乗り換えの時間つぶしに寄った本屋で
すぐ脇を女の人が携帯片手にしゃべりながら通り過ぎていく。
「もしかしてそれで電話くれた?うんそう。そうなの、私再婚したの」
大きな声で嬉しそうに話しながら、その人はそのまま本屋を出て、階段をあがっていく。茶色い髪。鮮やかなサンダル。
今日で切れると思っていた定期が昨日切れていたことに気がつく。
往復でしっかり引かれている。
駅を出ると雨が降っていた。
あいにく傘がない。
駅前のコンビニで雨脚が弱まるのを待つ。
なんとなく立ち読みしてた雑誌のマンガの主人公の女子高生は
好きな人が別の人と手を繋ぐのを目撃してしまう。
確かに女子高生は切ない年頃だ。
自分は1年と数ヶ月しか女子高生じゃなかったけど
エネルギーの消耗の度合いを考えたら今も1年ちょっとが限界だった気もする。
「力の入れ方が偏ってるんだよ」
中学生のとき、どうしてもくしゃみを途中で止めてしまう私にクラスメイトが言った言葉だ。
「一事が万事。」
まあそういうこともあるだろう。
大学生の頃、スニーカーを裏返して、靴底の減り方があまりにも偏っていることに気づいてびっくりしたことがある。
力の入れ方。確かにね、と思う。
コンビニを出る。
雨脚が少し弱くなっている。
今のうちに家へ帰ろう。
髪の毛が湿り、二の腕が湿り、脚が湿っていく。
水滴が髪の毛の隙間から額へ流れ落ちる。
スティーブン・ミルハウザーの短編で、こんな風にひたすら雨を描写した話がなかったっけ?
坂道。赤や黄色の車のヘッドライトが道路に滲んでいる。
煌々と明るい古本屋の前を通り過ぎる。誰もいない店内で店員が暇そうに本を読んでいる。右目の下瞼が不随意に動くのを感じる。
突然、空が瞬く。ストロボのように完全に白く。
音はしない。
うろ覚えの、ブラックジャックの話で、ある親子連れの父親が雷に打たれて、でも病院だかホテルだかがストをしている関係でブラックジャックが野外で手術することになる話があった。野外の手術でお馴染みのビニルの透明な簡易手術室の中で、雷雨の中メスを握るブラックジャック。
大雨で巨大な鰻が皇居のお堀から飛び出して日比谷の交差点でのたうつ話もあった。内田百の「東京日記」の中の一話だ。今夜の雨はもしかしたらその程度には降るのかもしれない。
また空が光る。
今度は数秒遅れて音がやって来る。
やがて雷はここへやって来るだろう。
雨は激しく、叩きつける様に降り、稲妻はその輪郭を明確に提示し
音は家々の窓を震わせる。
今はまだ少しの猶予がある。
そう思った瞬間、西の空で光が瞬き、数秒遅れてみしみしと轟音が聞こえてきた。