舞い上がる。

日々を笑い、日々を愛す。
ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

それでも今を生きていくのだ。

2024-06-27 23:19:54 | Weblog
松本から帰ってきて4日ほど経ちますが、ちょっと松本の思い出を振り返ります。
6/22(土)の夜、そうめいとタケインの家に泊めてもらった時、大学の話になりました。

僕は農学部の出身なのですが、今の自分が美術にばかり興味を持って理系の要素がまったくない人間のせいか、理系の農学部出身と言うと意外がられることがあります。
しかし、農学部に進学したのには当時の自分なりにそれなりの理由があったのです。

そもそも僕は将来のことを考えるのがずっと苦手で、にもかかわらずそこそこ学校の勉強だけはできてしまったのでそこそこの進学校の高校に進学してしまったこともあり、典型的な勉強したいことが分からないまま大学に進学することになってしまった人間です。
そんな人間が進路を考えるにあたり、何を勉強したいか分からないなら、人間の一番基礎みたいな学問を学ぶのはありなんじゃないかと考えて、農学部を選択したのです。

なんというか、食は人間の基礎!土の触れるのは人間の基礎!みたいな気持ちです。
実際、農業実習はとても楽しかったのですが、でもいわゆる理系の実験とか研究は不器用なのでまったく苦手でしたね。

特に実験は班ごとに行うので、僕が実験に失敗すると班全体の作業が遅れて周りにも影響してしまうのがなかかつらかったですね。
これは今思えば発達障害のせいなのですが、まあ、そんな人間がよく卒業したと思います。

で、そんな話をそうめいとタケインにしたのですが、「普通はそういう感じの人間は、とりあえず人文学部や経済学部に行きがちなんじゃない」と言われて、そうだったのか!と初めてそういう世の風潮を知ったのです。
ただまあ、そもそも受験制度とか大学進学みたいなシステムが苦手な人間なので、文系に進学していても結局挫折していたと思うので、まあ結果的にこれで良かったと今では受け入れてします。

とはいえ、今となっては絵を描いたり美術鑑賞が好きな人間なので、美術系の学校に進学すれば良かったんじゃないかと思うことは時々あります。
ただ、この日たまたま大森靖子さんが美術学校時代の思い出をツイートしていて、美術学校に進学してもそれはそれで自分も居心地が悪かったんじゃないかという気もしてきました。



あと、もしも美術の勉強をしていたら、アール・ブリュットにならないですからね。
障害者アーティストになった今、当時の失敗や挫折の経験が創作に生きてくることもあるし、まあ結果的にこれで良かったのかもしれないなと思います。

ただ、小森はるかさんも美術学校の出身なのですが、小森さんみたいな人に出会えれば美術学校でも楽しかったかもしれませんね。
とはいえ、今は小森さんとスタンディングができているのだから、これで良かったと思うことにしています。





オチが思いつかなかったので、自撮りを載せておきます。
スタンディングにちなんで、この服がパレスチナカラーっぽいことに気付きました。
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