ドラクエ9☆天使ツアーズ

■DQ9ファンブログ■
オリジナルストーリー4コマ漫画を中心に更新中
時々ドラクエ風味ほかゲームプレイ漫画とかとか

マシロの帆

2022年06月06日 | ツアーズ SS
マシロが望む場所にマシロの個室を用意してやるよ、と兄は言った。
でも。
(ここは最悪)
と、揺れの収まらないベッドの上で体を丸めて硬く瞑っていた目から涙が流れる。
感情的なものではなく、生理的な現象だ。
初めて乗った船は最悪に居心地が悪かった。
村から出て慣れない道を歩いて兄についてきたマシロを悩ませたのは疲労よりも深刻な人酔い、さらにそれを超えて辿り着いた船で船酔い。
(だから村の外なんか嫌い。何にも良いことなんかなかった)
知っていた。自分は知っていたのに、それでも兄がいてくれるなら大丈夫かも知れない、と思ってしまったのは、おそらく先に弟のセイランが村から出たから。
自分より年下のセイランはその学力を認められて世界的に有名な学園へ入学するのだという。村ではその話題で盛り上がり、普段マシロとすれ違っても挨拶程度しかしない村人たちまでもが「すごいわねえ」と話を聞きたがり近づいてくる。
それが鬱陶しかったから、どこか遠くへ行きたかった。
(本当に行きたかったわけじゃない)
だからバチが当たったのだろう。
兄の真心を、村での弟への賞賛から逃げ出したいという一心で利用したマシロへの罰だ。



翌朝。
ゆらゆらと揺れるばかりだった感覚が幾分かマシになっているようで、体を起こしてみた。まだ少し頭がふらふらするけれど、それよりも。
(お腹すいた)
思えば村を出た時から食事もままならなかった。
ヒロはマシロの為に色々と気を遣ってくれてはいたが、疲労と緊張とストレスでろくに味もしないなんだか分からないものは喉を通らなかったからだが。
ベッドの脇にマシロの為に置かれている水差しには柑橘らしき実が入っていて、それをコップに注いで水を飲んだら、腹の音が鳴った。
(兄ちゃんはどこだろう)
マシロの意識がある限りは、ずっと枕元についていてくれたヒロの姿はない。
兄をさがして部屋を出る。
船の中はさほど広くはないがそれでも詳しくないマシロは一つずつ部屋の扉を開けてみた。誰もいないのかと思ったが、今までのどの部屋よりも広い部屋には金髪の男の背があった。
(えっと、兄ちゃんの友達で、蜘蛛が怖い人)
ミカヅキはマシロの気配に気づいて、やっと起きたか、と立ち上がった。
「体調はどうだ?」
「兄ちゃんは?」
二人同時に言葉を発してしまったことで、僅かな沈黙。マシロにとってミカヅキからの質問には関心がなかったので黙っていると、先にミカヅキが口を開いた。
「町まで買い物に行ったぞ」
「えっ、何でっ」
具合が悪い妹を放って何を買いに行くのか、という非難めいた口調にミカヅキが顔を顰める。
「何で、って、お前が要求したんだろ」
りんごパイ、と続けられて、そう言われれば、と昨夜、いつだったかの会話を思い返す。
何か食べられそうなものはないか?とヒイロに心配されて、自棄っぱちにりんごパイが良い、りんごパイしか食べない、あれじゃないと死ぬ、と言った気がする。
(何でりんごパイ…)
特別好きなわけでも、村で普段から食べられているわけでもない、余り馴染みのないお菓子の名前を口にしていた昨夜の自分はどうかしていたと思う。
そのためにヒイロは今いなくて、自分は一人で。自業自得と言えばそうなのだが、何も真に受けなくてもいいじゃん、と八つ当たりめいた感情になるのは、この男がいるからだ。
一人きりにされていた方がよっぽど楽だった。
そうだ、部屋に戻ればいいんだ、とマシロが気づいた時、それで、とミカヅキが再び先程の質問を口にする。
「体調はどうだ」
あんたが放っておいていてくれたら最高だけど、と思ってはいてもそれを口にできるほど他人に関わりたいわけじゃない。そんな心情のまま、口にしたのは。
「最悪」
と言うぶっきらぼうな一言だけ。
だが意外にも、そんなマシロの態度の悪さを気にするでもなく「だろうな」と言った彼は「座れ」と椅子をひいた。
「起きられるようになったなら、横にならない方がいい」
少ししんどいだろうが座っている方がマシになる、と言われ、寝たらまたぶり返すぞ、と言われたことに、もう思い出したくもない気持ち悪さが蘇って、あれはもう2度とごめんだ、とマシロはその椅子におとなしく座った。と同時に、再び情けない腹の音が鳴って、空腹にへこたれそうになる。
「ビスケットなら食えるか?」
とマシロの前に出されたカゴの中には馴染みある焼き菓子が入っていて、思わず手を出したが。
「これ誰の?」
と、背後に立っているミカヅキを見上げる。
兄のいない今、マシロのものは何もないに等しい。誰かのものに手をつけて、あとでヒイロが困りはしないかを考えたマシロに、ミカヅキは「別に誰の物でもないが」と不思議そうな顔をする。
「自分のものは他人のもの、他人のものは自分のもの、じゃないのかお前たちの村」
お前たち、とは、ヒイロとマシロの事だろう。
村ではそうだけど。
「村の外は違うじゃん」
それくらい知ってる。父やヒイロに聞いたのだ。何も知らないと思って馬鹿にしてないか。と精一杯、虚勢を張ってみたが、それにもミカヅキは物静かに返す。
「ああ、そういうことか。」
安心しろ、ここは村の外だが船の中はお前の家のようなものだ、と言う。
(あたしの家?なんで?どこが?)
それを考えようとして、そんな事より、という声に思考を邪魔されたことに僅かな苛立ちを覚えたマシロに。
ミカヅキは「お前かまど使えるか?」と聞いてくる。
彼が差している鉄の扉、珍しいそれに興味をひかれて椅子を立つ。扉を開ける。村のレンガや石で作られたかまどとは違うが、薪を入れて火を付けるのは一緒だ。
「これが何?」
と聞けば、使えるなら茶を入れてくれ、と言う。
「え?かまど使えないの?」
「やったことがない」
「火入れるだけじゃん!」
なんなの、この人。と二の句が継げないマシロに、じゃあ頼む、と火打ち石を渡してくる。
「いいけど」
とそれを受け取って、普段村で使っている火打ち石よりよほど上等のそれを見て、ふと頭によぎったのは。
「人を使うならそれなりの報酬を出すのが当然じゃん」
そういえば、それまで淡々としていたミカヅキが初めて、驚いたような声を出した。
「えっ、お前、金とる気かよ」
「対価だよ、労働に対する対価」
よほど意外なことだったのか、今度はミカヅキの方が二の句が継げない状態だ。
その反応に、マシロも自分の言ったことがおかしいのか?と自信がなくなってきた頃にようやく、わかった、とミカヅキが部屋を出て行った。
小銭を探してくる、と言って。まだ火はつけるな、と言いおいて。
(お金ももらってないのに、火なんかつけるわけないじゃん)
と考え、何もおかしくないよね?と、弟のセイランを思い返す。村の神童、なんて言われて祭りあげられている弟はいつも「労働には対価が必要です!」と言うではないか。
神童が言うくらいだから正しいのだろう。それと同じことをマシロが言うのも、正しいはずだ。
そう考えているとミカヅキが戻ってきた。
「これで良いか」
と差し出されたもの、それを何も考えず手を出して受け取って、手のひらに載せられた鈍い光を放つ銅貨に、確かに感動した。
「わあ、すごい。初めて見た」
思わずそう声に出ていたくらいだ。
それにもミカヅキが驚く。
「はあ?!初めて見た?!だと?!」






ヒイロが言っていたこと、マシロのための個室を用意してやるよ、と言う意味。
マシロ一人くらい守ってやれる、と言っていた意味。
村の外に出る、たった一人で外の世界と対峙する、それがどういう事か、この船の人たちは知っている。知っているから、自分を守るための居場所を作った。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。