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旧取手宿本陣染野家住宅:取手市

2018年06月09日 | 気になる物(乗物・建造物・構造物など)
6月8日、取手市の「旧取手宿本陣染野家住宅(茨城県指定有形文化財)」を見学してきました。(JR常磐線取手駅から徒歩8分)
以前、友人と来たので今回で2回目。前回はカメラのバッテリーが切れて写真が撮れなかったので、今回はあーちゃんと再来です。
染野家の主屋、土蔵、表門、徳川斉昭の歌碑は染野家から昭和62年に取手市に寄贈され、同年から解体修理がはじまり、平成8年度に完了。平成9年9月から一般に公開されています。(敷地は今でも染谷家が所有)

主屋。平面積約312㎡。1795年築
水戸街道は千住と水戸を結び、取手は千住から数えて6番目の宿場。貞享4年(1687)、染野家は水戸徳川家から本陣に指定され、歴代の水戸藩主をはじめ多くの大名や武士たちが、宿泊や休憩に利用しました。

表門は桟瓦葺(さんがわらふき)の薬医門(やくいもん)で1805年に建てられたと推定されています。

土間の天井の梁組。

染野家の人々が通常出入りしていた大戸(建物右側)を入ると土間になっていて、奥には調理に使った「石くど(かまど)」があります。

広間から見た中の間、三の間。

広間から見た茶の間。

明治時代に家を直した時に広間と茶の間の間に設置されたガラス戸。板ガラスは当時のもので中に空気の泡があり、表面が波打つています。

中の間。式台から玄関に上がると、正面が中の間。中の間から西側の部屋が、本陣として武士が利用する部分。

主屋のほぼ正面に堂々とした入母屋造りの玄関があります。
本陣を利用する大名など身分の高い武士が、籠を横付けして直接建物の中に入れるように玄関には式台が付いています。

三の間(8畳)

上段の間は、大名など身分の高い武士が利用する部屋で、ゆかが框1本分(約20cm)高い。

奥には床(左側)と違棚・天袋は付き、左側に平書院が付いている。

西側①

西側②

北側。正面が新座敷。

明治初期に郵便局として使用した郵便窓口の跡。建物の外側に馬蹄形の窓口があり、全国で4か所しか現存していない内の1つで貴重なものです。

土蔵。18世紀から19世紀初めに建てられたと推定。

「徳川斉昭(水戸藩第9代藩主)の歌碑」。主屋西側の裏山と呼ばれている小高い場所に今も残っています。

歌碑に行く通路の脇にある巨大な「むくのき」

見上げるとこんな感じ。

この後、近くの「長禅寺(ちょうぜんじ)」にも立ち寄りました。承平元年(931年)平将門が祈願寺として創建したと伝えられています。
棟札によれば、宝暦13年(1763)に建立された堂が大破したため、享和元年(1801)に再建されたとのこと。

石段の上にある山門。

南側の石段を登りきると、正面に建つのが茨城県指定文化財の三世堂(さんせどう)です。

外観は2層ですが内部3層で、「さざえ堂」の形式になっており、上り階段と下り階段があり、堂内では参拝者が交差せずにまわれるようになっています。
「さざえ堂」は他には、群馬県太田市の「曹源寺」、埼玉県本庄市の「成身院」、福島県会津若松市の「旧正宗寺」、青森県弘前市の「蘭庭院」と、「長禅寺」を含めて全国で5棟しか残っておらず、大変に貴重な建物だそうです。

この後、昼食を食べに古民家レストラン「テンサン」(染野家から車で約10分)に。



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