有志舎の日々

社長の永滝稔が、 日々の仕事や出版・学問などに関して思ったことを好き勝手に 書いていきます。

ワードの「校閲」機能は要注意

2015-11-30 19:37:22 | 出版
ワードで原稿を作る場合で、重大が問題が発生したので著者の皆さんにお知らせしておきたいと思います。
ただ、それは「校閲」機能を使う人だけに関係するので、使わない方は気にしないで下さい。

さて、「校閲」を使って原稿を何度も修正した場合、そういう文章は画面上では抹消されている表示がでますが、データ的にはそれらは全部生きていて、印刷所で組版をする場合にゾンビのように生き返って、削除したはずの文章がゲラでは以前のままになってしまっているという現象が生じます。
これは、ワープロデータはそのままでは印刷所の組版システムには適応していないので、一度テキストデータに変換したうえで印刷所の組版システムに流し込むからです。その段階で、「抹消」「修正」というワープロ独自の校閲機能自体が消えてなくなって、文字(テキスト)データだけが残りゾンビになって生き返るわけです。
ではどうするか。
一番簡単なのは校閲機能は使わないということ。単純にdeleteキーで文章を消して新たに文字を入力する。これが一番安全。
どうしても校閲機能を使いたい場合は、原稿が完成した時点で、「校閲」メニューの真ん中あたりにあるプルダウンメニューから「最終版」を選んで下さい(「最終版:変更箇所/コメントの表示」ではありません)。
そうするとそれまでの変更・削除が反映された原稿ができますので、それを今までのファイルとは別名で保存して下さい。例えば「有志舎 入稿用」などにしましょう。そして、それを出版社に入稿して下さい。
「最終版」にしない限り、ゾンビ文章は甦りますし、保存ファイル名を変えれば、同じ原稿データではあっても、入稿データとは別にそれ以前の校閲履歴を残したままのファイルはそのまま残りますから安心です。

実は、こういう作業のないまま著者から入稿された原稿を組版に廻したので、印刷所・著者・永滝の三者ですったもんだの大騒動になりました。
著者は「これは校閲機能で削除したはず」という文章がいくつも甦って組版されてきたわけです。
正直、これまで校閲機能を使って原稿を作る著者が余りいなかったので意識していませんでしたが、今後は気を付けないといけませんね。
著者の皆さんも、初校校正が大変なことになってしまうので、校閲機能を使うときは注意して下さい。

歴編懇での「有志舎10年のあゆみ」発表

2015-11-28 17:34:28 | 日記
昨日は、歴史書編集者有志でやっている勉強会「歴史編集者懇談会(略称:歴編懇)」で、「有志舎10年の歩み」という論題で発表をさせていただきました(メンバーの所属版元は、東京大学出版会・東京堂出版・大月書店・吉田書店・法政大学出版局・慶應義塾大学出版会・知泉書館・日本経済評論社・有斐閣・吉川弘文館・勉誠出版・有志舎など)。
本当は社外秘の情報まで開示して、有志舎開業から現在までの歴史を赤裸々にお話しさせてもらい、有意義な質疑・議論もしていただけました。出席者の皆様、有り難うございました。
考えてみれば、創設から30年以上の歴史を持つこの勉強会に私も参加させてもらっていたからこそ有志舎は生き残ってこられたと言ってよいと思います。ここでお会いした方々に公私両面にわたって助けてもらいながらの10年でした。

そして、この苦しい出版環境にあっても、歴史書・人文書を真面目に出版して学問の発展に貢献していくのだという真の志を貫き続けている優れた編集者・出版人たるメンバーの皆さんから受け続けている刺激こそが私の大きなモチベーションになっているということも確認できました。
特に、昨日うかがった知泉書館さんが今後発刊していく偉大かつ巨大な哲学書企画の話(岩波書店がやっている仕事を凌駕する出版事業ですが、まだ非公開情報なのでお伝えできないのが残念)は感動的でした。私も時流におもねらず、かつ学問史に残るような仕事をやってみたい。真面目に学問を究めんとする研究者にどこまでも伴走し続ける、学術書編集者の覚悟と心意気に武者震いがしました。
こうした素晴らしい仲間たちに改めて教えてもらった事を反芻しながら、次の10年を頑張っていきたいと思います。

『初期社会主義の地形学(トポグラフィー)-大杉栄とその時代-』を編集中

2015-11-21 10:05:39 | 出版
現在、梅森直之さん(早稻田大学教授、近代日本思想史)の『初期社会主義の地形学(トポグラフィー)-大杉栄とその時代-』を編集中です。
本論は出来たとはいえ、まだ序論・結論の原稿が脱稿していないので、刊行時期は決められないのですが。
その原稿を読みながら考えました。
本書のなかの、いわば「プレ・大杉栄の時代」を描くなかで、大逆事件を東アジアという視野で考えるという挑戦を今回著者はしているのですが、
その中で、伊藤博文を殺した安重根に日本の検察官は終始「お前は大韓帝国のために奮闘した伊藤公の心が分かっていないのだ(朝鮮人で無知蒙昧だから)」という認識で対した一方、大逆事件の容疑者に日本警察は「お前は精神がゆがんでいる(異常者だ)」として対峙します(ともに1909年から1910年にかけての事件です)。
外の異論に対しては「蔑視からの指導・洗脳、それでもダメならその誤りを教えるための暴力行使」を、内の異論に対しては「異常者(天皇に危害を加えようとするなど異常者の所業だ、という認識)」として「問答無用の徹底排除」を、という日本国家のやり方はまさに「これぞ帝国主義」であり、さらには現代日本でも再生産されているのでは?
そういうものと対峙するためには、反「帝国」の思想として大杉栄はきちんと考察し直す必要があります。
いや~、こういう本を出すとは、有志舎ってつくづく「反日」出版社ですねえ(笑)

まだ、刊行は先かも知れませんが、お楽しみに。




最近の問題

2015-11-19 14:50:18 | 出版
最近の問題。

1.出版の依頼があった原稿で、既存のどういう研究(研究状況)にケンカを売っている本なのか明確に書いていなかったり、考察が甘かったり、ただ実証的な事実だけを書き連ねてあったりする原稿に、「こういう点を改訂してもらわないと今のままではお引受けすることはできないと思います」と伝えたのですが、それ以後、全く反応がないなあと思っていたら、他の出版社に持ち込んでいたことがわかったこと。
2.同じく持ち込みの原稿で、色々と指摘させてもらったら、「ご指摘の点を改訂してきたら、もう一回検討してもらえますか」と訊かれたので、「それは勿論です!」と答え、むしろ楽しみにしていたのに、1年くらい経っても何も言ってこない人。
3.出版を引き受けたあと、1年待っても2年待っても最終原稿が出来てこない人。しかも、こちらから「どうなりました」とメールを送っても反応なし。

1の事例については、別に他の出版社に持って行ってもいいけど、「ご検討いただきましたが、永滝さんのご要望には応えられそうにないのでこの話は無かったことにしてください」とひと言くらい言ってきてくれないものか。自分の思い通りの出版にならなかったら、そこは無視して他の出版社にさっさと持って行って何とも思わないという神経は何なのだろう。こっちだってそれなりの時間を掛けて読んで、コメントもしているのに。それに、この世界は以外に狭いので、そういう事は分かっちゃうんですよ。

2と3の事例については、ともかく原稿の改訂が遅い!という事。
まあ、昔から原稿執筆が遅い著者はいるし、それは分かっているのですが、若い著者でそれが多くて目立つ。
むしろ、中堅・ベテラン著者の方が脱稿は早いし、しかもこちらの要望に見事に応えてくれた完成原稿を送ってきてくれるケースが多い。
以前は逆で、ベテランはなかなか書いてくれなかったのに対して、若手研究者は必死になって一日も早く本を出そうと奮闘してくれていたし、それが嬉しくてこちらも何とか出版を実現したいと奮闘したものだが。

こうなってくると、「そんなにやる気を示してもらえないなら、こちらも知らないよ」という感じになってしまいます。
たしかに、色々と忙しいのだとは思いますが、この世界、きちんと仁義はわきまえましょうよ、って話です。少なくとも、様子伺いのメールには返事して欲しい。それとも、出版社からのメールなど無視して構わない、何年でも黙って待たせておけばいいと考えているのでしょうかね。

そういえば、数年前にあるベテラン研究者の紹介で某若手研究者に研究書出版を手紙で依頼したのですが、全く返事がなく、何度か返事の督促もしたけど反応なしという事がありました。「これはお断り、ということだな」と思ったので、それきり忘れていたらつい最近、「以前、手紙をいただいた○○ですが、自分の都合ですが今期中に本を出さないといけなくなったので出してもらえますか」と言う電話がありました。今期中って、もう半年もありません。こちらは全く一度も原稿を見ておらず読んでもいないのに、いきなりあと半年で本にしてくれって、編集者としての意見など最初から求めてないってことか。しかも、何年にもわたって無視しやがったくせに。と色々怒りが湧いてきて、その場で断りました。
もう呆れることが多すぎます。

こうなってくると、もうそう長くは出版なんてやってられないな、と思います。こんな著者ばかりになってきた世界で仕事していきたくないですから。
すいません。怒りのあまり色々愚痴を書き連ねました。