川に係留している小型船舶が転覆しそうになっている。もう、何か月も放置状態になっていて、この川には、その他にも沈んでしまってそのままになっている他の船も何隻かありそうだ。船の所有者と河川管理者の責任感の無さには呆れて物が言えない。今年は昭和98年であると言うが、昭和の派手やかで活気に満ちていた時代は既に過ぎ去りつつあり、令和の世の中から先の時代になるにつれ、このような風景ばかりになるのだろうか。そういえば、札幌五輪の誘致活動は一旦取りやめになったそうだ。道路や橋、新幹線や巨大なビル群、オリンピックの誘致と、電通などの元幹部が介在した汚職事件、後に残ったのは巨大な施設とその運営管理費の赤字、大阪万博も、果たして予定通りに開催出来るかと危ぶまれる状態にある。昭和の時代に開かれたオリンピックや万博は、文字通り夢の祭典であったが、令和の時代の祭典は、失敗と汚職のオンパレードだったのだろうか。オリンピックに協賛した企業が、派手な宣伝カーを全国に派遣して、それを見たのが、つい最近のような気がする。私は、それを見て、心の中で、派手な「チンドンカー」だなあと馬鹿にしていた。後で、五輪に絡む汚職事件が判明して、その時に感じた違和感が正しかったと頷いたものだった。
そう考えれば、ジャニーズ事務所の問題も、大いに昭和の感じがする。アイドルに憧れる少年達を合宿所に集め、毎夜のように性を弄んだ、醜悪で、ある面では魅力的な一人の老人。それに対して、オーム真理教や統一教会の信者さながら、ジャニタレや、そのファン達は、未だに、その空気感から抜け出ようとしていない。事務所は、記者会見をする度に、まだ何かを隠蔽しようとしている様子がありありと透けて見える。余りにも内向きであった為に、世間の常識に追い付いていない。テレビ局などのマスコミも、漸く、一部の局では、自らの忖度体質を認めつつあるが、未だに、「確かに、報道も、営業・編成に左右されてきたが、それの何が悪いのか。」と開き直る声すらある。マスメディアと名乗る資格が問われているのに、それすら理解出来ない輩がいるのだろう。そういう輩は、昭和の意識のまま、限りなく縮小化し、没落していく日本であっても良いのだろう。これは一芸能事務所の問題だけではなく、政治や企業の問題でもあり、日本社会全体の問題でもある。例えば、我が国は、小さな病院が多いものの医師不足であると言う。医師会という狭い村グループの利権を守る為に、国や医師会は、今まで医者になる人の数を制限をしてきて、ここにきて、医者不足で高齢者や出産とかにも対応出来なくなる可能性があると言う。「何なんだ、その無責任さは、」と言いたい。こうなったら、医師免許所持者を増加させ、他の国とも医者のライセンスの相互認証をして、国際的に活動する医師をどんどん増やすべきではなかろうか。