St. Michael and Satan 1518年
Oil on canvas. Museo del Prado, Madrid, Spain
Raphael Sanzio (ラファエロ・サンツィオ)作
ヨハネの黙示録 第12章-第13章
新約聖書 (ヨハネの黙示録 第12章-第13章 概略)
1人の女が陣痛に苦しんでいる。 女は太陽をまとい、月を踏みしめている。
そこへ赤い竜が現れる。 竜は7つの頭に7つの冠をかぶり、10本の角をもっている。
竜は女が子どもを産んだら食べるつもりで、天の星を尻尾で叩き落としたりしながら、今か今かと待ち構えている。
ところが生まれた子どもは即座に天へ引き上げられ、女は産直にもかかわらず素早く荒れ野へ逃げ去った。 怒り狂った竜は手下を引き連れて、天界へ乗り込む。
迎え撃ったのは、大天使ミカエル率いる天使の大軍勢である。 天使軍団と竜軍団の壮絶な戦いが始まる。 竜の正体は、悪魔ともサタンとも呼ばれる年経た蛇である。
しかし邪悪なものが聖なるものにかなうはずはなく、やがて竜は手下もろとも地に叩き落とされる。
敗れた竜はせめて女を食おうと荒れ野へ飛ぶが、神の力に守られている女に手を出すことはできない。
そこで女の子孫のうち、神の戒めを守り、イエスの証を持っている者たちを破滅させることで鬱憤を晴らすことにした。
( Renaissancejapan より、抄出 )
女占い師
女占い師 Diseuse de bonne aventure
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
制作 (1632-1635年頃)
カンバス 102×123cm
メディウム 油彩
所蔵 メトロポリタン美術館
作家・絵画 評論の御紹介
フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表作『女占い師』。本作に描かれるのは、白帽子を被った老婆の女占い師が若い男を占う風俗的主題で、この主題はバロック絵画の巨匠カラヴァッジョを始めとし、数多くの画家が手がけている。この白帽子を被った老婆がコインを用いて若い男の未来を占っているが、若い男の周りではジプシー女たちが男の持ち物を窃盗している。老婆と男の間のジプシー女は、男の顔色を窺いながら手元では男が身に着ける金鎖を切っており、また男の背後のジプシー女らは、今まさに男の財布を盗まんと手を伸ばしている。本作では登場人物の全てがほぼ垂直に配され、対象の形体や筆触にやや発達途上な部分が見られるものの、高度な写実描写による浮き彫り的な力強い表現は、観る者を圧倒するだけでなく、本場面へと誘うかのように強く惹きつける。ラ・トゥールの作品としては例外的な昼の情景が描かれている点や、登場人物が纏う衣服などの時代考証が合わない点、他に類似のない署名などから過去には真贋が幾度も問われてきたものの、現在では真作であるとする説でほぼ占められる本作は、その来歴も不明な点が多く、1949年に本作を狙っていたルーヴル美術館が取得できず、画商ウィルデンスタインが取得し国外へ持ち出した為、その許可を与えた当時の文化相アンドレ・マルローが下院議会で、釈明しなければならない事態へと発展した。なお本作はおそらくは騙される若い男を中心として描かれたものであり、後年、どこかの時代で左側部分が約30センチ前後切断されたと推測されているほか、上部を約6センチ程加筆されていることが判明している。
関連:カラヴァッジョ作 『女占い師(ジプシー女)』
( ジョルジュ・ド・ラ・トゥール-主要作品の解説と画像 )
作家・絵画 評論の御紹介
フランス古典主義画家。生前には著名な画家であったが、死後長く忘れらていた。1915年になってドイツの美術史家ヘルマン・フォスが論文を発表しようやく再評価された。
フランス絵画史における、最も謎めいた画家と言われる。彼は生涯で400点ほどの絵 を描いたが、30年戦争で多くが焼失してしまった。現存するものは、僅か40数枚。
ろうそくを光源とした「夜の情景」 と、明るい光のもとで描かれた世俗的な「昼の情景」の、二種類のタイプの絵がある。
ラ・トゥールは違うタイプの絵を描く。きらびやかな装飾品を、嬉々として描いてるし、「いかさま師」のなかの胡散臭い 人間たちが、いちばんいききして光彩を放っている。だからとって敬虔な「夜」の絵が嘘だとは」思えない。
「夜」に 描かれている清らかさは人の心を打つ。
だから、「昼」も「夜」も、どちらも本物。昼が現実、夜が理想。その二つの顔 を併せ持つんがラ・トゥールの人間。つまり人間には二面性があるということ。虚と実。表と裏。光と闇。ラ・トゥール自 身がふたつの極を行ったり来たりしているような人物。
ろうそくを光源とした「夜の情景」 は清謐な宗教的世界を築いている
( 美術ミステリー42 )
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
Georges de La Tour,1593年3月19日 - 1652年1月30日
現在のフランス領の ロレーヌ 地方で生まれ、17世紀前半に活動した画家
ラ・トゥールは生前にはフランス王ルイ13世の「国王付画家」の称号を得るなど、著名な画家であった。
次第に忘却され、20世紀初頭に「再発見」された画家である。残された作品は少なく、生涯についてもあまり詳しいことはわかっていない。作風は明暗の対比を強調する点に カラヴァッジョ の影響がうかがえる。単純化・平面化された構図や画面にただよう静寂で神秘的な雰囲気はこの手法によると覗える。
人物画の深い趣はラ・トゥール独自のものであろう。
大工の聖ヨセフ (Saint Joséph charpentier) 1640年頃
137×102cm
油彩・画布
ルーヴル美術館(パリ)
【ジョルジュ・ド・ラ・トゥール-主要作品の解説と画像】
大工の聖ヨセフ (Saint Joséph charpentier) 1640年頃
137×102cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的作品のひとつ『大工の聖ヨセフ』。詳しい制作の意図や目的、依頼主などは不明であるも、英国の画商バーレー・ムーア・ターナーによって英国内で発見された後、1948年にルーヴル美術館へ寄贈された本作は、新約聖書に記される聖母マリアと結婚した神の子イエスの義父≪大工の聖ヨセフ≫を主題に描かれた作品で、対抗宗教改革時にフランシスコ会を中心におこった聖ヨセフ信仰によって大変尊重された主題のひとつとして、当時は広く流布していた。画面全体を包み込む蝋燭の光によって本場面を観る者に、より静謐で神秘的な印象を与える本作では、聖ヨセフは後の受難者イエスが背負いゴルゴダの丘を歩むことになる十字架の象徴とされる厚い角材に、両手持ちの錐(キリ)を用い穴を開ける大工作業をおこないながらも、その視線はイエスの方を向いている。その傍らでは幼子イエスが蝋燭を手に、義父聖ヨセフの仕事を晧々と照らしており、互いの深い精神的な繋がりが表現されている。また本作の聖ヨセフに示される≪老い≫や≪写実的描写≫や≪経験≫、イエスに示される≪若さ≫や≪様式的描写≫や≪修学≫など明確な対照性も注目に値する。本作で観る者の興味を最も惹きつけるのは、イエスが蝋燭にかざしている左手から透ける光の表現にある。画家の作品においては、(しばしば登場する)蝋燭とその光が重要なモティーフであることは疑いないが、本作のそれは比類なき圧倒的な表現力と極めて高度な描写によって描かれており、画家の作品の中でも特に秀逸の出来栄えと存在感を示している。なお制作年に関しては諸説唱えられているものの、画面全体の統一感のある落ち着いた光の表現や褐色を多用した色調から現在では多くの研究者が1640年頃(又は1640年代初頭)に手がけられたと位置付けている。
http://www.salvastyle.com/menu_classicism/latour.html
ラ・トゥールは1593年、当時まだフランスの一部ではなかったロレーヌ(ロートリンゲン)公国の小さな町ヴィック=シュル=セーユに生まれた。家業はパン屋だったという。少年時代や修業時代のことについてはあまり詳しくわかっていないが、1617年からは同じロレーヌ地方の町リュネヴィルに移住して活動し、1620年には弟子がいたことがわかっており、この頃には画家としての地位を確立していたものと見られる。この当時の画家の常として、ラ・トゥールも修業時代にはイタリアなどの外国を遍歴したものと思われるが、彼がイタリア等に滞在したという確かな証拠は見つかっていない。
1639年にはパリに出て、国王ルイ13世から「国王付画家」の称号を得ている。ラ・トゥールの代表作の1つである『イレネに介抱される聖セバスティアヌス』はルイ13世のお気に入りの絵だったという。 その後リュネヴィルに戻り活動を続けるが、1652年1月、伝染病のため妻と子を相次いで失い、画家本人も後を追うように死去した。( Wikipedia より抄出 )
☆☆
ラ・トゥールが活動したのは17世紀前半である。当時のヨーロッパは、バロック絵画 美術の全盛期であり、フランス画壇では古典主義の大家ニコラ・プッサンが活動していたが、ロレーヌのような地方にはパリやローマのような都会とは異なった独自の画風をもった画家たちが存在していた。
ラ・トゥールの作品には、『いかさま師』『女占い師』のような風俗画系統のものと、聖書に題材をとったものとがある。後者の系列は『悔い改めるマグダラのマリア』『大工の聖ヨセフ』のように夜の情景を描いたものが多い。これらの作品の多くでは画面のかなりの部分を闇が占め、人物を照らす光はろうそく、たいまつなどの単一の光源から差し、「明」と「暗」の劇的な対照が見られる。人物などの形態は平面化、単純化され、モチーフはぎりぎりまで切り詰められているが、画面には深い精神性と宗教的感情が感じられる。
『悔い改めるマグダラのマリア』ナショナル・ギャラリー (ワシントン)
『悔い改めるマグダラのマリア』メトロポリタン美術館ラ・トゥールの名は18世紀には忘れられ、彼の作品はスペインの画家の作品だと思われていた時期もあった。ラ・トゥールの存在が再認識され始めたのは20世紀初頭であり、ドイツの研究者ヘルマン・フォスがナント美術館(フランス)にあった作品をラ・トゥール作と確認したのは1915年のことであった。1934年にパリで開催された「現実の画家たち」展という、それまで一般に知られていなかった地方画家の作品を集めた展覧会でラ・トゥールがあらためて注目されるようになり、第二次大戦後の1972年にはパリで大規模なラ・トゥール展が開催された。1972年の展覧会以降、新たにラ・トゥール作とされた作品が増えたものの、そのうち何点を真作とするかは研究者の間でも意見が分かれている(現存するラ・トゥールの真作は20数点とする研究者もいるが、60数点とする説もある)。
ラ・トゥール作品の特色の1つは、レパートリーが狭く、同じテーマ、同じ構図の作品が複数存在する例が多いことである。たとえば、真夜中にろうそくの光のもとで瞑想するマグダラのマリアを描いた『悔い改めるマグダラのマリア』は少なくとも3点あり、『いかさま師』は全く同構図の絵がルーヴル美術館とキンベル美術館(アメリカ、フォートワース)にある。これについては、画家本人が複数の同じ作品を描いただけでなく、息子のエティエンヌの作品が含まれているのではないかとする説もある。
代表作
ラ・トゥールの各作品の制作年代については、研究者や文献によって相違があることを付記する。
『読書する聖ヒエロニムス』(1621-1623年頃)ハンプトン・コートロイヤル・コレクション(ロンドン)
『聖トマス』(1624年頃)国立西洋美術館(東京)
『老人』(1624-1650頃)デ・ヤング美術館(サンフランシスコ)
『聖ヒエロニムス』(1624-1650頃)グルノーブル美術館
『聖ヒエロニムス』(1624-1650頃)ストックホルム国立美術館
『 いかさま師 』(1625年頃)ルーヴル美術館、キンベル美術館(アメリカ、フォート・ワース)
『聖ヨセフの夢』(1628-1645頃) ナント美術館
『 女占い師 』 (1632-1635年頃)メトロポリタン美術館
『悔い改めるマグダラのマリア』(1635年頃)ルーヴル美術館、メトロポリタン美術館、ナショナル・ギャラリー (ワシントン)
『大工の聖ヨセフ』(1640年頃)ルーヴル美術館
『聖誕』(1645年頃)レンヌ美術(フランス)
『イレネに介抱される聖セバスティアヌス』(1649年頃)ルーヴル美術館、ベルリン美術館
下の写真によるヌード作品も、裸体が背景からは浮き出させることに、いくぶんか成功しているように見える。
ワイエスの作品では、バックは殆ど省略されてしまい、「黒いベルベット」という画題により、そこに敷物があるのだと、鑑賞者はやっとの事で理解出来る。 それにひき替え、写真はなんでも平等に写しこんでしまう。明るさも、テーマの形態とバックを分けて、調整することはできない。絵描きの場合は、バックだけ何段階も絞り込むことが、可能なのだ。
何度も引っ越しをしたので、『Andrew Wyeth The Helga Pictures』 が何処かへ行っちゃいました。
それで、おおきな空白は、悔しさの表現です。
出典 ヌード写真 http://www.easysbabes.com/galleries/femjoy-14/femjoy-1.jpg
■ Site Information ■
■ 2009年7月9日
「我が郷は足日木の垂水のほとり」 はじめました。
本稿はそのアート関連サイトです。
■ 2010年3月2日
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Ingres Amdromeda
庶民は素寒貧で、荒海の岩に、冷たい鎖で繋ぎ止められている。
そこに英雄・トランプ氏が、忽然と現れて。アメリカ国民の、冷酷な縛めを、解いて暮れるはずだった。ところが、どういうわけか。敵役のバイデンの、時代になってしまった。歴史は権力者が、手前勝手に書き換える。ナンチャッテ。
それで、是から。
トランプ氏の、『悪業』 が、書き足され、続けることとなる。 https://blog.goo.ne.jp/wagasato/e/2add3a6f7b2fd9a6d1929454ce9b7314
アメリカ庶民を、コロナ禍で縛り付け。睨め回す、狒々爺と認定される、そうした風潮も湧いてくる。
Date 1638年
Medium oil on canvas キャンバスに油彩
Dimensions Height: 189 cm (74.4 in). Width: 94 cm (37 in)
Gemäldegalerie, Berlin 絵画館 (ベルリン)
蛙の面になんとやら、何を言われても
カエる心は帰心矢の如し。
知らぬ顔の半兵衛さんは、ここはごろ寝としゃれ込むつもり。
小さな水たまりも、蛙にしてみれば温泉気分で、極楽ごくらく。
色々な絵があって、気に入った絵は心の水たまり。
このぬるま湯の中で、心の洗濯をする。
暖かい湯につかれば、そのうちノボセテきて、考えるのが億劫になる。
こうなれば、〆たもの。
浮世の憂さを、かけ流しの湯に流して、蛙になるのもオツなもの
Johann Georg Platzer ヨハン・ゲオルク・プラッツァー
Title Deutsch: Latona verwandelt die lykischen Bauern in Frösche
English: Latona turning the Lycian peasants into frogs
English: ‚Latona‘ is the Roman gods assimilated to the Greek goddess ‚Leto‘
Medium oil on silver (possibly on copper)
Dimensions 8 × 12 in (20.3 × 30.5 cm)
レートー(古典ギリシア語:Λητώ, Lētō)は、ギリシア神話に登場する女神。ローマ神話ではラートーナ(Latona)。ティーターン神族のコイオスとポイベーの娘で、アステリアーと姉妹である。ポーロスとポイベーの娘という説もある。ゼウスの子アポローン、アルテミスを生んだ。日本語では長母音を省略して レト とも呼ぶ。
レートーは黒衣をまとい、神々のうちで最も柔和な女神といわれる。鶉に変身したゼウスとの間に子アポローンとアルテミスを生んだが、そのためヘーラーの激しい嫉妬をかったとされる。
wikipedia
蛙ゲコゲコ、カラスはカァー。
冬場の蛙は泥の中。でも温泉があれば、ぬくぬくと這い出てきちゃう。