陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「大神さん家(ち)のホワイト推薦」(一)

2009-05-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
西日本の山深い村落、天火明村のとある山の頂きにある大神神社。この地方の信仰を手厚く集めているその場所は、知る人ぞ知る、古式ゆかしい神社である。
この神社の由緒はさだかではない。どの公文書にも、記されてこなかったからだ。言い伝えによれば、遠く太古、神代の昔からとされ、国づくりの神のひとりがこの地に降臨された際に、創建されたとされる。おそらく日本最古の神社とみてまちがいはないだろう。

明治時代に神社仏閣がないがしろにされるむごい時期があったが、そんな衰退期を待つまでもなく、この神社は時の権力者からはからずも忘れさられ、あるいはなぜかしら冷遇されてきた。この神社の神官一族は、陰陽師のように、朝廷におもねることもなかった。村民からの堅い信仰さえあれば、じゅうぶんだったのだ。政府をもしのぐ、財力を誇るある富裕な一族の潤沢な支援金が、その後押しをしてきた。
したがって、この神社への信仰をこころの糧として暮らす謙虚な民が形成してきたこの静かな村は、一種の隠れ里のようなひっそりとした風情があった。京の都のような花と化粧の匂いのするきらびやかな文化も、魚くさい港町のようなにぎやかな物のやりとりも、乾いた都会の路次をたくみに走っていく生活のスピードやこましゃくれた恋の駆け引きも、貧しさの影もここには存在しない。ただ、四方から押し迫った緑豊かな山々と清らかな川のせせらぎと、いのちの田園、古びた霊地、そして唯一の教育機関やわずかな医療施設があるだけだった。日本国に属してはいるが、独立国家のような趣きさえ、ここには漂う。
誰が好きこんで険しい山を切りひらいたこの大地に住みつくだろうか。この場所はゆえあって人目を偲んで暮らす人びとが、ひそかに訪れる名所となった。世俗を離れた隠居や、奉公先や嫁ぎ先から逃げ出した行き場のない女などはむろんのこと、落ち武者や中央権力から追われたならず者がひそかに移り住むにはもってこい。八百万の神が参ずる出雲の大社が近くにあるというのに、ここがまったく知られていないのも、神のご加護を授かりながら、闇の住人たちをこっそり匿ってきたせいなのかもしれない。

この神社にはふしぎなことに、本殿がない。さりとて、ご心配なく。この神社、ご神体をうしなったわけではない。
数百段もの階段をひと息にのぼりつめると、うっすらと汗にじませた参拝者には、冨士山を征服したようなおおらかな気持が訪れる。果たしてそれこそが、この神社の効能というべきだろうか。自分の足で働いたのだという達成感。その達成感を、鼓動のはずむ胸に抱えながら、彼らはおどろくほど巨大な鳥居に迎えられるだろう。この鳥居は西に面しているので、その真下から後方を振り返ると、日の入り頃にはみごとに大きな夕陽がたちあらわれる。訪れる者みな、驚嘆の瞳を開かざるをえまい。めったと来られないこの神聖なる場所で、その太陽をかいま見た感慨ときたら、ひとしおだ。

あまり知られていないが、神社には東側にも大きな鳥居がある。
その鳥居の先にはすこし急な下り坂があって、古さびた祠のある洞窟へと続いている。昔は儀式でつかわれていたというが、入口は生き物の足を拒むかのように、ごっそりと灌木や丈の高い雑草で覆われている。その隙き間を縫ってふらりと入ってしまうのは、恐いもの知らずの飛び虫ぐらい。いまは人の子の影すらもそこには忍び込まない。

その鳥居からは、おそらく真っ白な朝陽が拝めるだろう。
そして夜ともなれば、銀にかがやく月が滑りこんでもこよう。とくに秋の頃、夜空にくっきりと浮かぶ満月のたたずまいは、えもいわれぬ美しさであるという。夜にそこから満月を眺めた者は、またたくまにその月の虜となる。その神がかりめいた姿のために、思わず涙ながし、手のひらあわせて祈りをつぶやいてしまうほどだ。あの月の光りを顔に浴びると生き返る心地がする──とある参拝者は術にかかったようにうっとりとして語っていた、と聞く。

神社が高所にあるからこそ、太陽や月と地平をおなじくすることができる。そして、言うまでもなく、こうして鳥居から拝むことのできる陽と月こそがほんらいのご神体。

この神社をまもる大神一族は、太陽にしたがい、月をうやまう、原始信仰をおこなってきた霊能者の子孫とされている。彼らは村民と交じることでしだいにその神力をうしなっていった。
しかし、彼らは先祖から伝わったお務めを欠くことがなかった。夜になると月齢を調べ、月に不穏な影が宿っていないかを確認するのが、そのならわし。月の大地には彼らだけが知る神が眠っていたからで、月にうかぶ影のかたちが見たこともないしるしに変わると、その神が動いたとされた。
彼らはその「伝説」を代替わりの際に次期当主に伝え、文書にはけっして残さなかった。残してはならない秘伝だったのだから。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「大神さん家のホワイト推薦」






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