戦争の過ちを教えるのに、この映画ほど真実を語っているものはないだろう。そう思えるのが、あのスティーヴン・スピルバーグ監督が二〇世紀の闇の歴史を世に問うために送り出した大作「シンドラーのリスト」(1993年作)である。
この映画を観たのは、まだ受験生の十代だったがひじょうに衝撃を受けた。学校をサボって劇場で観たのだが、あまりの衝撃のあまり、観終わっても学校に戻るのを忘れてしまったくらい。
いつか、観なおしたいと願っていたが、なにせ三時間を超す大部なので時機を逸してしまった。この機会に視聴できたことを嬉しく思う。もし、人生があと一週間しかないなら、かならずこの映画をもう一度観るだろう、私は。
「戦場のピアニスト」など、ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺の事実を描いた映画はもちろんいくらもあるが、この作品ほどユダヤ人の痛手を克明に「記録」したものはないだろう。
モノクロフィルムであることが、当時そこにカメラがあってあからさまに歴史のすべてを映しとったかのような、錯覚を覚えさせてしまう。
この映画の主人公、実業家のオスカー・シンドラーは最初から正義の人だったのではない。
彼はナチ党員であり、戦争で一儲けをたくらむ強欲な男で、安い労働力としてのユダヤ人を会社に囲い込んだに過ぎなかった。金に物を言わせて、女を買い妻を泣かせているような酷い男でもあった。そのままでいれば、地下で住人を強制労働させて自分だけ富と名声を手にした、映画「アンダーグラウンド」の主人公となんら変わることはなかった。
が、しかし。彼を変えたのはおそらく二人の男。
ひとりは有能なユダヤ人計理士のイザック・シュターン。彼との違わぬ友情、そして同胞を救いたいというイザックの信念にほだされ、シンドラーは自社に必要な人員のリストに載せることによって、ユダヤ人を地獄の牢獄から救い出そうとする。
もうひとりは、若き将校で強制収容所所長のアーモン・ゲート。
気まぐれにユダヤ人を射殺しいのちを弄ぶ、その残忍性は作中唯一の悪役として描かれている。それはいわば、シンドラーの中に潜む悪魔性の権化ともいえるだろう。ゲートの非道を目にしたシンドラーが、忠告をする場面がなんとも緊迫感がある。「人を殺させないのが力だ」というシンドラーの言葉。悲しいかな、シンドラーはゲートの暴虐を阻止することはできなかった。
しかし、シンドラーには軍人たちを丸め込める財力と人当たりのよさがあった。軍人におもねり、ユダヤ人迫害を装いながら、じつはまんまと列車に詰め込まれ喉の乾いたユダヤ人たちを潤してやる戦術はみごととしか言いようがない。
だが、最終的に彼を人道的行為に駆り立てたもの、それは他ならぬユダヤ人のすがたであろう。
家畜のように屠られ、殴られ、言葉を奪われ、銃口を突きつけられる人びと。本作はその虐殺シーンに多くの時間を割いている。執拗になんどもなんども、ユダヤ人家族たちの悲劇が繰り返し描写される。そして、シンドラーが残虐な行為に静かな怒りを燃やしはじめたのは、紅いコートの少女の死体が火葬場に運ばれるのを目撃してからだ。モノクロ映像の中で、そのひとりだけが色でマーキングされたという演出(パートカラー)に、制作者の意図を感じる。
そのひとり、たったひとりを救えなかったという後悔のために、シンドラーはアウシュヴィッツ送りにされそうなユダヤ人のうち、百人、千人と救助者のリストアップをし、安全な自分の工場へ輸送する。私財を投げ打ってまで、彼らの食と安全を保障する。
終戦後、前半生の浪費を嘆き、救えなかった命を数えて嘆くあたりはなんとも胸にこみあげてくるものがある。このとき、彼は戦犯として終われる身だったというのに、悲愴感がまったくなかった。
そして、映画のラスト。シンドラーに命を救われて生き延びた実在の人びとが、その名を演じた出演者とともにシンドラーの墓に哀悼を捧げていくシーンは圧巻だ。
アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞の7部門を受賞。
娯楽色を脱して深刻な課題をあつかった「カラーパープル」などは評価されなかったが、この作品は各界の絶賛を得た。
貨物列車にユダヤ人が詰め込まれ護送されるシーンは、ディヴィッド・リーン監督の「ドクトル・ジバゴ」へのオマージュとされる。
作中のエピソードはおよそフィクションであるが、シンドラーが雇っていたユダヤ人を救ったという事実に変わりはない。
主演はシンドラーに、「マイケル・コリンズ」で主演した長身のリーアム・ニーソン。イザック役に「ガンジー」のベン・キングスレー。残忍な少尉ゲートに、「イングリッシュ・ペイシェント」のアルマシーを演じたレイフ・ファインズ。
大物俳優を揃えていなかっただけに俳優人のキャラクターに左右されず、ドキュメンタリーらしいリアリティを醸し出すことに成功しているといえるだろう。
(〇九年八月二十八日)
シンドラーのリスト(1993) - goo 映画
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この映画を観たのは、まだ受験生の十代だったがひじょうに衝撃を受けた。学校をサボって劇場で観たのだが、あまりの衝撃のあまり、観終わっても学校に戻るのを忘れてしまったくらい。
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「戦場のピアニスト」など、ナチスドイツのユダヤ人大量虐殺の事実を描いた映画はもちろんいくらもあるが、この作品ほどユダヤ人の痛手を克明に「記録」したものはないだろう。
モノクロフィルムであることが、当時そこにカメラがあってあからさまに歴史のすべてを映しとったかのような、錯覚を覚えさせてしまう。
この映画の主人公、実業家のオスカー・シンドラーは最初から正義の人だったのではない。
彼はナチ党員であり、戦争で一儲けをたくらむ強欲な男で、安い労働力としてのユダヤ人を会社に囲い込んだに過ぎなかった。金に物を言わせて、女を買い妻を泣かせているような酷い男でもあった。そのままでいれば、地下で住人を強制労働させて自分だけ富と名声を手にした、映画「アンダーグラウンド」の主人公となんら変わることはなかった。
が、しかし。彼を変えたのはおそらく二人の男。
ひとりは有能なユダヤ人計理士のイザック・シュターン。彼との違わぬ友情、そして同胞を救いたいというイザックの信念にほだされ、シンドラーは自社に必要な人員のリストに載せることによって、ユダヤ人を地獄の牢獄から救い出そうとする。
もうひとりは、若き将校で強制収容所所長のアーモン・ゲート。
気まぐれにユダヤ人を射殺しいのちを弄ぶ、その残忍性は作中唯一の悪役として描かれている。それはいわば、シンドラーの中に潜む悪魔性の権化ともいえるだろう。ゲートの非道を目にしたシンドラーが、忠告をする場面がなんとも緊迫感がある。「人を殺させないのが力だ」というシンドラーの言葉。悲しいかな、シンドラーはゲートの暴虐を阻止することはできなかった。
しかし、シンドラーには軍人たちを丸め込める財力と人当たりのよさがあった。軍人におもねり、ユダヤ人迫害を装いながら、じつはまんまと列車に詰め込まれ喉の乾いたユダヤ人たちを潤してやる戦術はみごととしか言いようがない。
だが、最終的に彼を人道的行為に駆り立てたもの、それは他ならぬユダヤ人のすがたであろう。
家畜のように屠られ、殴られ、言葉を奪われ、銃口を突きつけられる人びと。本作はその虐殺シーンに多くの時間を割いている。執拗になんどもなんども、ユダヤ人家族たちの悲劇が繰り返し描写される。そして、シンドラーが残虐な行為に静かな怒りを燃やしはじめたのは、紅いコートの少女の死体が火葬場に運ばれるのを目撃してからだ。モノクロ映像の中で、そのひとりだけが色でマーキングされたという演出(パートカラー)に、制作者の意図を感じる。
そのひとり、たったひとりを救えなかったという後悔のために、シンドラーはアウシュヴィッツ送りにされそうなユダヤ人のうち、百人、千人と救助者のリストアップをし、安全な自分の工場へ輸送する。私財を投げ打ってまで、彼らの食と安全を保障する。
終戦後、前半生の浪費を嘆き、救えなかった命を数えて嘆くあたりはなんとも胸にこみあげてくるものがある。このとき、彼は戦犯として終われる身だったというのに、悲愴感がまったくなかった。
そして、映画のラスト。シンドラーに命を救われて生き延びた実在の人びとが、その名を演じた出演者とともにシンドラーの墓に哀悼を捧げていくシーンは圧巻だ。
アカデミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞の7部門を受賞。
娯楽色を脱して深刻な課題をあつかった「カラーパープル」などは評価されなかったが、この作品は各界の絶賛を得た。
貨物列車にユダヤ人が詰め込まれ護送されるシーンは、ディヴィッド・リーン監督の「ドクトル・ジバゴ」へのオマージュとされる。
作中のエピソードはおよそフィクションであるが、シンドラーが雇っていたユダヤ人を救ったという事実に変わりはない。
主演はシンドラーに、「マイケル・コリンズ」で主演した長身のリーアム・ニーソン。イザック役に「ガンジー」のベン・キングスレー。残忍な少尉ゲートに、「イングリッシュ・ペイシェント」のアルマシーを演じたレイフ・ファインズ。
大物俳優を揃えていなかっただけに俳優人のキャラクターに左右されず、ドキュメンタリーらしいリアリティを醸し出すことに成功しているといえるだろう。
(〇九年八月二十八日)
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