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結婚後の「孤独感」、どうやって克服?(後編)

2019年01月06日 | 人生

(「男女の競争」を家庭のなかに持ち込まないこと)

したがって、学生時代に持っていたような、進学校カルチャーにある「男女の競争」といったものを家庭に持ち込まないことが大事でしょう。

 

例えば、共通の趣味があったり、専門分野が近かったりしたために、仲良くなって結婚するケースも多いとは思うのですが、それがあまりにも競争的なものになると厳しくなります。

 

学者の世界でも、夫婦そろって学者という方もいますが、それでうまくいく場合もあるとはいえ、妙に競争心が残っているために、うまくいかない場合もあります。特に、女性のほうが活躍し始めると、男性のほうのプライドが耐えられなくなることも多いでしょう。

 

もちろん、逆に“ナイト(騎士)”と化して、奥さんを送り出すことに喜びを感じるような男性もいることはいるので、このあたりについては難しいところはあるかもわかりません。

 

ただ、学者同士の場合は、なるべく研究のジャンルがズレていたほうがよいとは思います。重なっていると、どうしても優劣が出すぎる面があるのではないでしょうか。

 

あるいは、女性にも経営者的な能力を持っている方もいるので、男性と一緒に事業などをしていても意見が分かれることはあると思います。その場合、伝統的にある程度、法制化されている仕事であればよいでしょう。

 

例えば、旅館や料亭のように、「女将(おかみ)」というかたちで女性のやるべき仕事が決まっていれば、夫のほうは一歩下がって、後ろで採算を見たり、厨房(ちゅうぼう)の責任者をしたりすることもあります。やはり、女性が前面に立たないと人気が出ないような職業もあるので、そういうところでは住み分けができているとは思うのです。

 

ただ、そういう体制になじめないタイプの人には、それなりに厳しいことが起きるかもしれません。そして、この世での不適合が起きた場合、現在では「離婚」や「再婚」も多くなっています。また、それも一概に悪いとは言えず、そのほうがよい場合もあるでしょう。

 

例えば、老舗旅館の娘で、女将として跡を継がなくてはいけない立場にある人が、頭のいい男性が好きだからということで、学生時代から一緒だった人と結婚したとします。ところが、その男性が中央官庁に勤めており、夜中まで帰ってこないとか、明け方に帰ってくるとかいうような場合、どうなるでしょうか。

 

女性のなかにも、「夫が家にいないから楽でいいわ」と開き直れる方もいるかもしれません。しかし、まったく家の役に立たないとなれば、やはり、「そんな人よりも、料理人出身で旅館を支えるなり、経営を見るなりしてくれる人のほうが一緒にやっていきやすい」と思うようになるでしょう。結局、どこかで衝突して、乗り越えられなくなるのではないかと思うのです。

 

ただ、ある意味では、それも一つのお導きではあるので、自分にふさわしい相手と組み替えることもしかたがないのかもしれません。特に、今世(こんぜ)の人生は少し長くなっているので、職業設計上、うまくいかない場合もありえるとは思っています。

 

(孤独のなかで〝蜜(みつ)“をつくる)

いずれにしても、新しい“応用問題”に対して、どのように道を切り拓(ひら)いていくかが試されることになります。それは、学校で一斉授業を受け、一斉テストをして試される以上のものでしょう。なぜなら、さまざまな職業において、個別具体的な応用問題を解かなければならなくなるからです。

 

その意味で、「人間としての賢さ」には、この世的な側面もあるとはいえ、やはり、「悟り」の姿として求め続けなければいけないところもあるのだと思います。それを十分に考えた上で、自分なりの一手を指していくことが、大事なのではないでしょうか。

 

もちろん、才能ある女性が、「自分の才能の一部を割いてでも支えたい」と思える男性に巡り会えたら、それは幸福だとは思います。しかし、「そうしたことは無駄だ。自分自身の才能を少しでも花開かせなければ、今世、納得ができない」と感じるようであれば、葛藤(かっとう)は免(まぬが)れないかもしれません。

 

なお、「孤独」に関しては、人間にとって一生ついて回る問題ではあります。

例えば、学生時代であっても、勉強をしているときには孤独であろうし、職業に就いても、独身のときは孤独であろうと思います。そして、晩年にも孤独のときは再び訪れるわけです。

 

「子供が巣立っていく」、「夫が先に死ぬ」、あるいは「妻が先に死ぬ」というようなことは、よくあることでしょう。中年期の四十代ぐらいで夫を亡くしたり、妻を亡くしたりする方もたくさんいるのです。

 

したがって、孤独というものは、人生の課題の半分を占(し)めているものだと思わなければいけません。やはり、「孤独の時間のなかで、いったいいかなる蜜(みつ)をつくるか」が大事なのです。そして、その蓄(たくわ)えた“蜜の部分”が智慧(ちえ)となって、人間として一段と成長することになるのではないかと思います。

 

---owari---

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