愛詩tel by shig

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風がささやく 最終章

2009年04月23日 07時42分36秒 | 小説

風がささやく 最終章

   Defune 谷田茂

夜を徹して走った。小樽港をフェリーが離れるのは早朝だ。

瞳は「地平線の彼方に」のCDを何度も流させた。

気がつくと眠っていたので、ステアリングにあるスイッチでボリュームを落とした。

瞳の右手は僕の左ひざに置かれたままだ。

「鹿横断注意」の標識が見える。

注意深く安全スピードを保った。鹿をはねないように。

フェリーターミナルで、瞳は目を覚ますと言った。

「あ、小樽に着いたのね。乗船手続きは私にさせて」

僕は車検証と予約表を渡した。

にこにこ顔で戻ってきた瞳は、僕に乗船券を手渡した。

券面には「特等洋室」と表示してある。

「あれ?1等和室のはずだよ」

「いいの。これくらいプレゼントさせて。私も同室でいい?」

僕は微笑み、瞳はターミナルに戻っていった。

乗船時は安全のため、ドライバーと同乗者は別々に船に乗る。

案内が流れ、アストラは車両甲板に納まった。

カメラと荷物を持ち、フロントで客室番号を聞く。

特等室のドアを開くと、真っ白なワンピース姿の瞳が待っていた。

旅行中まとめていた髪を下し、綺麗にブラッシングしてあった。

流れるような黒髪はきらきらと光って、あらためて瞳の美しさに目を見張った。

「とても綺麗だ」

「ありがとう。お世辞でもうれしいわ」

瞳はそっと近づいてきて、僕の目の前10センチで止まり、目を閉じた。

僕は瞳の形のよい唇に、そっとキスをした。

時を忘れた幸福感を汽笛がさえぎった。

「出港だ。甲板に出よう」

デッキの空には無数のかもめが舞っていた。小樽の街が少しずつ遠ざかっていく。

「新たな旅立ちね。卜部さん、富良野で、この旅で答えが見付かるって言ったわよね。

真の幸せ、本当に見つかった。やはり、占い師の末裔ね。

もう幻想など持たない。雲を見るたびに、足元を見つめ、今、幸せであることを確認しながら生きていく。

でも、私のこと裏切ったら許さないわよ」

「誓うよ。一生君だけを大切にする」

風が瞳のワンピースのすそを揺らし、長く美しい黒髪をなびかせた。

とても眩しかった。

フェリーが速度を上げる。

海から吹いてくる風の中にささやき声を聞いた気がした。

Bon Voyage !

瞳が口を開く。

「ねえ、聞こえた?」

「何が?」

「風のささやき。Bon Voyage !って。私たちの二人の人生の航海を祝福しているんだわ」

僕は微笑んで瞳を見つめた。

二人はそれ以上何も語らず、風に吹かれながら、

ただ船が進む先の海を見続けていた。

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