・アルコール中毒(アルコール依存症)は一滴の酒を飲むと倒れるまで飲むといった、いわば自分を制御できなくなる病気です。繰り返すと廃人か死です。しかし、治す薬はありませんから、酒を絶ち、酒を飲まない意志を醸成するしかありません。しかも一滴たりとも手を出すともとの木阿弥です。精神病院は隔離された生活をすることができ、酒を断つことはできますが、果たして酒を飲まない意志を醸成することができるのでしょうか。
・少し正常を保つことができるようになれば、野外作業に出してもらえますが、目を放した隙に墓地の墓石のふたをとって酒瓶を見つけるし、ヒマワリ畑の水遣りをさせたら、放水に用いるビニールホースを隠しもち、外泊できる患者を手なづけて、それに焼酎を入てホースを素肌に巻きつけて来させたり、酒のことでは驚くべき知恵を働かせたのです。そのため、3年もの入院をよぎなくされ、開放されることになります。1975年、39歳のことでした。
・同じアル中治療で入院していた人の紹介で若松の古鉄回収業の梁川商店で働くことになりました。店主の梁川正夫さんは、法律を学んだ学士ですが、脱サラしてこの仕事をする異色の人です。奥様とは学生時代に結ばれました。小倉の刑務所からでてきたばかりの人が、ここを訪れ一宿一飯の恩義を感じて出て行くことあり、近所のじいさんがリヤカーを引いて古鉄を持ち込んで金をもらうとリヤカーを置き去りにしますが、しばらくして刑事と同業者が盗まれたリヤカーを取りに来ることあり、事情聴取で奥様が警察に。そんなこんなの人々が往来するのは人間・梁川さんの魅力でありましょう。
・豆腐のようになっていた健治の体はこの店で鍛えられ再び頑強な体になっていきます。この店を往来するのは人間ばかりではありません。飼うことを認知している動物は少ないのですが、小動物達は自由気ままです。オオムのアッ子ちゃんは
「ハセガワ、オーイ、ハセガワ」と店主の声そっくりに健治を呼びます。シェパードのアニラは金庫番です。ニワトリ達は梁川フャミリーの蛋白質を提供します。ウサギ、山羊、アヒルも居ます。
・牛肉の輸入で酪農業者が廃業し始めた頃、梁川さんは牛を飼うことを始めます。古鉄回収で鍛えられた健治でしたがその牛を担当することになりました。やがて牛の数は50頭にもなり、洞海湾の浚渫や製鉄所で生じる石炭ガラで埋立られた若松北部の広大な地の一角にある梁川商店はその敷地の半分を牛が占めるようになります。牛舎の片隅の小さな家で寝起きをする健治は、朝早く一通り牛の世話を済ませると、市街にでて食堂の残飯を集め、配合飼料と混ぜて牛に食べさせます。牛はうるんだ大きな目で健治に体を摺り寄せてきます。
・ある日、届いた配合飼料をとりにコンテナの中に入った時です。キューと胸を締めつける妖しい気分になりました。奥さんが漬けたばかりの梅酒の瓶があったのです。青青とした梅だけが残った瓶を奥さんが見つけたのは夕刻のことでした。健治はそのころ、この世を儚んだような目をして軒下をさまよう人になっていました。

「船・小屋」1985年長谷川健治作
健治が住んでいた当時の若松の埋立地を思わせる。
・少し正常を保つことができるようになれば、野外作業に出してもらえますが、目を放した隙に墓地の墓石のふたをとって酒瓶を見つけるし、ヒマワリ畑の水遣りをさせたら、放水に用いるビニールホースを隠しもち、外泊できる患者を手なづけて、それに焼酎を入てホースを素肌に巻きつけて来させたり、酒のことでは驚くべき知恵を働かせたのです。そのため、3年もの入院をよぎなくされ、開放されることになります。1975年、39歳のことでした。
・同じアル中治療で入院していた人の紹介で若松の古鉄回収業の梁川商店で働くことになりました。店主の梁川正夫さんは、法律を学んだ学士ですが、脱サラしてこの仕事をする異色の人です。奥様とは学生時代に結ばれました。小倉の刑務所からでてきたばかりの人が、ここを訪れ一宿一飯の恩義を感じて出て行くことあり、近所のじいさんがリヤカーを引いて古鉄を持ち込んで金をもらうとリヤカーを置き去りにしますが、しばらくして刑事と同業者が盗まれたリヤカーを取りに来ることあり、事情聴取で奥様が警察に。そんなこんなの人々が往来するのは人間・梁川さんの魅力でありましょう。
・豆腐のようになっていた健治の体はこの店で鍛えられ再び頑強な体になっていきます。この店を往来するのは人間ばかりではありません。飼うことを認知している動物は少ないのですが、小動物達は自由気ままです。オオムのアッ子ちゃんは
「ハセガワ、オーイ、ハセガワ」と店主の声そっくりに健治を呼びます。シェパードのアニラは金庫番です。ニワトリ達は梁川フャミリーの蛋白質を提供します。ウサギ、山羊、アヒルも居ます。
・牛肉の輸入で酪農業者が廃業し始めた頃、梁川さんは牛を飼うことを始めます。古鉄回収で鍛えられた健治でしたがその牛を担当することになりました。やがて牛の数は50頭にもなり、洞海湾の浚渫や製鉄所で生じる石炭ガラで埋立られた若松北部の広大な地の一角にある梁川商店はその敷地の半分を牛が占めるようになります。牛舎の片隅の小さな家で寝起きをする健治は、朝早く一通り牛の世話を済ませると、市街にでて食堂の残飯を集め、配合飼料と混ぜて牛に食べさせます。牛はうるんだ大きな目で健治に体を摺り寄せてきます。
・ある日、届いた配合飼料をとりにコンテナの中に入った時です。キューと胸を締めつける妖しい気分になりました。奥さんが漬けたばかりの梅酒の瓶があったのです。青青とした梅だけが残った瓶を奥さんが見つけたのは夕刻のことでした。健治はそのころ、この世を儚んだような目をして軒下をさまよう人になっていました。

「船・小屋」1985年長谷川健治作
健治が住んでいた当時の若松の埋立地を思わせる。