陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「プライベート・ライアン」

2011-07-13 | 映画──SF・アクション・戦争
1993年の「シンドラーのリスト」に続き、戦争をテーマとした巨匠スティーヴン・スピルバーグの大作が98年の「プライベート・ライアン」
「グリーンマイル」「フォレストガンプ」のトム・ハンクス、「グッド・ウィル・ハンティング」「ボーン・アイデンティティ」の若手実力派のマット・デイモンと名前を聞いただけでも観たくなるキャスト。第71回アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した話題作でもあって、以前から観たかった作品だった。ひたすら銃弾飛び交い血の流れることおびただしい戦場を舞台にした、兵士たちの友情の物語である。
アレクサンドル・デュマの『三銃士』に「ひとりは皆のために、皆はひとりのために」という言葉がでてくるが、この名句にまっこうから疑義を投げかけるような物語であったといってもよい。

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1944年のフランス・ノルマンディの海浜。
ジョン・ミラー大尉率いる師団はドイツ軍の猛攻をしのぎ、多くの犠牲を払いながらからくも上陸を果たした。休むもなく軍の上層部から次の司令が下る。それは、三人の兄を戦場で失ったライアン家の末息子ジェームズを探し出し、故郷の母の元へ帰還させよという命令。
ミラー大尉は選りすぐりの七人の精鋭とともにお尋ね者のライアン二等兵を探し出すべく戦地の前線を回りはじめる。落下傘の降下ミスで居所が掴めないライアン探しは難航し、その間にも敵陣に踏み込んだミラー一行は次々に味方を亡くしてしまう。
ライアンにとっては、危険を共にくぐり抜けた大切な仲間であり、信頼すべき部下を失うことは身を切るよりもつらいこと。家族を残して戦地に赴いてきたのは誰とておなじ、母親に会いたいと請う若い兵士だって山ほどいる。なのに、なぜライアンという見知らぬ二等兵ひとりを護るために八人がかりで戦わねばならないのか。そんな疑問がしばしば胸に湧き上がり、一行の決意は揺らぎそうになる。そこを繋ぎ止めようとするライアン大尉の淡々とした語りがいい。ありきたりな檄を飛ばして仲間を鼓舞しようとするのでもない。これまで決して明かさなかったみずからの身の上を語り、本心では妻のもとに胸をはって帰りたい、そのためにこの任務が必要だと語るてらいのない大尉の気持ちに一同結束を固めていく。
くだんのライアン本人は果たして、偶然にも空挺部隊で見つかった。
しかし、橋を砦として護る戦友たちを見捨てておめおめとひとり帰郷できないというライアン二等兵を説得することはできず、ライアンともどもミラー大尉たちはドイツ軍と交戦することに。援護が来るまでとはいえ、軍備の乏しい一団では勝敗の行方はみえようというもので、すさまじい攻防の末、大尉までもが命を落としてしまう。
ライアン青年はミラー大尉以下のいのちと引き換えにしても価値のある勇猛果敢な将兵だったのか? その答えは土壇場でアメリカ空軍の戦闘機によって戦況が逆転し、生き延びた者の数十年後の自問によって出されている。墓標の前で許しを請うライアン老人が、その後、どんな人生を歩んだかは明らかにされない。
さらにもうひとり、ドイツ語が堪能だったがためにライアン救助作戦に同行させられてしまった青年伍長アバムも、最終的には意外な活躍をみせる。しかも相手は因縁のドイツ兵、いったんは助命しあった仲だったのに、アバムに引き金を引かせた想いはなんだったのか。本作中では唯一の小悪党めいたドイツ兵だったが、すでに自軍の勝利は確かになっていて殺さずともよかった相手に引導を渡したのは、先だって非情になれなかった自身への悔悟だったのか。ある意味、従軍体験をもとに創作をおこなおうとたくらむ安直な表現者に対するスピルーバーグの皮肉とも受け取れてしまう。
冒頭の戦闘シーンからして描写があまりに凄絶すぎて、ドラマというよりはドキュメンタリーに近い。実戦に赴いた従軍カメラマンが撮影したのかと思わせるようなブレたフレームワークもそうだが、真に迫ると観た者をことごとくうならせたのは、あの傷病者の手当の場面だった。銃弾の雨あられと注ぐなかを進軍する衛生兵も命がけで、兵士は葬られる余裕もなく戦場の泥となり砂となって倒れていってしまう。ありがちな軍事病院の従軍看護婦や現地人とのロマンスのようなサービスをまったくカットした、まことに硬派な戦争映画であるが、本作が訴えているのは反戦感情というよりは、困難を乗り越えてしっかりと生き抜く強さをもて、というメッセージではなかったか。

アフガニスタンの増派が国際的に微妙な波をたてつつも受容された米国は、今後も戦争に加担することをやめはしないだろう。奇しくも作中で引用された言葉はアブラハム・リンカーンのものであるが、この名大統領が奴隷解放のために南北戦争を起こしたのと同様に、リンカーンを敬愛して就任演説をしたオバマ大統領は、平和のための戦いはやむを得ないと宣言してしまった。その米国が描く戦争映画は、やはりみだりに武力蜂起の非を唱えるようなものになるはずはなかった。

ところで冒頭の曇りがちの空のもと翠の芝生に広がった白い十字架の一群は、なんともセンセーショナルな光景である。家族を置いてひとり前を進む老人の背後に在るの松の並木は、おそらくアンドレ・タルコフスキーの晩年作「サクリファイス」へのオマージュではなかろうか。核兵器の危機にさらされた世界を救うためにひとり犠牲となる不条理なロシア映画に反し、白髪の男は家族ともども生き延びることができた。それはまたスピルバーグが「太陽の帝国」で、「僕の村は戦場だった」で犠牲にされた少年を模した主人公を戦渦から解き放ったのと同様に、われわれにむやみやたらな死を望むのでなく生を謳歌することの大切さを説いているのではあるまいか、と私には思われる。

(〇九年十二月十四日)


プライベート・ライアン(1998) - goo 映画



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