陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

神無月の巫女原画集(前)

2012-11-10 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女
【注】
今回の記事は、中島みゆきの「地上の星」
BGMになさると、ムードがでます。あしからず(笑)





アニメ「神無月の巫女」のDVDをはじめて買ったときによくやったことは、気になる場面をスローモーション再生することでした。半時間のテレビアニメは本編が正味二十分弱。ぼんやりと眺めていたら、あっというまに終わってしまいます。

アニメーションというのは、ご存じのとおり、膨大な絵を費やしてひとつの物語となるという、かなり手間のかかる創作物です。しかも、それをひとりの描き手ではなく、複数のチームでやるわけですから、そこがまた難しい。プライドを持った個性と個性どうしがぶつかりあい、切磋琢磨しあい、調整するのもまたややこしい。しかも、毎週一回の締切。そんなハードスケジュールなのに、子どもの時分にはそれをテレビでほぼ無償で楽しめていました。日本のアニメは途方も才能と叡智と努力の結集によって、子どもたちに夢を届けていたのです。すごいですね。

昔のテレビアニメには、あきらかに作画監督によって絵柄ががらりと変わることがありました。かの有名な「美少女戦士セーラームーン」がまさにそうだったのですが、回によっては、かなりアクの強い描き方もあって、等身まで違っていたものですから、驚いたものです。あきらかに異端視されたような作画回であっても、それはそれで味わいがあったものですが。

アニメ「神無月の巫女」がアニメーションとして極めて高い完成度を誇るといえることのひとつに、情緒沁み入る巧みなストーリーにくわえて、このあまりに美しい作画能力が挙げられます。人体の精髄まで研究されつくしたすばらしいデッサン、躍動みなぎるアクションシーンのムーブマン、視聴者にどれだけ訴えるかを計算されつくした構図、そして台詞には表しえない押し殺した感情をほのめかす、絶妙なる表情の数々。この絵にして、この物語あり。この描き手にして、この名作あり。まさにそう言ってはばからないほどのできばえ。媚びるほどくどすぎず、かといって幼稚すぎてもいない、節制された耽美さというものがあるのです。私はこの絵でなければ、ぜったいに、この作品をこれほど好きにはならなかったでしょうね。

なぜに、アニメ「神無月の巫女」はこれほどまでに、美しい作画力を保つことができたのでしょうか。むろん、すべてのカットが少数精鋭のベテランスタッフによって描かれたわけではありませんが、そのひみつは『神無月の巫女原画集』をご覧になればおわかりかと存じます。この作品の目を見張るほどの洗練されたクオリティは、キャラクターデザイン兼作画監督である、藤井まきさんの修正によるところが大きい。おなじように描かれているように見えるのですが、修正の前後ではあきらかに印象が異なってきます。ときにはコケティッシュな少女にうねるような腰つきを。ときには雄々しい悪役に、毒々しいまなざしを。そして気持ちの隠された乙女には、仕組まれた模糊とした無表情を。ひとつ、ふたつの筆をくわえるだけで、ふしぎと変身してしまう。絵というものは微妙な線描の太さや方向によって、まったく異なった効果を与えてしまうものなのです。まさに藤井まきさんのような、美しい絵を手早く描ける方は、アニメをつくるために生まれてきたといってもいいほどですね。

この原画集であらためて認識させられたのですが、OPにあるような高速でのロボットアクション(ロボットの作画監督は塩川貴史さん、メカデザインは村田護郎さん)には、かなりていねいに枚数を重ねて、緻密な描写をおこなっているということです。ちょっとひどい言い方ですが、このアニメのロボットパートって、ぜったいあまり注視されていないと思うんですよね。描くのにかなり苦労されてるわりには。白状しますと、私自身も熱心に眺めているほうではないので。「京四郎と永遠の空」でも、初回のその部分があっけなく終わって「作画のカロリー消費がかなり高い」と評されていましたね。止め絵のキャラクターのアップの顔が美しく迫れば迫れるほど、なおさら、顧みられなくなりそうなロボット。しかし、あんなにも複雑多岐な造形物で、そこそこサイズと重量感のあるものを、その質感を裏切らせずに動かすというのは、なかなか大変です。日本のロボットアニメって、海外ではあまり評価がかんばしくないそうなのですが、こういう巨大な立体を動かしてみせる技術って、じつはディズニーアニメにすらなかったのでは、と思うのですよね。

それにしても、ロボットアニメで女性がキャラクターデザイン・総作監で、ロボの作画監督が別にいらっしゃるという作品は、かなり珍しいのではないでしょうか。


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