やがて、監督の威勢のいいかけ声とともに、正面に据えたカメラがいきおい回りはじめた。
抜け目なく顔の筋肉をほぐしていたであろうひとりは、さっそくつくりおきの爽やかな笑顔をみせる。が、もうひとりはむりやりな微笑みで、唇がひきつっている。
「もんじゃもんじゃー♪」
「…な、なんじゃ…もんじゃ…」
声を揃えるはずなのに、男のひとりときたら緊張したのだろうか、最初からいきなり噛んでしまった。ほんらいなら、やりなおしなのだが、なぜだかカメラはそのまま回りつづけた。
神主は緊張にくわえ、驚いてもいた。彼がびっくりしたのも無理はない。隣から、下屋則子めいた甘ったるい声が聞こえてきたからだった。耳の錯覚だろうか。カラーコンタクトのせいで、薄い暮れ色のシェードがかけられたように世界が見える。
傍らの細身の青年はとえいば、失敗をものともせず、うっすらと妖しい微笑みをうかべていた。どもった長髪の男の口元を、いわくありげに、つつぅと指でなぞろうとするのだった。カメラはその瞬間をのがさず、接近して捉えた。
「あ、だめですよ、大神先生。『なんじゃもんじゃ』じゃなくて、『もんじゃもんじゃ』ですよ? さっき伝えたばかりじゃないですか。ちゃんと、しっかりあいさつしなきゃ」
いま聞こえているのは、なじみの書生の声だ。その声にいくらか安心を深める。
「ユキヒトくん、言いづらいよ。ふだんは学者用語になじんでるからね、慣れない言葉をつかうのは、舌がもつれる」
「『もんじゃもんじゃ』は、ゴッド下島がラジオ神無月であみだした、定番のあいさつなんですよ。これをいわなきゃ、このアニメははじまらない」
「あいさつなら、やはり『ごきげんよう』がふさわしいんじゃないかね?」
腕組みをして眉をひそめた長髪の男。若いほうの青年は、ち、ち、ち、と指で空を刻むそぶり。
「なーにをおっしゃってるんです。この作品は、”他の百合アニメとは一線を画す、誰にもたどりつけない孤高の頂きを占めている不朽の名作(棒読み)”なんです。あいさつだって、トクベツなんです!絶対そうです、そうでなきゃ、もう絶対イヤイヤです」
「まぁ、たしかにすごいな。いろいろとね(微苦笑)」
「さぁてと。長いあいさつはこれくらいにして、本題にはいりましょうか」
片目の青年は、両手のひらをぱん!といきおい叩いて、こすりあわせた。それが、開始の合図らしいが、隣の男は依然ためらいを失ってはいない。なんだか、年には似合わないほど、落ち着きがない。
「ユキヒトくん、その…いましばらく、待ってくれないか? 心の準備が…」
「え?なんですか、先生。なにを、もじもじなさっているんですか?お手洗いですか、幼稚園児じゃあるまいし。それとも、糖尿病ですか? 晩酌のしすぎでしょ?」
「よけいなことは言わんでくれ!(怒・怒・怒・怒)」
男は顔をほんのりと赤らめてどなる。叱られたほうは、へっちゃらといった顔つき。
「じゃあ、なんです? なにか、不都合でも?」
男は真っ白な袖をもちあげて、苦渋に満ちた表情。いつも和服を着慣れているはずの彼だが、その着心地はあまりよろしくないらしい。それでも、衣紋を乱しもせずに、きっちり着こなしているのはさすがといえようか。
「やはり、…この恰好のまま、するのかね?」
【目次】神無月の巫女二次創作小説「大神さん家のホワイト推薦」
抜け目なく顔の筋肉をほぐしていたであろうひとりは、さっそくつくりおきの爽やかな笑顔をみせる。が、もうひとりはむりやりな微笑みで、唇がひきつっている。
「もんじゃもんじゃー♪」
「…な、なんじゃ…もんじゃ…」
声を揃えるはずなのに、男のひとりときたら緊張したのだろうか、最初からいきなり噛んでしまった。ほんらいなら、やりなおしなのだが、なぜだかカメラはそのまま回りつづけた。
神主は緊張にくわえ、驚いてもいた。彼がびっくりしたのも無理はない。隣から、下屋則子めいた甘ったるい声が聞こえてきたからだった。耳の錯覚だろうか。カラーコンタクトのせいで、薄い暮れ色のシェードがかけられたように世界が見える。
傍らの細身の青年はとえいば、失敗をものともせず、うっすらと妖しい微笑みをうかべていた。どもった長髪の男の口元を、いわくありげに、つつぅと指でなぞろうとするのだった。カメラはその瞬間をのがさず、接近して捉えた。
「あ、だめですよ、大神先生。『なんじゃもんじゃ』じゃなくて、『もんじゃもんじゃ』ですよ? さっき伝えたばかりじゃないですか。ちゃんと、しっかりあいさつしなきゃ」
いま聞こえているのは、なじみの書生の声だ。その声にいくらか安心を深める。
「ユキヒトくん、言いづらいよ。ふだんは学者用語になじんでるからね、慣れない言葉をつかうのは、舌がもつれる」
「『もんじゃもんじゃ』は、ゴッド下島がラジオ神無月であみだした、定番のあいさつなんですよ。これをいわなきゃ、このアニメははじまらない」
「あいさつなら、やはり『ごきげんよう』がふさわしいんじゃないかね?」
腕組みをして眉をひそめた長髪の男。若いほうの青年は、ち、ち、ち、と指で空を刻むそぶり。
「なーにをおっしゃってるんです。この作品は、”他の百合アニメとは一線を画す、誰にもたどりつけない孤高の頂きを占めている不朽の名作(棒読み)”なんです。あいさつだって、トクベツなんです!絶対そうです、そうでなきゃ、もう絶対イヤイヤです」
「まぁ、たしかにすごいな。いろいろとね(微苦笑)」
「さぁてと。長いあいさつはこれくらいにして、本題にはいりましょうか」
片目の青年は、両手のひらをぱん!といきおい叩いて、こすりあわせた。それが、開始の合図らしいが、隣の男は依然ためらいを失ってはいない。なんだか、年には似合わないほど、落ち着きがない。
「ユキヒトくん、その…いましばらく、待ってくれないか? 心の準備が…」
「え?なんですか、先生。なにを、もじもじなさっているんですか?お手洗いですか、幼稚園児じゃあるまいし。それとも、糖尿病ですか? 晩酌のしすぎでしょ?」
「よけいなことは言わんでくれ!(怒・怒・怒・怒)」
男は顔をほんのりと赤らめてどなる。叱られたほうは、へっちゃらといった顔つき。
「じゃあ、なんです? なにか、不都合でも?」
男は真っ白な袖をもちあげて、苦渋に満ちた表情。いつも和服を着慣れているはずの彼だが、その着心地はあまりよろしくないらしい。それでも、衣紋を乱しもせずに、きっちり着こなしているのはさすがといえようか。
「やはり、…この恰好のまま、するのかね?」
【目次】神無月の巫女二次創作小説「大神さん家のホワイト推薦」