有志舎の日々

社長の永滝稔が、 日々の仕事や出版・学問などに関して思ったことを好き勝手に 書いていきます。

松沢裕作さんの論考「国民国家と土地問題のあいだ―牧原憲夫の近代史像・再考―」、読みました

2017-03-24 18:41:17 | 日記
松沢裕作さんの論考「国民国家と土地問題のあいだ―牧原憲夫の近代史像・再考―」(『歴史学研究』956号、2017年4月号)を読みました。
この論文で取り上げられている牧原さんの著書『客分と国民のあいだ―近代民衆の政治意識―』(吉川弘文館、1998年、以下『客分』と略記)の編集担当者だった者として、とても嬉しかった。
もう20年も前の本ですが、今こそ牧原さんの「政治(政事)史論」は議論しないといけないのだと思っていたからです。

まず、この論文で松沢さんは、牧原さんの研究を高く評価しながらも、『客分』第三章以降の国民化の回路(国民になる事を人々はどう受容したのか)について、「牧原が用意した答えは・・・政治文化論的領域での解答である」とし、「牧原の国民国家論が本来、本源的蓄積論であったとすれば政治文化論的解答では不十分・・・やはり問題は経済過程に戻る必要があった」というのは、そのとおりだと思います。
実は、私も編集者としてこの本の原稿を読んだ時、第一章・第二章のある意味オーソドックスだが堅実で説得力のある論証に比べ、「なぜ・どのように民衆は国民化したのか」という事の説明として、万歳や憲法発布式、戦争における凱旋式といった祝祭への参加によって国民化したという事だけでは弱いと感じたことを記憶しています(当時はそのことを牧原さんに言う勇気がなかったダメ編集者でした)。
そこを松沢さんにはきちんと衝かれてしまいましたね。

私にとって、牧原さんのこの本(もちろん、私が最初に読んだのは原稿段階ですが)の衝撃は、「近代」そのものの批判と民衆の独自性にあったのですが、ベテラン研究者・編集者の方々の一部(多くは左派の人々)の間では、牧原さんの評価は低いようです。
そういう方々は、要は、以下のような歴史理解を大事にしているからだと思います。
幕末の民衆は迫り来る西洋列強の外圧に対して民族意識に目覚め、政治参加を自ら求めて起ち上がり、明治維新の地場的な推進力となり、後には自由民権運動の推進母体となった、という理解です。
それが、民衆は近代初期も「客分」であって、(国家主義的な)ナショナリズムを通して国民になっていったのだ、という牧原史観は「民衆蔑視」だということなのかもしれません。
しかし、そうなのだろうか? 近代初期の民衆には近代的な「政治」観とは異なる独自の「政事」観があったと考えられないだろうか。それは決して劣ったものでも、蔑視すべきものでもなかったのでは? 
今でも、「こんな悪政を安倍政権が行っているのに、黙っている国民はバカだ」という言説を見ますが、これは知識人自由民権運動家の言説そのままです。かく言う私も、ついつい同じように考えてしまうのですが、果たしてそうなのだろうか(と常に自己批判をせざるを得ません)。積極的に政治に参加することだけが正しい国民の在り方だという言説自体に疑問符を付けて、そこからもう一回考えてみないといけないのでは? 
『客分』の最後が、ファシズムを「仁政の制度化」と見た牧原さんの警句的な分析になっていることを、私は重く受け止めたいと思っています(「「江戸時代なら俺たちが兵隊に駆り出されることもなかったのに」とつぶやいてみた人がいても不思議なかろう」と書いています)。

いずれにしても、牧原憲夫という人の歴史研究はもう一度、洗い直してみないといけないのではないかと、いま思っています。