ジャン・オノレ・フラゴナール
Jean Honoré Fragonard 1732年4月5日 - 1806年8月22日
ロココ期のフランスの画家。
西洋美術史において、18世紀はロココの世紀であった。フラゴナールは、その18世紀の後半のフランスを代表する画家である。フランス・ロココ美術 の典型的な画家であるとともに、時代の変化のなかで、ロココ時代の最後を飾った画家ともいえる。
1732年、コート・ダジュール(南フランス)のカンヌに近いグラースで、皮手袋製造業を営むイタリア系の家庭に生まれた。
1738年、家族とともにパリに出て、シャルダン と ブーシェ という、作風の全く違う2人の巨匠に短期間ではあったが師事した。20歳の時にローマ賞(フランスのアカデミー主催コンクールの1等賞で、受賞者は国費でローマ留学ができた)を受け、ローマで学ぶことになる。
1767年頃、画家としての絶頂期に描かれた 『 ぶらんこ 』 は、庭園に設けられたぶらんこに乗る若い女と、それを低い位置からのぞき見る、愛人の貴族男性を描いたものである。ひとつ間違えば下世話になりかねない主題を品良く描いている。
しかし、ロココ絵画のこうした軽薄な画題は、ディドロらの百科全書派の批判を招いた。そして、1789年のフランス革命による体制の大変革とともに、時代の好みも変わり、ロココ美術も次第に下火になっていった。1793年フラゴナールは美術管理委員会メンバーに選ばれ、1800年までルーブル美術館の収蔵品管理を担当するが、晩年は失意と貧困のうちに亡くなったという。
( wikipedia )