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いつもありがとう!お元気ですか?

株式会社シオミホームイング、塩見泰一郎です。あなたにお会いできてよかったです!この出会いが明日への元気になるように・・・

実家じゃあなんちゃあすることがないちや

2010年11月18日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
ひやい、ひやい、ひやいちや

このボクの実家の小屋は風が吹き抜けてひやいちや。

あのおじやん、おばやんのおる山でやったら

走り回ったりできるき、ほんでひようないのに。

ほんとうにひようなっても、炭をいこしたコタツがあるき、

熱うなるばあぬくいがです。

毎日ひやい時はボクもじいやんばんやんと並んで足をコタツに入れて

大の字で寝るがやき、これがボクの「天下」というところながでしょう。

 ところで、今は毎日お山の事ばかり思いだしゆうがやけんど

ここ実家じゃあボクなんちゃあすることないきほんでです。

お山のコタツの炭は去年までじいやんがせっせと木を切り出し

、釜に入れて自分で作りよったとー。

とっと昔からこの岡村家は生活の唯一の燃料やったそうですき

炭になる前の生木は、それは大人が1本持つにはぞんがい(案外)重かった

がやそうです(ナラの木がえい炭になると)。

ほんで、山の坂道を1本1本持って上り下りはそりゃあ、

ボクらあにゃあ気絶するぐらいながやろう。

ここで生まれ大きゅうなったお母やんも小さい頃からちったあ手伝うた

がやろうねえ。

けんど、おじやんも86才になったき、今年からもう炭をよう焼かん

なったがやと。

真夏でも山の涼しさはコタツに炭を使うことがなんぼでもあるそうやし

、これから先はじいやんがつくらんと炭がだんだんと減っていくことに

なるがです!心配になるちや。

そんな事よりじいやんの息子が岡山にいてじいやんばあやんはやがて

歳の事も考えて岡山のほうへ行くらしい。そのほうが安心ちや。

安心やけんど、この山にはじいやんもばあやんもだれっちゃあ

おらんなるがやき。ボクもうこれからどうしたらえいがやろう。

今は孤独

2010年11月17日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
高知の実家はいつも犬小屋の中、昨日ひさしぶりに帰って来て、

今は何もすることがなくボーとして外をみゆうボク。

昨日までは朝から晩まで山を一日中走り回ったり、コタツのあったかい部屋で

おじやん、おばやんの間でのびのび暮らしよった 毎日がいっしゅんにして、

一人小屋に閉じ込められたが。

お父やん、お母やん、あやちゃんは仕事で一日中出て行っておらんし、

だぁれも遊んでくれん。

もうさみしゅうて退屈でしょうがないがやき。

山の生活がやっぱりよかった。

今ごろ、じいやんばあやんはどうしゆろうかねえ、

岡山へ行ったシロは、イノシシを追わえゆろうか シロはとろこいおばあやったき

イノシシにやられちゃあせんろうか、足が短いシロはイノシシに追われゆうちに

よう逃げんなって後からキバでおもいっきりつきさされちゃあせんろうかにゃぁ。

ちょうど11月15日は日本全国で猟開けやき、きをつけんといかんでえ。

けんどボクも人の事いいよりけにならん、まっこと改めて自分を見ると

シロとまでいわんけんど肥えたにゃあ・・・

そりゃああの山でシロがおらんなった後なんか、おじやんおばやん2人の愛情と

餌はシロの分まで独占させてもらいよったことになるがやき

そりゃあ、シロみたいにブタになるのも当然やろう。

毎日 夜じいやんとばあやんの間でのびのび大の字で眠っていると

必ず高知のお母やんとばあやんが電話で話しゆう声を聞きゆうがやき、

ほんでいっつもボクがブタになったブタになったって話しゆが。

しょう聞きとうない話をするき、いやぜよ。

けんど、こんなブタになったのも おじやんおばやんに責任があるがぜよ

朝、昼、晩 ボクと3人はびっしり並んで御飯にするき、じいやんとばあやんが

交互にボクの口にものをくれるが。そりゃあ食べる僕が悪いけんど

お箸でボクの口に入れてくるこの2人がもっと悪いぜよ。

もともと犬は自分でコントロールできんようになっちゅう。

じいやんは怒ったらしょう怖いけんど、ばあやんは全然怒らんき ほんでシロと ばあやんの

取り合いをするが。最後はシロがゆずってくれて ばあやんの膝でぬくぬく一眠り。

シロは子どものボクに最後はゆずってくれるがやき、えいろう。

今は一人、大きなボクの犬小屋で、秋深くなっていく 向かい山と手前の広い

月極駐車場の長い影をながめておるがやき。

ながめよったら敷いた手がしびれてきたちや。








ボク 十郎太。帰ったら町の犬やきやることがある

2010年11月16日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
ここのところ仕事が忙しいこともあって休みがなかった私ですが、

今日は田舎の方に預けていた 我が家の十郎太を迎えに行きました。

87歳と85歳の両親には暴れん坊の十郎太は時には重荷にあるのでしょう。


「ボクは十郎太」

今日は、高知から、お父やん、お母やんがボクを高知へ連れもどすために来たがやき。

2週間ぶりで嬉しかったがやけんど、お父やんお母やんどういてボクを連れ戻すが?

ボク、ここ気に入っちゅうに。

おじやん、おばやん大好きやし、この山での生活はものすごくえいがやに、

帰りとうない。

前に来た時は淋しゅうて早よう高知へ帰りとうて叱られた時ゆうたら、もう下の車庫へ行って

泣きっぱなしやったけんど、今度はちっともそんな淋しいことはなかったがやき。

山でお父やんとひさしぶりに相撲をとったし、5人でテーブルを囲んで

お昼ごはんも食べたし、おもいっきりおばやんとお母やんの間で甘えれたき、

お母やんのお昼寝の横でボクも体をせり付けて、布団で一緒に寝れたしひさしぶりに

お父やんお母やんに会えて嬉しかった。

ボクの本当に家は高知やき。

昼、夜は一人でボクの大きな犬小屋で寝ないかんはやき。

ここやったら布団やコタツでいつもおじやんおばやんとぬくぬく寝れて、

しょううれしいがやけんど・・・

ボクはもう知ってしもうちゅう、高知へ帰らないかんがやろう?

昼は仕事で留守。

夜は寒い中門前で番犬やろう?

はい、わかっちょりますきに。

どうしてもそうせんといかんがやろぅ?

実はボク、お父やんお母やんが大好きやき、それでもえい。

高知へ帰ってもかまん。高知に帰ったら町の犬としてやることがあるが!

ほんでまた頑張ろう。

ボクは塩見十郎太ハゲ三郎盛綱

2010年11月09日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
ボクのこと、きのうの続きながです。

シロの岡山へ行く日が今日とは、ひとっちゃあきいちゃあせんやったき、

迎えに来たおんちゃんの人を、ボクは体中の毛という毛をおっ立てて

威嚇するみたいに吠えたがです。

ほんまはボクも連れていかれんかと怖うて、吠えまくりました。

ボク臆病者ですき、ついでですけんど、ボクの男の子のあそこのけられちょります。

どうも下の方に力が入りませんき、他はいつもの自分と変わりません。

けんど、恋もしたい歳になっちゅうがやに、あそこを見られたら

おしまいです、だから・・・。

 シロはもともと、そのおんちゃんところの犬ながやと

ほんで毎年この時期が来たら岡山へ戻るらしい、

このおんちゃんはおじやん、おばやんの子供やと、

そういやあ上から何んかで突き込まれてのうなっちゅう首やら

づんぐりむっくりの短足なんか、おばやんおじやんとおんなじちや。

よかったほっとした。昔、「神隠し」とかいうて、

農家の子供がさらわれたりしよったそんな話聞いちょったき、

犬版の神隠しかと思いよった。

 シロは毎年岡山へ帰ってイノシシ猟をするがやと、

けんどイノシシは恐ろしいと聞いちゅうけんど そんなイノシシと

けんかするぐらいやったら、もうちょっと犬というもんは逞しい

もんかと思うちゅうボクながです。

こんなよぼよぼで、脂肪ぶくれで歩きもようせん いつも庭で

ゴロゴロしゆおばあが、ほんまにようするかえ~ いざとなった時、

一番先にイノシシの牙で突かれて白い犬が 赤い犬になって

殺されてしまうがやないろうか。

ボクはそう思うたら急に心配になったがやき。

ほんで、シロに言うたが。

「シロのおかあ、そんな丸々肥えて情けないからだやき、

大丈夫ながかえ やめちょきや ほんまにようかんがえや

やられてからでは その時はもう遅いで なんぼ歳がいっぱいいっちゅうても

もうっちょと長生きできるがで、またボクと遊べるがで

岡山の遠いところの山で、もし 死んでも線香もようあげてやらんからね」

 昼間 明るかった山間の庭も陽が沈み 西の山の陰に覆われる頃

シロはいつも変わらない顔をして、トボトボとうつむきかげんに

山を下っていったがやき。




ボクの名前は 塩見十郎太ハゲ三郎盛綱

2010年11月08日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
お元気ですか。

今日も一生懸命書いております。(すみません。パソコンは、弊社の名人マホ君に打ってもらっています。あしからず。)


先月末に、私の家で飼っている犬の十郎太を、家内の実家に一時預けたお話をしました。

薄情な主人です私は。

旅行等、連日の忙しさにかまけて、つい彼の事など忘れていました。

もうそろそろ迎えに行かなければ・・・・

今頃どうしているかなあ・・・・。


「ワン」 ボクは十郎太。


まいにち、しょっちゅう山の中畑や、杉林を走り回りよります。

ほんまに自由になっちゅうき、ボクしあわせやちや。

おじやんと、おばやんと、ボクのおっかあ代わりになってくれゆうシロと

ボクの4人やき、(シロの年はもうおばあになちゅう)山の夜は早いき、

7時、8時頃にゃあ、もう寝やの中に入ちゅう。

ボクは、おじやんと一緒に寝ることに前から決まっちょって、シロはおばやんと。

おじやんは、寝やに入っても「ブーブーブー」

「へ」をひるき、おもしろい。


臭いはあんまり好きになれんけんど、初めの頃から言うたら、もう慣れたがです。

臭いが珍しかったき、前は鼻をつっこんで臭うたもんじゃった。
                           
こんなボクのすることを見て、おじんも、おばんも
        ・・・
「もういやちや、じゅうは」と大笑いです。


ボクはそんなつもりじゃあないがやけんど、どうもワルさをしたにかあらん。

おじんが、びっくりするぐらいの大声で、ボクを怒るんです・・・。

長い竹の棒でバシッと僕をたたく時は、もうほんまに怖い。

そんな時、僕は悲しゅうて、寂しゅうて、そして高知のお父やん、お母やんを

思い出し、下の車庫まで走っていって

「こんなところにボクひっとり、おいて・・・・。

もう高知へ帰りたい~~~~早く迎えに来て」と言うて遠吠えで泣き続けるがです。

ほんで、もうだれて、泣きやんだころ、シロとおばやんが、

とぼとぼボクを迎えに来るがです。


「そればあ泣いたら、もう気がすんだろう。ぼちぼち、帰ろう」と言うて。


そんなこんな毎日やったけんど、今日のお昼に突然、

妙な見たことがないおんちゃんの人が来て、シロを連れていったがやき。

後でおじやんに聞いたら、連れていく日が決まっちょたがやと。

それは岡山というところへ。


僕の名前は、塩見 十郎太ハゲ三郎盛綱

2010年10月30日 | 僕の名前は塩見十郎太ハゲ三郎盛綱
いつもくだらないブログで申し訳ありません、そして、いつもありがとうございます。

今日は私の家族の一匹を紹介させてもらいます。

はい、十郎太、自己紹介して下さい。


「ワン」ボクは三歳の男の子です。動物の種類でいうと 「犬」 といわれゆにかぁらんです。

ボクの名前は 塩見 十郎太ハゲ三郎盛綱 が正式で、普段は「ジュウロウ太」と呼んでもらいよります。

よろしくお願いします。

まだ子どもですきに、ひとっちゃあ知らんことがいっぱいあります。

ほんで妙なことをしたり、言うたり なに見ても珍しいことばっかりやき、

面白うてどこでも走り回りよります。

ところで、ボクの名前ですけんど、長ッたらしゅうて覚えてもらいにくいがです。

この名前は、この家のお姉ちゃんにつけてもろうたがですが、本当言うと好きじゃない名前です。

三年前、ボクはこの塩見家に養子に貰われてきたがです。

その時は1ヶ月も達っちゃあせんうえに、まだ充分歩けん時の事やったがやき、

その時のことをひとっちゃあ覚えちゃあせんがですよ。

今のお父やん、お母やんに聞いたけんど、ボクの本当のお母やんは日本犬でとっても優しい人

やったらしい。けんど、お父やんは誰かわからんがやと。

そこは高知の西にある 「宇佐」 というところやったらしい。

けんど、ここの朝倉に貰われてきてボクはほんまに幸せに思うちゅう。よかった・・・。

そんなわけで、ボクの人生がこの塩見家で始まりました、どうぞよろしくお願いします。

実をいうと今日はボクのおじやんとおばやんのいる 大豊の田舎へあずけられたがです。

突然ながです。

いつものように高速道路をどんどん走って、山また山を、トンネルもいくつも抜けて来たがです。

本当いうと大好きなおじやん、おばやんですき ボクこじゃんと甘えれるがです。


夜は一緒の布団に寝れて、朝倉の街と違うて、広い畑や野山を走り回り、自由がいっぱいあるき

ボクすごーく嬉しい。しあわせー。


着いた今日は昼間おもいっきり遊んで疲れたぁ。

大好きなイノシシご飯でおなかいっぱい。


ボクの夜はいつもここではおじやんと寝ることにきまっちゅうが。

ほんで今もおじやんと・・・。

ほんじゃあ、ボクは今日はお休みですき・・・・・スースー・・・


今日も最後まで読んで下さってありがとうございました。

この続き、また書かしてもらいます。

今日はこれで失礼します。

日に日に寒さが増しているようです、カゼなどひかないよう

失礼します。