陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「大神さん家(ち)のホワイト推薦」(二)

2009-05-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
だが、大神神社のご神体が太陽と月であることは、残念なことに表向き伏せられてきた。
それは数十年前のことだったか、それとも数百年前のことだったか──ある少女が毎晩まいばん、この神社の階段をのぼって熱心にお参りに来ていた。彼女は天地がひっくり返っても叶わないような願いごとを、その胸に秘め、夜ごと夜ごとにここに詣でては、その悲しい願いを拝殿を前にして吐き出していた。その習慣は、彼女が通いはじめて百番目の夜だったろうか、ぷっつりととだえてしまった。ある月の美しい晩のこと、その東の鳥居の下から、彼女は大きな美しい月をみた。暗闇で足もとが宙に浮いたようにおぼつかなかった。彼女は月光に誘われるままに、一歩、一歩と歩みだした。ついにはその美しい月に向かって走り出し…そのまま転がり落ちたという……。

その悲しい事故があって以来、神社は東の鳥居を封鎖して、出入り禁止にした。もともと崩落の危険のある古い洞窟が近くにあったのだから、つごうがよかった。

現在、この神社では日本の神話にのっとって、ご祭神は蛇神にされている。それは蛇が水の神様でもあり、山地で水不足に悩んできたこの界隈の住人にとっては、暮らしに結びついた必然の神だったからだ。
だから、この村にいまでも根強い信仰はオロチ信仰と呼ばれ、毎年秋になると各地の祭壇には蛇の好物とされる鶏卵と酒が供物として絶えることはない。そのため、古くからこの村では鶏卵業と酒造が発達し、全国コンクールで金賞を得るほどのメーカーが存在している。それはちいさな零細経営の企業だったが、日本の経済界を牛耳っているとされる財閥のひとつ、姫宮グループから出資金をうけていて、経営状態は不況下にあっても良好だった。その卵は姫宮家のご令嬢の食卓にのぼり、その美酒は姫宮家の夜会の客をこころよくもてなすのである。

しかし、ご神体がすりかえられたことに、大神一族がひそかに守り抜いてきた日月信仰があったこと、そして悲しい犠牲のドラマがそこについてまわったことは、おそらく多くの者が知らない。わずかな人間を除いては──。


──さて、いま、その大神神社の拝殿の前には、ハイビジョンカメラが据えられて、キャンプチェアに座った監督がメガホンを握っている。
風光明媚なこの村でも数少ない名跡といえるこの神社。映画か何かのロケ地に選ばれたのかと思いきや、そうではない。

ふたりの青年が肩をならべて、カメラの前に立っている。
ひとりは、まだ少年といったほうがふさわしいかもしれない。中性的な雰囲気が抜けていなかった。
その彼は、さきほどから腰をくねらせてみたり、モデル立ちをしてみせたり、ウインクしたり、瞬きを多くしてみせたり、衣裳の端っこをつまんでひらひらさせたりと、なにやらさかんに媚態をおくっている。どうやら演技のウォーミングアップをしているらしい。

連れの黒髪の男はやや冷めきった視線をなげながら、いかんともしがたく突っ立っていた。その彼の様子をひと言で片づけるなら、棒だった、といえようか。大木というには、すこし細身ではある。とにかく、微動だにしない。が、顔には不満がありありと浮かんでいる。それというのも、この彼が、突然降って湧いたように参加させられたこの企画に、いささか乗り気ではないからだった。

大神カズキは、いささか不機嫌だった。
おネエ言葉を喋るメイクアップアーティストが頬にはたいていった白粉の粉っぽさにむせて、喉が苦しい。唇も筆先でいじられて、気分がわるかった。顔の色を明るませて映りをよくするためと強いられたが、かえってそのことが彼の顔色をいっそう暗くしているに違いなかった。あまりに恐すぎるので、できあがった己を鏡で確認してはいない。

この由緒ただしき神社の現当主であるこの男が、供物にされたといってもいい、苦痛のステージ。その幕開けが、もはや目前に迫っていた。
それはもしかしたら、歴代の大神家当主のなかでも、なかんずく悲惨きわまりない恥辱の体験だったのかもしれない……。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「大神さん家のホワイト推薦」






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