなりました。
「ほら、袋に入れたよ。おまけしてあげようかい」
「わあ、ありがとう」
「でもね。お嬢ちゃん・・・」
おじさんは人差し指をヒョッと立てて、私の鼻の頭をぬーーーっと指差しました。そして、深刻な顔で言ったのです。
「君のパパに、こう言いなさい。“けして、上手く塗ってはなりません!”ってね」
「どうして?」
おじさんの指を見つめすぎて、私は寄り目になりました。
「わっはっはっはっ」
おじさんは、さも愉快そうに大きな体を揺らし、大きな声で笑ったのです。
「わっはっはっはっ。よーし、じゃあ、お嬢ちゃんに、この話をしてあげよう」
おじさんはパチンとウィンクをしてみせると、何処からか木の椅子を二つ持ってきて、座りなさいと言いました。それから、この話をしてくれたのでした。




昔、ある町に、一人のペンキ塗りがいました。彼のことを、町の人は『ペンキ塗りの名人』と呼んでいました。ええ、彼は本当にペンキ塗りが上手なのでした。その腕前ときたら、もう!彼が黄色い花の絵を塗ると、たちまち、あちらこちらからモンシロチョウが集まってきましたし、ネズミを壁に塗ると、猫が飛びかかり、そのヒゲをいやというほど壁に打ちつけるのでした。いやはや、町の人が『名人』と呼ぶのも無理はありません。

 日曜日の朝、ペンキ塗りは外のポストへ、新聞を取りに行きました。そして、新聞の片手にチョボチョボのひげを指でつまみながら
「フムフム、なるほどなぁ」
などと、うなずいたりしていました。
ところが、玄関の扉を開けようとした時、
「フム?」
と、立ち止まってしまいました。新聞の広告にきれいな扉の写真が載っていたのです。目の前の扉と見比べました。
「ム、ム、ムムム・・・・・・・」
ペンキ塗りは難しい顔をして、腕を組みました。写真の扉はとても綺麗で、たいそう立派に見えました。ところが、自分の家の扉ときたら!この家を買った時には真っ白だったその色は、いまや茶色く薄汚れ、そして腹のたつことに、ずいぶんと、みすぼらしく見えました。
「うーん。気が付かないうちに、ひどく汚れてしまったなぁ。このままではみっともないしかし、新しく買い換えるほどの金もない」
しばらく考え込んでいましたが、
「そうだ!」
ペンキ塗りの頭の中に、一つ、いい考えが浮かびました。
「とっておきのペンキを買ってきて、綺麗な色に塗りかえよう。なあに、わしの腕ならあっという間に新品同様さ。その方がずっと安くすむ。いい考えだ。そうだ、そうしよう!」
そうと決めたらしめたもの。すぐに朝食を済ませ、車に乗って、ペンキを買いに出かけました。




『キィーーーーーー』
 変に甲高い音をたてて、車は止まりましたペンキ塗りは、バタンッと荒々しくドアを閉めました。
「くそっ、このポンコツめっ、ブレーキが壊れていやがる!わしを殺す気か、まったく」
そこには、店が一軒、静かに建っていました。
「ああ、ここだ、ここだ。しかし・・・はてこんな所にペンキ屋があっただろうかな?確かこの前来たときには、もうちと、先にあったような気がしたんだがなぁ」
 いつもでしたら、同じ町のジムからペンキを買うのですが、この日は、あいにくとジムは留守でした。そこで、以前一度だけ買いに来た事のある、遠く離れたこの町の店を思い出したのですが、目の前の店は、前と印象が少し違うようなのです。眺めているとなんだかお尻がムズムズするような、居心地の悪さを覚えました。
「きっと、最近、新しく出来たのだろう」
ペンキ塗りは一人納得し、店へと入って行きました。



しかし、その言葉に反し、店はずいぶん古びていました。中は思いがけず暗く、彼は目を細めました。
『ギシ・・・ギシ・・・』
歩くたびに、床がきしみます。
「なんだか寂しい店だなぁ」
ペンキ塗りがそう言った時です。店の奥から、突然声がしました。
「いらっしゃい、旦那。何色がご入用かな?」
しわがれた老人の声でした。びっくりしてペンキ塗りは、声の方へ目を凝らしました。段々、杖を片手に持った1人の老人が、椅子に背もたれているのが見えてきました。
「やあ、おじいさん、そこにいたのか。全然分からんかったよ」
「わしは、ずっと、ここにおったぞ」
 クックックッと笑うと、老人は杖に支えられて、ゆっくりと立ち上がりました。
「旦那は、何色がお好きかな?ほれ、そこに棚があるじゃろ。あんたのすぐ後ろじゃよ。勝手に選んでおくれ」
 そして、ペンキ塗りの後ろにある棚を、枯れ枝のような指で差しました。そこには、まさに色々な色のペンキが、きれいに置かれてあるのでした。
「ほう! こりゃぁ、選び甲斐があるというものだ」
 ペンキ塗りは後ろを向くと、チョビョチョビのひげをつまみながら、一缶一缶を選び始めました。なにしろ、ペンキ塗りの名人と呼ばれた彼が、驚くほどのペンキがあるのですから、かなりの時間がかかります。しばらくして、ペンキ塗りは、疲れてきました。
(まったく、この店には何種類の色が置いてあるんだ?)
そうそう嫌気がさしてきたとき、パッと、ペンキ塗りの目に、一つの色が飛び込みました。
「こんな色は見たことが無い!」
 ペンキ塗りは飛び上がって、その缶へ走り寄り、素早くそれを手に取ると、まじまじと見つめました。

 それは、美しい空色のペンキでした。

「やれやれ、やっとお決まりかい」
「私は長年ペンキ塗りをやっているが、こんな色は初めてだ!」
 ペンキ塗りは、そのペンキを老人の方に差し出しました。
「ね、綺麗でしょ?私はこれに決めましたよ
「どれどれ・・・・・・」
「このペンキで家の扉を塗ったなら、どんなにステキだろう。おおっ、腕がなるぞ」
ウキウキしているペンキ塗りの所へ、老人は杖をつきつき、やって来ました。
 ところが、ペンキ塗りの手の中の缶を見ると、その目が鋭くなりました。
「それはダメじゃ!」
「えっ?」
「それは、いかん。それは、いかん!」
「な、何故ですっ?!」
 ペンキ塗りは、少し気を悪くしました。
「どうしてなんです?私がこれが気に入ったんだ」
「どうしてもダメなのじゃ。それだけは売れない」
 老人はハッキリと言い切りました。眉を吊り上げ、ペンキ塗りは叫びました。
「なんですって!ここはペンキ屋でしょう。どうして売らないんだっ!」
「それは人を不幸にする。美しい物には毒があるのじゃよ。それは売らない。ダメなものはダメなのじゃ。旦那、悪いことは言わん。諦めるこった」

二人とも、なかなか引き下がりません。しかし、空色のペンキは不思議な魅力で、既にペンキ塗りの心を捉えていましたので、どう言われようとも、絶対にこのペンキを買おうと決めていました。
「お願いです。私はぜひ、このペンキで塗ってみたいのです。ねえ、おじいさん」
 名人の血が騒ぐのでしょう。ペンキ塗りは必死で頼みました。
「私は長年この仕事をやってきた。自分で言うのもなんだが、名人とも呼ばれる腕前だ。だが、こんなに心惹かれる色に出会ったのは初めてなんだ!どうしても、これを家の扉に塗りたいのです。そんな意地の悪いことを言わないで・・・どうかお願いしますよ」
 最後には、手を合わせてお願いをする始末です。
 この様子を見ていた老人は、しばらく考え込んでいましたが、やがて、ゆっくりと口を開きました。
「そんなにも、このペンキが欲しいのか?」
「そりゃあ、もちろん!」
「ならば、条件を出そう。それでも良いか?
 ペンキ塗りの顔が、パッと明るくなりました。
 老人は杖で、ペンキ塗りの手の中にある缶を、指し示しました。
「良く聞きなされ、旦那。このペンキはただのペンキじゃない。誰が塗っても上手に塗れる。名人がやりゃぁ、もっとだ。しかし、絶対に上手く塗ってはならぬ。よいか、けして上手く塗ってはなりませんぞ」
「なんですって?」
 ペンキ塗りは鼻白みました。『名人』と呼ばれている男に下手に塗れとは・・・!
「よいかな。守れなければ、これは売りませんぞ」
老人はトントンと杖で缶をつつきました。でもこんな約束で、この素晴らしいペンキが手に入るのなら、しめたものです。
「はい、はい。絶対に守ります」
 老人はうなずきました。ペンキ塗りは喜びいさんで、ズボンのポケットから、お金を取り出し渡しました。
「ありがとう。ありがとう。早速、家に帰って塗らなくちゃっ!」
 いそいそと、缶を抱え出て行く彼に、老人の声が追いかけました。
「くれぐれも、上手く塗らないように!上手に塗ると大変なことになりますぞよ」
 声に手を振り、上機嫌でペンキ塗りは店を出ました。
「何事もなければ良いが・・・」
 老人は杖で身を支え、その後姿を見つめていました。




 老人からペンキを買い取ることに成功し、ペンキ塗りは上機嫌でした。オンポロ車を車庫に放り込むと、早速ペンキを塗る支度を始めました。
「ルルルッル、ルル」
 自然にハミングなんかも出てきます。仕事着に着替え、ペンキだらけの軍手をはめるとすっかり名人らしく見えました。さっき買ったばかりのペンキと“ハケ”を持って、外へ出ました。太陽がほど良く照り、空気はカラッとしていて、ペンキ塗りにはもってこいの日でした。
「さーて、やるか!」
 掛け声をかけ、ペタペタと塗り始めましたが、ふと、その手を止め、肩をすくめました
「そうだ、下手に塗れと言っていたな」
 最初のうちは、なるべく雑に塗っていましたが、なんだか、自分が下手に見られそうで嫌でした。
「もっと上手く塗れるのだがなぁ。まったく残念だ」
 しかし、約束は約束です。そのまま半分くらい塗ってから、一休みすることにしました

 今日は日曜日。教会のミサへ行く人々が、ペンキ塗りの家の前を通ります。
「やあ、マティスさん。教会へ行くのですか」
「やあ、名人、ご機嫌いかが?先週は仕事で行けなくてねぇ。・・・・おや?」
 マティスさんは、塗りかけの扉を覗き込みさも感心したように言いました。
「さすがは名人。いやいや、こりゃぁ、綺麗な扉だ。実に素晴らしい!」
「いやー、それほどでも・・・」
「本当ですよ。お世辞じゃない。ほら、ご覧なさい、まるで今日の青空みたいじゃないですか」
 ペンキ塗りは照れて、頭をかきました。
「おお、いかん、いかん。時間になっちまうじゃあ私はこれで」
「そうだ。気を付けていってらっしゃい」
 マティスさんは陽気に手を振り、その場を離れました。
 しかし、扉を誉める人はそれだけではなかったのです。道行く人は口々に、
「綺麗な色ねぇ」
「さすがは名人だ!」
 と、誉めていきます。こうなると、もう、嬉しくて嬉しくて、老人との約束などすっかり忘れてしまったペンキ塗りは、もっと誉めてもらおうと、上手に丁寧に塗っていきました。

「ふーっ。やっと出来た。我ながら上手く塗れたものだ」
 額の汗をぬぐい、ペンキ塗りは“ハケ”を置きました。上手に塗られた扉は、本当の空のようでした。すぐにその扉は、ペンキ塗りの自慢になりました。今まで塗ってきたどの扉よりもどの壁よりも、一番のお気に入りになりました。毎日毎日その扉を眺めては、満足そうに、うんうんとうなずきました。




 それから、一ヶ月がたちました。
 
 ある日の朝、新聞ではハリケーンがやってくることを伝えていました。
「うーん、あの店は大丈夫かな?かなり痛んでいたから、風で吹き飛ばされるんじゃなかろうか」
 仕事着に着替えながら、ペンキ塗りはニヤニヤと考えました。不思議な老人がいた、あのペンキ屋のことです。なにせ、床がギシギシいっていましたから。
「まあ、この町には来ないようだから、我が家は大丈夫だがな。・・・おっと、いかん、仕事の時間だ!」
 時計を見ると、約束の時間をいくぶんか過ぎていました。道具を抱え、急いで家を飛び出しました。空色の扉の、片隅の変化にも気付かずに・・・。
  

6 

夕方。道具を片手に、ペンキ塗りはノロノロと家路についていました。ペンキだらけの仕事着が、すっかりくたびれていました。
「あー、疲れた。早く帰って、冷たいビールでも呑みたいものだ」
 泡のたったお酒を想像して、ゴクリと喉をならし、疲れた足を急がせました。
 ところがです。
 家の前で、彼は呆然と立ち尽くしました。
『ガチャンッ!!』
 道具が手から滑り落ち、ヘタヘタと座り込んでしまいました。
「な、な、なんてこったぁーーーっ!」
 溜め息のような、悲鳴のような声でした。
 なんとペンキ塗りの家は、バラバラに壊れたうえに、グッショリと水浸しになっているではありませんか!
「何故・・・ここだけ・・・。わしの家にだけ、ハリケーンでも来たというのか?そんな馬鹿な!」
 さっぱり訳が分かりません。周りは綺麗なもので、心地よい風が、そよそよとそよいでいるだけでした。
 
そのとき、ペンキ塗りの背中に冷たいものが走りました。
その瞳に映っていたのは・・・。
彼の自慢だった、あの美しい空色の扉でした。ガラクタ同然に壊れた家具の中で、『それ』はたった一つ、形の残っている物でした。粉々の残骸の中で、長方形の『それ』だけは傷一つなく、奇妙な光を放っていました。しかし、あの美しかった空色は、いまや、怪しく渦巻くぶ厚い雲で覆われていました。それはまるで、うごうごと蠢く、恐ろしい虫の集団のようにも見えました。ドアノブのちょうどすぐ上で、ピカリと稲妻が光るのを見ました。
「まさか・・・まさか・・・。そんな・・・馬鹿な・・・!」
 
ええ。彼は、あまりにも上手に塗りすぎてしまったのです。
 『ペンキ塗りの名人』は老人との約束を破り、妖しい魅力の空色のペンキで、自分でも知らぬ間に、『本物の空』を作り上げてしまったのでした。


 ~美しい物には毒がある~


「そんな馬鹿な・・・」
 ペンキ塗りは、バラバラになった自分の家を、ただただ、呆然と眺めるだけでした。




「・・・と、まあ、これでおじさんの話は終わりなんだが」
 長い間、おじさんの話に聞き惚れていた私は、ふぅーと溜め息をつきました。そして、おじさんのその太い腕を揺さぶりました。
「ねぇ、ねぇ、本当に本当にあった話なの?
 じーっとおじさんの青い目を見つめ、おじさんが何か言うのを待ちました。
 おじさんは、真面目な顔をしてうなずきました。でも、なんだかその目は、おかしくてたまらないといった風でした。
「ああ、本当だとも。だから君はパパに、こう言わなきゃならないね」
 おじさんは人差し指を立てて、いたずら小僧のように笑いました。私はすかさず大きな声で、
「“けして、上手く塗ってはなりません!” でしょう?」
「その通り!」
 おじさんは満足そうに、大きくうなずきました。
 ふっと時計を見ると、あれからもう一時間もたっていました。
「あ、いけない!私、もう帰らなくっちゃ!」
 缶を抱きしめ、椅子から飛び降りました。
「おじさんバイバイ。ちゃんとパパに言うからね」
一目散に木の扉を押し開けて、外へ飛び出しました。
「ああ、気をつけてな、お嬢ちゃん」
 おじさんはニコニコと手を振り、私を見送りました。



【エピローグ】

家に着くと、私は自転車を放り出し、て庭へ駆け込みました。ミルクは、短い尻尾をふりふり、白いゴムマリのように飛びついてきました。すっかり待ちくたびれて座り込んでいたパパは、優しく言いました。
「エミリー、君は一体どこまで行って来たんだい?」
「ごめんなさい、パパ!ペンキ屋さんのおじさんから、面白い話を聞いていたの」
 スカイブルーの張り紙が付いている缶を、パパの暖かい手に渡しました。パパは目をパチクリさせ言いました。
「おや、綺麗な色だね。こりゃぁ、パパの腕前を・・・」
「と、とんでもないっっ!」
 ・・・私が震え上がったのは、言うまでもありません。
「駄目よパパ!上手に塗ったら大変な事になるの!ハリケーンが来て、家が壊されちゃうんだから!」
 真剣なまなざしで、パパを見つめました。
「ど、どうしたんだい、エミリー? ハリケーンがどうしたって?!」
 パパはおでこに手をあてると、素っ頓狂な声をあげました。無理もありませんよね。突然、ペンキを上手に塗ったら家が壊れちゃうなんて言われたら、誰だって驚くに決まっています。そこで私は、ペンキ屋のおじさんの真似をして腕を組み、おじさんが話した通り一つも間違えずに、あの話をしてあげましたなんだか少し、偉くなったような気がしました。

「・・・分かった、パパ? だから上手に塗らないでね」
 しばらく話に耳を傾けていたパパは、私の顔を見てニヤリとしまた。
「ああ、いいとも、エミリー。パパも家が壊れるのは御免だよ。ミルクには悪いけど、思い切り下手くそに塗るぞ!」
「あー、良かったぁ」
 私は胸を撫で下ろしました。それからパパは、私を軽々と抱き上げ肩車をしました。
『キャン、キャン!』
 ミルクがパパの足にまとわりつきます。早くって、催促しているのでしょう。
「ほら、パパ。ミルクが早く塗ってって、言ってるわ」
「おお、そうだった。待ってろよ、ミルク。今、世界で一番下手に塗ってやるからな」

 そうして、私とパパは顔を見合わせ、ニッコリと笑いました。


                                         fin



1985年5月27日


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ボクは

2011年09月01日 10時20分05秒 | 創作 ・゜+.(〃ノωノ)゜+.




ボクは   ここに   いる







2011月8日21日

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あなたの声で

2011年08月20日 15時17分14秒 | 創作 ・゜+.(〃ノωノ)゜+.


           あなたの声で


           わたしの名前が


           キキタイ・・・・・







1989年3月9日

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出会い

2011年08月09日 11時11分11秒 | 創作 ・゜+.(〃ノωノ)゜+.


          ささいなことなのに

          あの瞬間(とき)は

          大きなことになった









                                   1988年8月18日

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