有志舎の日々

社長の永滝稔が、 日々の仕事や出版・学問などに関して思ったことを好き勝手に 書いていきます。

セドリ・古書・出版について考えました

2017-01-29 18:23:15 | 出版
1月上旬、初めて古書の均一祭(初日は1冊200円均一、2日目は100円均一)に、「本が育てる街・高円寺」(略称:本街)からの助っ人ボランティアとして参加しました。
そこで思ったことと、あとで古本屋さんから教えてもらったことです。

こういう古書の均一祭には、私たち学術書出版社が日頃やっている学会販売の10倍くらいお客さんが来るということにまず驚きました。
決して今回が特別に多かったわけではないようなのですが、10時の営業開始と同時に、厳寒のなかを外で待っていたお客さんたち100人くらいがドドドッ!と一斉に中に突入してきたのには面くらいました。
学会販売もこれくらいの勢いでお客さんが来てくれるといいのに、と羨ましくなりました。その後も、「ヒマだったら読もう」と思って持っていった文庫本を開く時間は全くなく、私が担当していたレジはひっきりなしにお客さんがやってくる状態。
「学会販売の10倍は忙しい」というのが私の印象でした。現状の学会販売は昼休みに忙しくなる程度で、あとの時間は殆ど閑古鳥が啼いている状態。「研究者の人も本を買わなくなったねえ」と版元同士で愚痴り合う時間がありましたが、古書市はそんなヒマは全くなく、怒濤のように時間が過ぎました。

それから、200円均一なのにスマホでアマゾンの古書値段を確認している人がいたのにも驚き。古本屋さんの話によると、アマゾンの古書売買や新古書店によって、古本マニアを含む一般人の「にわか古本屋」が膨大にわき出て、古書市のような安く仕入れることが出来る場所に集まってきているみたい。つまり、本に全く愛情などなく、単に安く商品を仕入れられればよいという、「にわかセドリ屋」(セドリ屋とは「競取り屋」で、古本を色々な場所で安く仕入れ、高い値段で売って利ザヤを得ることを商売にしている人の事)ばかりが増えて古書業界は「荒れている」そうです。

そういう過剰化したセドリによって、去年の秋に行った高円寺フェスでの「本の交換市」でも嫌な出来事がおきました。
交換市の棚には、商店街や出版社の皆さんが無料で提供してくれた、結構、良い内容の本が集まったのですが、ある一人のお客さんが150冊もの見るからに安価な本ばかりを持ち込んできて、それと交換して、高く売れそうな本を150冊ごっそり持って行ってしまったそうです。
性善説に立って、交換の冊数は規制していなかったのでこういう事が起こったのですが、何とも悲しいことです(次回からは交換冊数に制限を掛けざるを得ません)。
こういう人は、にわか「セドリ屋」だった可能性があります(分かりませんが)。
同じようなことは全国の「ひと箱 古本市」でも起こっていて、結局、にわかセドリ屋・にわか古本屋の仕入れ場所になってしまい、本来の「本を通して地域のコミュニケーションを」「本が好きな人が安く買える場所を」という思いが踏みにじられている。

私が参加している「本街」では、「本の交換」方法のリニューアルによって、こういう事へのアンチテーゼを打ち出すつもりですが、具体的にはもう少しお待ち下さい。
本を愛する心を捨ててしまって、ただの金儲けの道具にしている事に何の痛痒も感じなくなった商売人は終わりだと思います。
私のような出版を業としている人間も、「知」を商売のネタにしているという後ろめたさをどこかで背負いながら生きる、それでこそかろうじて存立し得る商売だと思うのです。
餓鬼道には堕ちたくはありません。

事務所の移転に向けてスタート!

2017-01-29 17:29:41 | 出版
一昨日の歴編懇(歴史編集者懇談会)にて、編集者の仲間たちには、「夏までに、有志舎は事務所を神保町から高円寺に移転します」と宣言しました。
同時に、高円寺を「本の街」にするため、今まで以上に「本が育てる街・高円寺」と連携して活動していくことも話し、共感もいただきました。
そこで、この土日には地元の不動産屋さんに改めて行って、「本格的に物件を探して下さい」と要請、いよいよ具体的に移転のための活動が始まりました。
もちろん、本の編集・刊行は通常通りなので大変ですが、そこは頑張っていくしかありません。
ここ数ヶ月は激務になるでしょう。
覚悟しないと。

2016年度「歴史図書賞」の受賞作品はこちら!

2017-01-28 10:06:34 | 出版
昨日は、「田中浩記念〈光る風〉歴史図書賞」の選考・受賞式でした。
前にも書きましたが、この賞は著者に贈られるものではなく、編集者とその人が編集した本に贈られるというところに特徴があります。
では、その結果をここに公開しましょう。

本 賞(第1位)
編集者:吉田真也さん(吉田書店)
受賞作:ミシェル・ヴィノック著・大嶋厚訳『ミッテラン-カトリック少年から社会主義者の大統領へ-』

この本は、フランス大統領だったミッテランの伝記です。吉田さんは昔からともかくミッテラン・ファンで、この人の本を出すことが夢だったそうです。それをかなえた記念すべき本。
しかし、彼は「社会主義バンザイ」の人間ではありません。曰く、「この本は、自称"左派"の方々がどう読んでくれるかの編集作業だった。一読した多くの人が、左(右)翼とは、権力とは、政権交代とは・・・といったあらゆる固定観念が覆され、日本の左の弱さを嘆いたかも知れない。が、願わくは「いや日本には欧米とは異なった左派観、権力観、政治観がある」といった新たな議論が展開されて欲しいものだ。そんな期待を持ちながら世に送り出した次第である」。
それに、「翻訳書は本当に必要なのか」「外国人による外国人の伝記読者は日本にいるのか」といった、編集者として根源的な問いを抱えながらの編集だったということ。しかし、それでも、翻訳出版には不可欠な高い版権料を払い、日本の読者向けに訳注をプラスし、時には付録を付けると行った労をいとわず、たとえ零細出版社のやせ我慢と言われても、こういった翻訳による学術書を吉田書店の出版の柱に置いておきたいと宣言されました。この本の評価はもとより、その編集者・版元としての志や覚悟に対する賞賛が、この歴史図書賞だったのだと思います。
自称"左派"の皆さん(また右派の人も)、この吉田書店からの挑戦状である『ミッテラン』、ぜひ読んでみて下さい。


奨励賞(第2位)
編集者:角田三佳さん(大月書店)
受賞作:大学の歴史教育を考える会編『わかる・身につく 歴史学の学び方』

この本は簡単に言うと、史学概論・歴史基礎ゼミのテキストです。執筆陣は源川真希さん・小嶋茂稔さん・川手圭一さんといった方々。
でも、すでに沢山ある「大学で学ぶ歴史」的な本と全く違うのは、「高校までの日本史(世界史)と大学での歴史学はこんなに違うんだぞ。心しておけ!」と見下すような視点ではなく、むしろ高校から大学への学びの橋渡し(連続性)を意識してつくられているということ。そして、よくあるような、史実羅列の概説書でもなく、最新の学説を易しく紹介したものでもなく、歴史学という学問の深さ・面白さを伝えるために、技術的にクリアすべき学びの工夫・知識・知恵を記したものであるということです。
大学で歴史を学びながらも、研究者になるわけではなく、卒業後は社会に出て行く一般学生にきちんと寄り添い、そのライフスタイルに合わせて編集されている本なので、そういう「編集」の志と工夫、何よりも歴史学の面白さをどうすれば伝えられるのかという事を独りよがりになることなく必死で考え実践した編者・執筆者・編集者の努力が評価されたのではないかと思います。
私自身、「ちっとも本を学生が読まない」と文句ばかり言っているだけで、編集として何の工夫もしていなかったのではないかと反省しきりです。

以上ですが、何しろ今年は激戦でした。編集者の熱い思いがこもった良い本が目白押しで、選考にあたっても皆、困っていました。
なお、私の推薦作品は残念ながら選ばれず。でも、また来年の受賞を目指して頑張ります!

今日は、「歴史図書賞」の選考・発表会です

2017-01-27 15:58:35 | 出版
今日は、歴史書出版社の編集者有志による勉強会「歴史編集者懇談会(略称:歴編懇)」の新年会兼「田中浩記念〈光る風〉歴史図書賞」の選考・発表会です。

この賞は、昨年自身が企画編集した本をメンバーの歴史書編集者が1人1点自薦しプレゼン、メンバーによる投票で1位(本賞)・2位(奨励賞)を決めるというものです。
私も1点ノミネートしていますが、果たしてどうなりますか。
ただ、受賞する作品の学問的な内容が良いことは当然ながら、それ以外でも「よくぞこんな売れなさそうな(しかし内容は抜群によい)本を編集した」とか「そんなに苦労して編集したのはエライ」とか、どんな理由で票が集まるかは分からないので、全く票読みができません。

ただ、著者に対してではなくその本を編集した編集者に与えられる賞というのはこれだけだと思うので、歴史書編集者にとっては何よりも誇らしい賞です。
さあ、今年はどの本と編集者が受賞するでしょうか。
結果がでたところで、お知らせします。



歴研大会に向けて、ただいま編集中!

2017-01-25 12:23:39 | 日記

5月の歴研大会までの出版を目指して以下の2点を編集中です。

①岩田重則さん著『天皇墓の政治民俗学』(A5判、560ページ予定、予価3400円)
②伊藤定良さん著『近代ドイツの歴史とナショナリズム・マイノリティ(仮題)』(四六判、280ページ、予価2600円)

『天皇墓・・・』は古代の天皇から昭和天皇まで、その陵墓と葬送の思想・精神史を文献史学と民俗学から通史として描き出します。ページ数がとてつもなく厚くなってしまってますが(恐らく有志舎始まって以来のぶ厚さ!)、専門書ではないので、何とか3400円くらいで抑えたい。
天皇墓と銘打ってますが、大名・武士・庶民墓との比較のなかで論じているので、岩田さんの「お墓」研究の一大集成みたいなものになってます。著者が全国を歩き撮影してきたお墓の写真がたくさん記載されている、お墓好きには堪らない本でもあります。中には、荒れ果てた埋め墓(「サンマイ」と呼ばれる)の写真などもあって、実にオドロオドロしい! でも、こういう風景こそが本来の死の風景なんですけどね。
内容的にも、通説に大胆に挑んでいますので、これまでの天皇墓研究者・民俗学者からは怒りを買うかも。版元としては、それはそれで楽しいのですが(他人事のように言ってますけど)。

『ドイツの近代・・・』は、19世紀のナポレオン戦争から第二次世界大戦後までのドイツ近代史とそのなかで展開されたナショナリズムと排外主義の通史です。原稿を読み、ドイツにとって、ポーランド支配・ポーランド蔑視とユダヤ人蔑視がいかに根深いものであったかを知りました。決してナチス時代だけの問題ではないのです。
多くのドイツ人にとってのポーランドは日本にとっての朝鮮に比定できそうですし(「不快で遅れた隣国」イメージ)、ドイツにおけるユダヤ人への視線は日本における「外国人」「在日」への視線(「内なる敵」「不穏分子」イメージ)に重なります。
そういう蔑視と偏見がドイツ近代史のなかで如何にして生まれ拡大していったのか、しかしそれにもかかわらず戦後ドイツはいかにして「過去の克服」を成し遂げ、今も継続中なのか、それが分かります。
未だに過去を反省しない日本・日本人との違いが鮮明に描かれていますので、ぜひ「他山の石」として読んで欲しいです。

5月末までに何としても出版しないと。
頑張ります!