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祖国の自由独立のための『学問のすすめ』(前編)

2023年08月29日 | 日本
「人民独立の気概」を持った国民が、国家の自由独立を護る。

(「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」)
福沢諭吉の『学問のすすめ』は、出だしの「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」があまりにも有名で、人間の平等を謳った本と思い込んでいる向きも多いだろう。しかし、その先入観は、それに続く一文ですぐに打ち破られる。

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しかし、この人間の世界を見わたしてみると、賢い人も愚かな人もいる。貧しい人も、金持ちもいる。また、社会的地位の高い人も、低い人もいる。こうした雲泥の差と呼ぶべき違いは、どうしてできるのだろうか。
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人間は平等だという建前とは別に、この世の中に貧富、貴賤、賢愚の違いがあるのは何故か、という問題提起なのである。諭吉はその理由をこう説明する。

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その理由は非常にはっきりしている。『実語教』という本の中に、「人は学ばなければ、智はない。智のないものは愚かな人である」と書かれている。つまり、賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ。
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ここまで読むと、『学問のすすめ』とは個人が賢く貴く豊かになるために学問が必要だと説いている、と即断する読者もいるだろうが、それもまた一面的な理解である。

 
(学問の目的は「自由独立」)
諭吉は、学問をする目的を次のように説いている。
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いま学問をする者は何を目的として学問をしているのだろう。
「何者にも束縛されない独立」という大義を求め、自由自主の権理を回復する、というのが目的だろう。

さて「自由独立」というときには、その中にすでに義務の考え方が入っていなければいけない。独立とは、一軒の家に住んで、他人に衣食を頼らないというだけのことではない。それはただ「内での義務」というだけのことだ。なお一歩進んで、「外での義務」について考えなければならない。

これは、日本国にあって日本人の名をはずかしめず、国中の人と共に力をつくして、この日本国をして自由独立の地位を得させて、はじめて内外共に義務を果たしたと言えるのだ。
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「自由独立」とは、明治の日本人にとって抽象的な概念ではなく、現実の問題だった。幕末にアメリカの黒船による圧力のもとで開国させられた日本は、インドや東南アジア諸国のような完全な植民地となるか、中国のような半植民地状態に転落する危機を迎えていた。その危機を、諭吉は香港で目の当たりにした。

幕府の外国方(今の外務省にあたる)で翻訳に従事していた諭吉は、ヨーロッパ行きの命令を受け、文久元(1861)年12月、イギリス差し回しの軍艦で品川を出発し、香港に着く。

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いたるところイギリス船がいかりをおろし、その保護のために無数の軍艦が海上にあった。

中国人の小商人が艦にやってきて諭吉らに靴を売りつけようとしていた。諭吉は一足買うつもりで値段の交渉を始めた。退屈まぎれにわざと手間取っていると、事情を知らないイギリス人がそれを見て飛んできた。

何か狡猾な小商人とでも思ったのか、その靴をサッと奪い取り、2ドルを諭吉に出させると、中国人に投げ与え、ものも言わずにステッキをふるって艦から追い出してしまった。中国人は価の当否も言わずただ恐縮して出て行った。

これを見た諭吉は・・・慨然として国力の差を痛感し、世界の海を制圧しているイギリスの国威を羨むしかなかった。
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イギリスの商船・軍艦が港を埋め尽くし、中国商人は靴の売り買いまで英国人の言うがままになっていた。「天は人の上に人を造らず」どころか、イギリス人は中国人の上に君臨していたのである。

 
(一国の自由独立とは)
諭吉は、一国の自由独立を次のように説いた。
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天理人道(天が定めた自由平等の原理)にしたがって交わり、合理性があるならばアフリカの黒人奴隷の意見もきちんと聞き、道理のためにはイギリスやアメリカの軍艦を恐れることもない。

国がはずかしめられるときには、日本国中のみなが命を投げ出しても国の威厳を保とうとする。これが一国の自由独立ということなのだ。
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「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と同様、「天は国の上に国を造らず、国の下に国を造らず」というのが、諭吉の考えた「天理人道」であった。しかし、現実世界はそうではない。中国人は、なぜイギリス人に奴隷のように扱われるようになったのか。

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中国人のように、自国よりほかに国がないように思い、外国人を見れば「夷狄夷狄(野蛮人め!)」と呼んで動物のように扱い、これを嫌い、自分の力も客観的に把握せずに、むやみに外国人を追い払おうとして、かえってその「夷狄」に苦しめられている[アヘン戦争など]という現実は、まったく国として身のほどを知らないところからきている。
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なぜ、中国はこんな愚かな真似をしたのか。

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世の中で学問のない国民ほど哀れで憎むべきものはない。知恵がないのが極まると恥を知らなくなる。自分の無知のゆえに貧乏になり、経済的に追い込まれたときに、自分の身を反省せずに金持ちをうらんだり、はなはだしくなると、集団で乱暴をするということもある。
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中国人は学問をしなかったために、貧乏に追い込まれ、外国人に乱暴をしかけて、アヘン戦争に負け、結局は奴隷のような有様に落ち込んでしまったのだ。
 
---owari---
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