「受けるということ」
人に何かを与えるということは、あげるという傲慢さや、打算的な気持ちなどで汚れやすいので、
これらの点に反省がよく求められます。
しかし、受ける側にもそれと同じ位に反省の求められるべき点があると思います。
与えられることを当然とするねだる根性や、
素直に受けとろうとしない屈折した心理などが、そうです。
そこには生きることへのうろたえがあるように思われます。
うろたえざるを得ないところでうろたえないこと、
受けるとはこれを要求することです。
人は受ける時に、与える時以上に人間性を問われるものです。
『神の風景』p233 藤木正三著
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