徒然草紙

読書が大好きな行政書士の思索の日々

夏目漱石の妻3

2016-10-17 13:29:07 | 身辺雑記

 漱石夫婦は同心円上をぐるぐる回っていて、お互いに交わることがなかった。漱石は小説「道草」でこのように書いています。お互いのことを理解しようとしなかった、という意味だと思います。ドラマ「夏目漱石の妻」の最終回を観ながら、このことをずうっと考えていました。ドラマでは、この言葉通りに物語が展開していきます。「この家はどこか壊れている」という台詞は、この部分を見事に象徴しています。

 また、漱石は小説「道草」で、冒頭に紹介した文章の後に、夫婦がお互いに自分が行ったことについて、何か一言付け加えることが出来れば、だいぶ状況は違ってくる、とも書いています。ドラマでは、それが出来ないままにますます状況が悪くなっていく訳です。観ていて息苦しくなります。

 そのような状況を変えたのが、「修善寺の大患」です。死線を乗り越えた先の漱石夫婦の笑顔がいいですね。ようやく二人の心が通いあった、という感じでホッとしました。

 ドラマの最後で鏡子が、自分と小説「坊ちゃん」に登場するお手伝いの清を重ね合わせて漱石に語る場面が出てきます。自分こそが漱石の理解とする女性であるというのですね。それに対して漱石が「そういうことにしておこうか。」と答える。すごく良かったです。漱石の鏡子に対する思いが溢れてくるようでした。

 今度は夏目漱石その人を主人公にしたドラマを観てみたいですね。


夏目漱石の妻2

2016-10-11 10:36:07 | 身辺雑記
 NHKドラマ「夏目漱石の妻」を楽しく観ていています。「吾輩は猫である」によって一躍、時の人となった漱石の周辺に鈴木三重吉、小宮豊隆といった若者が集まり始めます。その一方で、漱石は封印していた過去と向き合わねばならないこととなります。漱石が夏目家に復籍する際に渡した書き付けをネタに、養父、塩原昌之助が漱石のもとに金を無心に来るのです。小説「道草」にも描かれる有名なエピソードです。塩原昌之助の役を竹中直人が実に巧に演じています。落ちぶれた養父が持ったであろう、ある種のふてぶてしさと、後ろめたさといったものが良く出ていたと思います。事件そのものは、漱石の妻、鏡子のすべてをさらけ出した体当たりの説得によって無事に解決します。人間、ここぞという時には、小手先の対応では駄目だということがわかりますね。この部分はまったくのフィクションですが、観ていて納得してしまいました。

 実際には、漱石は塩原昌之助に100円の手切れ金を渡して、関係を断ちます。このあたりの事情については、江藤淳の「漱石とその時代」に詳しく書かれています。漱石はあくまでも、人情の問題として幕引きをしようとしたようですが、塩原昌之助は「権利」問題として、事を収めたようです。番組では漱石の立場に立った形で事件を処理しています。私もその方が観ていて気持ちがいいですね。

 ただ、同じ状況を現代の価値観で描いた場合には、結末がかなり違ってくるだろうと思います。明治時代は日本人の多くが「恥を知る」という考えを持っていたと言われます。だからこそ、鏡子から書き付けのなかにある「不実不人情」についてあなたはどうなのですか、と迫られた昌之助は、100円と引き換えに書付を渡して逃げていくしかなかったのでしょう。現代社会には、それだけではすまない怖さがあると思うのです。時代が進むにつれて、人間もどんどん複雑になり、恥を知る、知らない、ということだけでは割り切れ無くなってきていると思うからです。
 
 さて、次回はいよいよ最終回。修善寺の大患を乗り越えた漱石の表情がどのように変わるのか楽しみです。

夏目漱石の妻

2016-10-02 16:28:37 | 身辺雑記

 NHKドラマ「夏目漱石の妻」を楽しく観ています。夏目漱石ファンの私としましては、待ってました、といった感じです。漱石役の長谷川博巳さんがいいですね。目の前に漱石がいたら、かくやと思えるようです。特に、神経衰弱が昂じてからの表情の変化や異常な行動の数々など、観ていて戦慄を覚えます。印象的なのは、ロンドンから帰って来た漱石が新橋駅に降り立ったときの場面です。人間と言うよりは凶々しい悪霊といった感じで、正直言って怖かったですね。イギリスで近代というものと格闘し、心身共に疲弊しきって帰って来た漱石の心象風景を形にするとああいうものになるのか、と妙に納得してしまいました。


 長谷川博巳さんが演じている漱石を観ていて気づいたのは、「吾輩は猫である」の挿絵に描かれている苦沙味先生にそっくりなところです。中村不折が描いている挿絵に、苦沙味先生が落雲館中学の生徒を追いかけている場面があるのですが、それが長谷川博巳さんの漱石に似ているのです。長谷川博巳さんはもとより、制作スタッフの人たちはみんなこの挿絵を意識しているのかな、と変に勘ぐってしまいます。


 さて、ドラマでは、いよいよ作家夏目漱石が誕生しました。これから、幾つもの名作が書かれるのと同時に、近代日本を代表する知性がきら星の如く漱石の元に集まってくるわけですが、誰がどのように登場してくるのか楽しみです。しかし、その前に漱石の養父とのドラマが描かれるようです。漱石の実父の書き付けをタネにして金をせびりに来る、どうしたって好きになれない養父との葛藤が次回の主なテーマになるようです。「道草」の世界ですね。どのような展開になるのか、興味を持って待ちたいと思います。