蔵書目録

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「支那劇は歌劇 オペラ である」 近森出來治 (1913.12)

2024年09月14日 | 中国戯曲 京劇 梅蘭芳東渡

 

 支那劇は歌劇 オペラ である
    支那劇の研究  
        在大連 近森出來治
 
 支那では芝居のことを戲子 シーツ と云ふ、子 ツ は附けたりで戲 シー が芝居の意である、支那人は芝居に行くのに見に行くではなくて聽きに行くのであると云ふ心から日本で云へば觀劇といふ所を聽戲 チンシー と云ふ、日本人の考からすると「變だ」「なぜだろ」と云ひたくなる、そこで其聽戲と云ふ所以を少しばかり述べて見やう。
 支那演劇は西洋で云ふオペラで唱歌を本位として歌謠に重きをおいたものである、オペラは日本では歌劇と譯して居るが支那劇は其歌劇である、日本の芝居はそれに用ふる音樂よりは所作卽ち科 シグサ の方が非常に重んぜられてゐるが支那の科は左程重き方でなく、俳優の歌が最も肝腎である、故に良俳優は卽ち良唱歌者である、此點がなかなか面白いと思ふ。
 斯樣な次第であるから其演劇の組織が日本のそれとは大變かはつてゐる、先づそれをあらまし説明して見やう。
 第一は舞台であるが、之は丁度日本の能舞臺である、誠に狹小なもの、日本で云ふ花道もない、道具立など背景に就ても日本の樣に千變萬化種々雑多の場面をあらはす樣なこともない、出場する俳優は此狹小な舞臺面で出來るだけの立𢌞りはやるが觀客をしてあッと云はせるのは歌である。 
 次に此舞臺の一所に一組の奏樂者が控へて居る、恰もオペラに於けるオーケストラである、此奏樂團の組織は演劇の種類(卽西皮二簧 シーピーアルホワン 劇とか、梆子 パンツ 劇とか)に依つて多少の差異はあるが、何時でも左程多くはない、卽ち胡琴、鑼、鼓、手鑼、鉢、小鉢、唐鼓、板、哨吶、笛等の樂器に各一人宛の樂手があつて是等が一團となつて舞臺の一隅に陣取つて始終の別にジャンジャンガンガンやつてゐる、我々は支那劇に行くと先づ第一に此ガンガラチ゛ャンに第一耳を聾せられるのである。兎に角此樂團が上場人物の出入にも、其一擧手一投足の表情にも、又唱ふにも、殆ど少しの間斷もなく奏樂をするが、此最も主要なる所謂音樂上の主旋律用樂器 メロヂックインストルメント は胡琴である、人物の唱ふ時などは如何にもよく其唱謠に合はせて行く、之はなかなか面白い所である、(一寸茲にことはつておくのは此胡琴は西皮二簧劇の時に用ふるのであつて、梆子劇になると此胡琴の代りに呼々 ホーホー と云ふ樂器を用ふることである、)歌謠の時に之を彈く其方法は一寸今茲で筆には云はせ難いが大體から云へば常に歌の曲節に隨從して行くもので、所謂伴奏 アコンパニメント ではない、日本の音樂でも伴奏的彈奏法になつた所は、誠に少ないが、東洋の幼稚な音樂に於ては致方がない。
 次に上場人物は其思想を相手に通ぜんとする時には主に唱歌すると云ふことが支那劇に於て最も面白いことである、假へば茲に舞臺に今男女の二人が出てゐて相互に戀想すると云ふ場合などに於ても男なり女なりが互にかはるがはる其切實な情を唱ふのである、是等は實に美しいものであると思ふ、オペラに於ても此通りで夫のアリアなどはこんな折の戀歌である。
 支那劇が歌劇であると云ふことを述べて見たいと思つて以上の話をしたのであるが、一體歌劇と云ふのは何であるか上場人物の唱歌を本位とした劇である、日本に於ても近來此歌劇熱が非常に盛になつて來た、帝國劇場でも歌劇をやる、有樂座でもやる、更に歌劇研究の爲に近代劇だとか何とかの名目の下に博士連中を始め段々非常の研究を重ねてをるが、其人々は殆ど皆西洋のオペラから何物か新日本風のものを得たいとしてあせつて居る、勿論西洋のはずつと進步してゐるから第一に研究すべきでもあらうが、東洋歌劇卽支那をも少しく研究して見ては如何であらう、必ず多少の得る所があるでらう、僕はこんなことを考へた爲に此一くだりをものしたわけである。劇壇の諸君以て如何と爲す。

〔蔵書目録注〕
  
 上の文は、大正二年十二月五日発行の雑誌 『支那と日本』 第三號 中華民國通信社 に所収のものである。
 文中の青字は、繰り返し。
 本ブログでは、『楽のかゞみ』中に作者の写真があり、「淸國保定府師範學堂 近森出來治氏」とある。
 なお、『近代日中関係史料 第Ⅱ集』 南里知樹編 龍溪書舎 1976年2月 の 資料1 中国政府傭聘日本人人名表(一九〇三~一九一二) に次の記載がある。  
     氏名    月俸    職名       司掌    本邦における官職   被聘年月 期限  出身地 備考  
  保定 近森出来治 銀120両 直隷師範学堂教習 音楽科教授 和歌山県師範学校教諭 M38.4  M42.1 高知 



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