11月1
天皇に直訴状を手渡した⬅︎山本太郎代議士が
▶▶天皇と政治
宮台真司
宮台 真司
山本太郎議員の直訴問題から考える「天皇と政治」
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▼皇室の儀典書の返還を求めにきた韓国大統領。
李王朝様式の一時貸し出しだったようだ。
李王朝の二番煎じの古代王国ニッポン皇室の空洞化。
モノマネの終焉。
宮内庁の【朝鮮王朝宝物】返還の菅大臣
山本太郎議員の直訴問題から考える「天皇と政治」/社会学者・宮台真司 ...
2013年11月2日 ... 山本太郎議員の直訴問題から考える「天皇と政治」/社会学者・宮台真司. 2013年11 月1日に放送された、TBSラジオ・デイキャッチャーズボイス「天皇陛下に手紙。山本太郎 議員の行動に批判相次ぐ」を紹介します。 (所要時間:約14分).
www.at-douga.com>@動画>歴史・人物
宮台真司 「天皇と政治」 2013.11.01 - YouTube
宮台真司 「天皇と政治」 2013.11.01 - YouTube
2013年11月01日(金)デイ・キャッチャーズボイス 山本太郎議員の直訴問題から考える 「天皇と政治」 荒川 ...
再生時間:13:52
投稿日:6 日前
www.youtube.com/watch?v=ufADhkgSOgs
山本太郎議員の直訴問題から考える 「天皇と政治」 @宮台真司
2013年11月2日 ... 福島第一原発事故を契機に「原発」をキーワードとした、新聞記事、ブログ、動画などの 情報収集を始めました。私のスクラップブックです。(by iwane).
海外「サンキュー、太郎」
その理由とは
• 更新日:2013年11月1日
• カテゴリー:政治
先月31日に東京・赤坂御苑で開かれた秋の園遊会で、
山本太郎参院議員(無所属)が天皇陛下に直接手紙を渡す場面があった。
山本氏は記者会見で、
「原発事故での子供たちの被ばくや事故収束作業員の劣悪な労働環境
の現状を知ってほしかった」と語った。
陛下は受け取ったが、すぐにそばにいた侍従長に渡した。
陛下からの言葉はなかったという。
菅義偉官房長官は同日、
「陛下に園遊会のような場で手紙を渡すことがその場にふさわしいか
どうか、参加した方が常識的に判断することだ」
と不快感を示した。
参議院議院運営委員会は1日に理事会を開き、
「天皇の政治利用に当たる」との認識で一致した。
同理事会は5日に再び処分を検討する。
【前代未聞の山本氏の行為に対して、海外ネットユーザーからは賛否両論】
山本氏は
「マスコミが報じなければ、政治利用にならない」と主張している。
ロイターは、
日本の国会議員がタブーを破ったとの見出しで報じた。
日本のメディアやインターネット上では
彼の「下品」な行為を批判する声が多く、「議員辞職」を求める声も
あると伝えている。
一方
ロシアのニュース専門局RTは
「福島はタブーか?」との見出しで報じた。
ロシアのニュース専門局RTではコメント欄に、
「天皇の政治利用にほかならない」との意見の他、
「日本のメディアは、山本氏が反原発世代で若者に 影響力がある
からバッシングしている」
「真実を語ることが天皇への侮辱になるのか」
「福島の問題は世界で取り組むべき」
「サンキュー、太郎」など、
山本氏 を擁護するコメントが多く寄せられている。
また、Redditにおいても、
「天皇は政治にかかわることはできないが、
彼のこの行動が福島に対しはプラス」 などの擁護する意見が目立つ。
【なぜ海外では好意的なコメントが目立つのか?】
このように、山本太郎氏の行動に対して好意的な意見が多い原因
として、日本と海外での視点の違いがあると考えられる。
日本では天皇の政治利用にあたるの ではないか、という部分が
主要な争点になっている。しかし海外では
このニュースでは「反原発を掲げる山本太郎氏の主張」が
注目されがちである。
そのため興 味を持ちコメントする海外ネットユーザーは限定的で、
その中に原発反対派が多いことは容易に予想されるだろう。
なおRTは、2013年8月に、福島原発が最悪の事態を迎えることを
想定する内容の記事を掲載していた。
山本太郎参院議員
、天皇陛下に手紙渡す
秋の園遊会で
2013年10月31日19時08分
写真・図版
秋の園遊会で、山本太郎参院議員から文書を受け取る天皇陛下
=31日午後、東京・元赤坂の赤坂御苑、河合博司撮影
山本太郎参院議員(無所属)は31日、東京の赤坂御苑で同日に
開かれた秋の園遊会で、天皇陛下に手紙を手渡した
ことを明らかにした。
「原発事故での子どもたちの被曝(ひばく)や事故収束作業員
の劣悪な労働環境の現状を知ってほしかった」
と記者団に説明した。
山本議員と記者団のやりとり
山本氏は30日に手紙を書き、
陛下に園遊会で原発事故の現状を訴えて「手紙を読んで頂けますか」
と直接手渡した。陛下からの言葉はなかったという。
山本氏は今年7月の参院選東京選挙区に「脱原発」を掲げて立候補し、
初当選した。記者団が、陛下を政治的に利用することになるのでは
ないかと問うと、山本氏は
「政治以前の問題だ。身分を横に置かせて頂いて、一人の人間として
現状を伝えたかった。園遊会で手紙を渡すことが禁じられている
とは聞いていない」
と述べた。
◇
菅義偉官房長官は31日午後の記者会見で、山本氏の行為について
「陛下に園遊会のような場で手紙を渡すことがその場にふさわしいか
どうか、参加した方が常識的に判断することだ」
「常識的な線引きはあるだろう」
と述べた。
参院議院運営委員会は1日午前11時に理事会を開き、対応を協議する。
外部サイト関連記事
Fukushima taboo? Politician draws Japanese Emperor into nuclear controversy
Japan lawmaker breaks taboo with nuclear fears letter for emperor
山本太郎参院議員、天皇陛下に手紙渡す 秋の園遊会で
Reddit
キーワード
原発
▶︎阿修羅より『天皇のルーツ』
山口県田布施町の怪(上)
《1》
鬼塚英昭氏の新著『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を読むと、
日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に国家を乗っ取られた
ということであることが解る。
長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのことである。
熊毛郡の田布施町を中心にしている。ここは
光市と柳井市に挟まれた寒村だった。
大室寅 之祐=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、宮本顕治、
河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、
賀屋興宣などである。
むろん、岸信介、佐藤 栄作、安倍晋三は、田布施一味の末裔である。
小泉前首相の父・純也は、
鹿児島の田布施(現在は加世田市金峰町)出身の朝鮮人である。
鹿児島の田布施も山口県の田布施と同じ、朝鮮人である。
小泉純 也は上京して小泉又次郎というヤクザ(刺青大臣と言われた)の
婿養子となって「小泉姓」を名乗り、日本国籍を取得したのだ。
小泉の次に安倍政権、そのいず れもが朝鮮人だった田布施の出身で
あることが偶然であるわけがない。
ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取りを支援
しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきたのだ。
ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくしている。
例えばとして、鬼塚氏は幕末に英国公使パークスは、
外交官アーネスト・サトウを使って日本の被差別を調査させて いる。
『日本のいちばん醜い日』に益田勝実氏の文章が引用されている。
「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、明治以前に生まれた
長州の老人たちによく聞かされことだったが、近代天皇制以前には
京都に天皇家はあった が、天皇の国家はなかった。
尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得された
もので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られた
ものではなかった。かれらが求めている天皇と現実の天皇と、
いくらか融和出来るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、
……激化すると、天皇を取り換え てしまうほかなくなる。
わが家に空襲で焼けるまであった孝明天皇使用の皿は、おそらく
まだ長州と天皇の間がうまくいっていた、蜜月時代に
もたらされたものだろう。
奇兵隊挙兵の翌 年、1866年(慶応2)の暮れには、
孝明天皇は謀殺されてしまった。もちろん、仕組んだのは
江戸幕府ではない。志士側で、
天皇が倒幕の障害になりはじめ たからである。今日では、
このことはもう公々然の秘密となっている。
(益田勝実『天皇史の一面』より)」
益田勝実は長州の国家老一族である。だから田布施の住民を虐げた側と
いうか、支配した(あるいは敵対した)側である。その子孫である
益田勝実が、「てんの うはん」、つまり、山口県熊毛郡田布施町麻郷
(おごう)に生まれ、孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり、
明治天皇となった真相を突いたのだ。
『日本のいちばん醜い日』では、「大室寅之助は田布施の生まれ、
伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族
である。
また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして、
木戸幸一も系図に入ってくる。
京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、
近衛文麿に教えた河上肇も一族である。 そして、
大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。
この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。
また、元外相松岡洋右も岸信介の一族であ る。
あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も大室寅之助の生家の近く
である。
……大室寅之助が南朝の末裔であるという説があるが、
確たる証拠は私の調べた限りではなに一つない。むしろ、
北朝鮮系の被差別民ではないのか、と思っている。」
(「日本のいちばん醜い日」より)
明治維新から日本の国家中枢に君臨する一族には、このような真相が
あるのである。
鬼塚氏も書いているが、瀬戸内海の沿岸や島々には被差別が多い
そこからアメリカや中南米に移民として行かされた人も多い。
「家船漁民」といって船上で暮らす人々も瀬戸内地方には多かった。
いずれも彼らはマレーシア方面から漂着した平家系の民であろう。
源平の戦いがあった平安末期、貴族となって権勢を誇った平清盛一族は
(八切止夫によれば)マレーシア方面から比較的新しく紀伊半島に
“鉄器を持って” 漂着した部族であった。
その彼ら貴族化した平家を、それ以前に土着していた
北条氏らの平家一族が源氏(頼朝や義経)という馬を扱える部族を
使って日本国内 から放逐したのがあの源平の戦いである。
だから清盛一族側の貴族化した平家は、
海洋民族だったから騎馬戦は得意ではなく、義経に追われると
瀬戸内海を下関 (壇ノ浦)まで逃げた。
当然瀬戸内海には海洋民族である土着の平家系のいわば海賊もいた
のだが、彼らは北条側の平家に就いて義経に協力したため、
貴族化し た平家らは撤退せざるを得なかった。だから源平の戦いとは
本質的に“新来の平家”と“旧来土着の平家”との内ゲバであった。
それで勝った側の北条平家は、源氏系統=北朝鮮系を皆殺しにし、
生き残った源氏系部族人間は
別所などと言われる被差別に追い込んだ。
おそらく瀬戸内 一帯に土着していた源氏系の部族も
別所などの被差別に押し込めて、まともな活動ができぬように
圧迫したと思われる。
その一つが山口県の熊毛郡なのであ ろうし、
遠く鹿児島にも同様の田布施として源氏系を作ったのではないか。
田布施という所は「正直いって住むのに悪条件だらけの土地であった」
と鬼塚 氏は書いている。あるいは「やたらと寺の多さに気づく」とも
書いている。
権力者が寺院を使って被差別を抑えつけたのだろうし、本来は
白山信仰を持ち仏 教には転向しない源氏系(北朝鮮系)を強引に
仏教徒にしようとした痕が、田布施の寺の群れなのだろう。
鬼塚氏は、
田布施出身の大室寅之祐の家が漁業を営んでいないことを指摘している
ということは大室家が平家ではないことを意味している。
平家系の庶民の職 業は、漁民か百姓と決まっていたからだ。
鬼塚氏は大室寅之祐が北朝鮮系の被差別民ではないかと言っている。
「週刊朝日」06年10月6日号に掲載され た「家政婦は見た
~安倍晋三研究」で、安倍家の家政婦の証言として、安倍晋三の父
・晋太郎は、日頃から「自分は朝鮮だ」が口癖で、亡くなったときの
遺骨を 見ても韓国系の体型だったと言っている。
山口県田布施町の怪(下)
《2》
現在の天皇家としては明治天皇=大室寅之祐の血筋は途切れたものの
田布施(または熊毛郡)出身の一族郎党が国の権力を握っている
ことに変わりはないよう だ。安倍晋三が首相を辞めない
(辞められない?)その傲慢さも、彼が明治以降に日本を牛耳って
きた権力を受け継いでいるからだろう。
それに安倍晋三は統一 教会と縁が深いのだから
まさに朝鮮半島勢力である。明治天皇とその取り巻きが、なにせ
田布施出身の朝鮮人系統なのだから、現実の政治はその流れに沿う
ので ある。
終戦時(と開戦時)に外相だった東郷茂徳は、
鹿児島の朝鮮人出身である。本名は朴茂徳である。
鹿児島ではあるが、田布施と同じ出自なのだ。だから昭和 天皇は
終戦の大事な時期に、東郷茂徳を起用した。東郷に外交ルートを使った
終戦工作、すなわち天皇の身の保全と、天皇家の蓄財の隠蔽を命じた
のである。
東 郷はA級戦犯となり、服役中に病没しているが、
おそらく真相を知る人間だから消されたのであろう。
先に紹介したが、終戦時の安倍源基内務大臣は熊毛郡の出身で、
安倍晋太郎・晋三との結びつきは不明らしい(家紋は同じ)が、
大室家とは親族だという。
安倍 源基は周知のように、
戦前、警察権力を一手に握った男で警視総監をやり、特高警察で君臨
した。
言ってみればゲシュタポかKGBの親分のようなものだ。
権力 者にとっては重要なポジションである。
これもまた朝鮮人系が握っていたのだ。
さらに。鬼塚氏が指摘しているのは、
終戦時の内閣では大分県出身者が多いという。
阿南惟幾陸相(竹田市出身)、
梅津美治郎陸軍参謀長(中津市出身)、
豊田 副武海軍軍令部長(杵築市出身)、また
重光葵(東久邇宮内閣外相)は国東半島出身。
大分県は瀬戸内海で田布施とつながっている。この辺りは、
先の家船漁民 の活動範囲であって、その交流のなかで婚姻関係が結ばれ
ていたはずなのである。つまり
昭和天皇は同じ朝鮮人関係者で、敗戦処理を行なったのであった。
こうして見てくると、どうして明治権力が朝鮮半島に侵出したか、
しかも朝鮮半島をいわゆる植民地化せずに“内地化”して、
インフラ整備を徹底的に施し、 “内鮮一致”を押し進めたかがわかる。
つまり日本が稼いだ富を祖国・朝鮮半島にせっせと注入したのだ。
また日本国内に在日朝鮮人を大量に残し、厚遇してき たかもわかる。
権力者どもにとっては同族だからだ。
わざと(ユダヤの指示で)日本国内に火種を残したとも言えるだろう。
北による拉致だってわかったもので はない。
総連や北の工作員だけでなく、こうした闇のルートが拉致に介在した
可能性もあるし、現在も小泉や安倍という朝鮮系の人間が首相を
やっているのだか ら、闇は深まるばかりだ。
こうして見てくると、話はやや飛ぶが、
「アカシックレコード」の佐々木敏氏や、
「国際情勢の分析と予測」サイトが指摘する、日本と北朝鮮は本当は
かなり親 しい関係にあって、ケンカしているように見せているのは
表面的なことではないか、との予測は当たっている
のかもしれない。
冗談に聞こえるのだが、北の金日 成や金正日は、「日」の字があって
親日の意味がこもっているのだとの説もあながち荒唐無稽な話では
ないのかもしれない。
つまり、われわれは「日」といえ ば日本の「日」だと固く思いこんで
いるが、そうではなく、もうちょっと東アジア一帯という視点を持つと
、北朝鮮系とそれに呼応する日本の源氏系(?)との 連携(=同族)
を意味する言葉が「日」なのかもしれない。
「アカシックレコード」の佐々木敏氏は
しきりに中朝戦争の危機を指摘している。安倍政権は中朝戦争に反対
していると言われ、だから何がなんでも政権を維持 して、祖国(?)
北朝鮮が戦争に巻き込まれないように、あるいは中朝戦争によって
東アジアの朝鮮族連合が破綻しないように、
必死なのかもしれない。
安倍政 権が転覆すれば中朝戦争が必至とも予測されるなか、
韓国系やら北系やらの思惑が交錯しているのが現況なのか。
今度の朝鮮南北首脳会談もそれを受けてのこと とも考えられる。
《3》
さらに鬼塚氏は興味深いことを書いている。
明治天皇の生母とされる中山慶子(つまり孝明天皇の種をもらった女性)
の墓が東京・文京区の豊島ケ岡墓所にあ る。
ところがこの明治天皇の生母の墓を、
明治天皇を始め皇族まで誰も参拝に行っていないのだという。
現在の中山家当主は、鬼塚氏の問い合わせに
「生母に関 しては箝口令がしかれていて、一切答えられない」
と言ったそうだ。
これはつまり、明治帝がやはり孝明天皇と中山慶子の子ではない
ことの証明である。生前に明治天皇は生母に会ってさえいない。
「この人間関係の冷たさがーー たとえ生母でなくても会えばいい
ではないかーー日本の暗黒をより深くし、日本を太平洋戦争へと
突き進ませたと思えてならなかった」
と鬼塚氏は書いた。
その とおりである。
昭和天皇も今上天皇もその他皇族も、孝明天皇の子孫と思うのなら、
中山慶子の墓を粗末にするはずがないのだ。
先に「現在の天皇家は、明治の大室寅之祐の血筋は途切れた」と書いた
が、大正天皇はどうやら大室寅之祐の子らしいが、昭和天皇は
大正天皇の子ではないから である。
西園寺八郎と貞明皇后のあいだの子とされる。
その事情を『日本のいちばん醜い日』で詳述している。
西園寺八郎は
毛利家から公家の西園寺公望(元老 でありフリーメースン)の養子に
なった人物で、宮中深く浸透した。
大正天皇とは学習院で同級生だった。その息子公一(きんかず)は、
コミュニストでゾルゲ 事件に連座したが、親(八郎)のよしみで釈放
されている。
明治天皇も伊藤博文も、
大正天皇に子どもができないことを知っていたので、西園寺八郎を
貞明皇后に近づけたとされる。
それを鬼塚氏は詳細に検証していく。
そして、大正天皇の子4人(昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮)は
いずれも父親は別とされる。
みんな顔が似ていない。(浩宮と秋篠宮もまったく似ていない が…)
鬼塚氏は、
秩父宮が2・26事件の策を練り、
終戦時の8・15宮城事件は三笠宮が策を練ったのだと断言している。
どちらのクーデターもヤラセだった。
貞明皇后(節子*さだこ)はしきりに世継ぎに介入したとされる。
秩父宮を溺愛し、裕仁より秩父宮を天皇にしようと暗躍した。
貞明皇后は長州が嫌いだったので、薩摩系の良子を昭和天皇の嫁に
しようとして「宮中某重大事件」を起こしている。
貞明皇后は五摂家のひとつ九条家から嫁したとされるがウソで、
武蔵野のある大農家の娘だったという説と、
彼女の本名は朱貞明だという説がある。
中国か朝鮮 であろう。
朱貞明は、明治政府が徳川幕府から接収した皇居(千代田城)を、
高級遊郭にしたのだが、そこに召し出された女性だという。
千代田城は「千代田遊 郭」と呼ばれ、伊藤博文や大室寅之祐らが、
維新で職を失った旗本の娘から美女を選んで囲ったもので、
天皇と重臣の遊び場だった。
朱貞明が長州の侍に騙され たかして千代田遊郭に入れられ、
後に大正天皇の嫁にさせられたとするなら、長州嫌いになったわけも
わかる。
貞明皇后は
秩父宮の妃を迎えるにあたっては、わざわざ朝敵とされた会津藩松平家
から勢津子を選んで、長州への面当てをやった。
(ちなみに勢津子のかかりつけの美容師が吉行あぐりである)
この会津から皇室への婚姻で、会津の人は喜んだというが…。
今上天皇が堂々、
天皇家の祖先は朝鮮から来たんだと記者会見で言って、驚かされたが、
つまり今上天皇は、祖母の貞明皇后が朝鮮系であることを述べていた
のだと思われる。
いずれにせよ、かように日本上層部は、
民族的怨念と覇権を巡っての暗闘を続けているのであって、
現在の自民党や民主党ら政党の争いとか、霞ヶ関の官僚の争いも、
そうした背景を知らねば解明はできないものと思われる。