ドラクエ9☆天使ツアーズ

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北風と太陽3

2020年04月22日 | ツアーズ SS
「ミカが、あ、いやミカ様が、…じゃないミカヅキ様が」
「二度も訂正して正解にたどり着けない事に驚愕しますよ。そもそも、あなたは若様のお名前を直接に口にしていい格ではありません。この場合は、若様、とお呼びする様に」
そう言えば、ヒイロは大袈裟な身振りも加えて驚いて見せる。
「えっ?!…って事は、俺は先生と同じ格って事に?!」
言うに事欠いてどの顔でそれを言うのか身の程知らずをあれ程改めろと教育してきた何たるかをこうも無にしてくれる小童がその口をひん剥いてやろうか…!!
と脳内で憤怒の爆炎が上がりかけるのをようやっとの思いで自省する。
(い、いかんいかん)
己の内面は誰しもが目にすることができない閉ざされし場なり。すなわちその場こそが本性。誰の目にも触れさせぬ場こそ勤めて美徳であるべし。さすれば自ずと本性が外面に表れることこれ明明白白とす。
レネーゼの家憲を練り上げたと言われる先先代の言葉を三度脳内で繰り返したオシエルは。
能天気な内面が外面に表れているヒイロに向き合う。
「当然私はミカヅキ様とお呼びするお許しを頂いておりますが。良いですか?私が教師として接する以上、その様に個の呼び名を用いる事は他の生徒に対し若様への優位性を明らかにしてしまう事から、ややもすれば余計な軋轢を生んでしまうのではないかと懸念しあえて若様とお呼びする事で公正な距離感を周囲に明確にするためのものです」
「…ややもすれば?…やや、もす?…やや、も…やや以外に何がも?です?」
この高潔な精神論を聞かされて気になるところはそこか!!
おおお憤怒の爆炎よ鎮まりたまえ。カモノハシ。カモノハシにいきなり高潔を説いてどうなります。カモノハシとは平たい嘴より他に歯を持たない。つまり歯牙にも掛けない。そうですとも、この程度の事、歯牙にも掛けない、歯牙にも掛けない。
「御名でお呼びする事で、教師として特別扱いがあるのでは?と他の生徒に勘ぐられぬ様に、あえて、です」
「…あ、はい」
ふう、と自覚のないままにため息を漏らし、人差し指と中指で眉間を揉むオシエルである。
(眉間が痛い…)
思えば教育に携わって数十年。それは確かに、手を焼く生徒もいればその事に頭が痛いと嘆きを漏らす時もあったわけだが。
いくら頭が痛いとこぼそうとも、それは比喩だ。
生徒の扱い、あるいは己の采配に躓き、頭が痛い、と嘆いたとしても、その足で医局に駆け込み、頭痛薬をください、などと言うわけがない。
(だがしかし)
ヒイロの教育に携わった結果、眉間にシワを寄せることが常になって早半月。眉間の筋肉が筋肉疲労でも起こしているのかという鈍痛に眉間を押さえて唸る。
(く…っ!物理!!)
とかくヒイロは扱い難い。
オシエルが、今回二人が引き起こした問題において職責を放棄する、と言う判断を下したのもそれだ。
大体において、上のものは下のものに流されやすい。
つい先程の己の失態は言うまでもなく、あれほど完璧な存在としてあったはずのミカヅキでさえヒイロに関わるだけで善悪なく流されている。ここで一時的にヒイロに上流教育を仕込んだとして、悪い影響を受けこそすれ、良い影響が優るとは思えない。
その意を主軸にしたオシエルの訴えを、老侯爵は「そうであったとしても」と、柔らかく退けた。
「言い換えればそれは、彼らにも同じことが言えましょうな」
と、孫とその友人達の背景を指摘する。
「上流社会の影響を受け、それが果たして彼らにとって良いかどうかは我らの窺い知れぬところ。それでも私が交流を許したのは、実際に彼らと面会しての判断です。無論、彼ら自身は拙い。未熟でもあり、軟くもある。しかし彼らがミカヅキから良くない影響を受け、彼らの中で何かが歪まされるとして、それを正す周囲に恵まれている様に見えました」
それは家族であったり、知人や仲間、関わり合う人間の全て。それら周囲の人間の目がある。周囲から手を出す意思がある。それを聞き入れる耳がある。それは共に成長する環境が整っているという事。
そう感じたからこそ、許したのだ、と微笑む老侯爵は。
「ならば我らもここから学ぶ機会を得た事を喜ばしいと受け入れてみてはいかがか」
社会は成長する生き物だ。
多くの知識と経験という歴史に学び、想像と発展とがもたらす未来に学ぶ。
成熟しきったと思われる今の上流社会において、まだまだ未知数の余白があると老侯爵は考えている。
その考えに共鳴したからこそ、自分は、一度は放棄したものを飲み込み新たな責を負ってこの場に戻ったのだ。
手に負えぬとさじを投げた恥も捨て、ただ一人の人間として向き合うために。
(この二週間でどこまでやれるかは判らない)
前半の二週間を思えば、できることは知れている様にも思う。
思うからこそ、焦って先を進めてはならない。ヒイロという人間性を、何よりヒイロ自身が理解できる様に導く。
そのために。
「ひとまず、私が授業を始めるまでは、もう言葉遣いなどどうでもよろしい」
驚くヒイロには、それがあなたに与える無礼講です、と前置く。
「私が話す事をよく聞き、よく考えて発言なさい。それを聞いて私も考えましょう。何があなたにとって最善となるかを判断し、残り二週間の授業内容を決めます」
いいですね?と了承を取り付け始めた会談だ。
ミカヅキのためでもなく、教師としての実績でもなく。
ヒイロのための、最善だ。
(それで駄目なら所詮今の私はそれまでであったという事)
最高峰、などと謳われる位格の真面目。
その現実に向き合うために捧げられる時間は刻一刻と削られていく。


■ ■ ■


そうして聞き出したヒイロの答えは、「俺は貴族になりたいわけじゃなくてミカの友達でいたいだけなんですけど」という、これまたあやふやなものだった。
それを具体的に聞き出そうとして、まず、どうしてそう考えたのか、という問いに対しての返答、第一声があの冒頭の「ミカが、ミカ様が、ミカヅキ様が」である。
果てしなく出口は遠い。
「言葉遣いはどうでもよろしいと言ったでしょう」
「あー、そうなんですけど」
「何度も蒸し返さない!」
「はい!」
貴方がそうしてしまうのは反省が足りない証であり、…と言いかけて思いとどまる。
萎縮するヒイロにとって、あの一件はよほどに堪えた様に見える。
オシエルにしてみれば、なぜその慎重さをもっと早く理解し得なかったのか、と問いたい気分ではあったものの。
(痛い思いをしてやっとわかったというなら、それも良しとしましょう)
砂糖を知らぬ子にその甘さを説くのは難しい。火を知らぬ子にその熱さを説くのもまた同じ。
言葉のみで教え込む事に限界はある、と気づいたオシエルもまた、それによって気づかされたのだから。
そうでなくともヒイロは異質だ。
これが貴方に教える事です、と差し出したものを、そうとは受け取らない。
あろうことか、差し出されたものを吟味し、選り好みする。自分にとって必要なもの、不要なものを勝手に取捨選択するのだ。全面的に教えを乞う生徒としての立場でそれはあり得ない。今までのオシエルの教育者人生の中で、最もお目にかかれない人種だったということ。そして。
「先生ほどの方でも持て余すのですね」と言ったのはミカヅキだ。
ミカヅキにとっては他意のない、だがオシエルにとっては屈辱的な言葉であった。
だからこそ痛みで己を知る。自分は、教えを軽んじていたのだ。教育者として何よりも軽く見てはならない生徒の事をこれまでの経験と一括りにして片付けようとしていた。
恥と言うならそれをこそ恥ねばならない。
「若様とよくよく話をされた上での事なら、その意をお聞きしたいですね」
そう水をむけてやれば、ヒイロも顔をあげる。
素朴で、悪気のない、ただそれだけの子供だ。進んで悪事をするわけでもない。だが、それだけでしかない子供なのだ。
「ミカが、俺と先生との間に溝がある、って言うから、それを考えてみたんですけど」
教わる事に抵抗があるわけではない。向上心もある。課題を達成するまでの努力も問題ない。
それでも溝がある。
「それってやっぱり、先生は貴族の人たちに貴族としての立派な行動を教える先生じゃないですか。でも俺、貴族じゃないし、これから貴族を目指すわけじゃないし、って思ってて」
両者の意識の違いがあるとすればそこだ、と考えたらしい。
「教わる事は一緒なんだけど、なんか違うかな、って」
「違和感があると?」
「違和感っていうか、別に貴族になりたいわけじゃないし」
「だからこの授業は無意味である、という意識が邪魔しているとでも?」
「無意味とか…上流社会の作法身につけないとミカと大っぴらに遊んだりできないみたいだから無意味とか思ってるわけじゃないんだけど…、うーん難しいですね?」
しばしその言葉を吟味する。
ヒイロが頑なにこだわる、貴族じゃない、というそれ。確かに無意識下でそれが働くのなら、オシエルの言葉はミカヅキに届くのと同じ様には届かないのかもしれない。
いや、待て。今聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「…貴方は若様と遊ぶ事が最優先なのですか」
「はえ?」
言われてみれば、今回の騒動もヒイロの発案の「お遊び要素」だ。
この子の頭の中はどうなっているのか。
「若様をどの様な方だと心得ているのです」
「どの様な」
友達です。と何の悪気もなく返答され、もう抱えすぎて抱えきれないほど抱えてきた頭をまたもや抱える。抱えるのゲシュタルト崩壊だ。
「若様は将来、一つの領地を背負って立たれる方なのですよ?領民全てに対して責任を負う立場の方が、貴方の遊び相手でいられるわけが無いと解っていますか?」
「あ、それは解ってます!だから今頑張ってます!」
何を!!
「ちゃんとミカの力になれる様に」
俺だけじゃなくて、と言い募る熱に、オシエルは抱えた頭を上げた。
「今回はたまたま俺だけなんだけど、あと二人も、同じです。ミカがやりたい事があって、その時に俺たちを頼る事があったとして、頼った事でミカが怒られなくて良い様な人になりたいんです」
それが「友達でいたいだけ」という言葉につながり、礼儀作法の教えを受ける動機になる、と。
では、貴族になりたいわけじゃ無い、という点にこだわる理由もそこか。
「なぜ貴族になりたくないのです?」
「え?だってなりたくてなるもんじゃ無いし」
「手段としてなら、この私でも幾つか提示できますとも。若様なら当然、その可能性にも気づいておられるでしょう。その様な話は今までに一度も出たことがないと言われますか」
「あ、ああ!そう言えば!俺の友達、お貴族様の養子になったんでした!」
「は?!」
それは意外な。
いや。意外な、というか、盲点。そうか。なくは無い。ヒイロの、ミカヅキとの接点が今一つ理解できなかったが、そちらの方向からの接触を考えれば、なるほどと頷ける。
「なるほど。では、身近にその事例があった事で、貴族のあり方を垣間見、敬遠したという事ですか」
「けいえん」
「なぜ貴族になりたくないとの考えを持ちましたか」
「え?なぜか、って?えーと、あんまし面白くなさそうで…」
これまためまいのする返答。
オシエルの両方が震えるので、ヒイロが困った様に身を引くが。
「…貴方の考えは全て面白いか面白くないか、なのですか」
全く、呆れる。
「あ、ダメでしたか」
「…成人し社会へ関わる事をどう考えているのです?」
「社会に関わる…、お金めっちゃ稼げる様になるなあ、って」
二の句が継げない。
(いや、これが市井の子の平均水準と思わねば)
己の生きる意味が「社会貢献」を第一とする権力者の後継の子らと同じであるわけが無いのだ。
領民一人一人は、自分の生で手が一杯だろう。自身の力で生きることが最優先。家族を養うことが最大の貢献。だからこそ、それ以上の社会的貢献を富裕層が担う。その構図を頭に入れなければヒイロの指標にはなれない、…と己を戒めていると。
ヒイロは項垂れるオシエルを前に身を乗り出して力説する。
「いやほら、お金稼げる様になったら弟とかを学校にやれるし!」
「……」
「学校に行ったら良い職につけるし、高給取りになったら家族に物送るの楽になるし、うちが豊かになったら近所にも物資分けられるし、近所が楽になったら村にも広がるし、みんな喜ぶ良い事づくめなんですよ?」
その言い分に顔を上げれば、身を乗り出していたヒイロが「駄目ですかね」とバツが悪そうに笑いでごまかす。
だが。
「それが社会貢献です」
「いや、そんな御大層な事じゃ」
そうか。言葉として解っていないだけか。
少なくとも、ヒイロは自分の力が村を養う一助になることまでを考えられる様だ。
ならばミカヅキの背負う責務も理解できるだろうと話を再開させる。
「人が子供を育て成人させるのは社会を確立させる為です。一人一人が社会を生かしているという意識の元にあらねばその社会は成り立ちません。そしてそれは位格が上がるにつれ責任は重くなります。若様が社会貢献の使命を負っておられるのもその為です」
「ああ、えっと、はい」
そっちの話ならわかります、とヒイロが言った事に、オシエルは再び虚を突かれる思いだ。
自分のことはわからないと拒否しながら、ミカヅキの使命はわかるというそれ。
「ミカがよく話してくれるんで」
貴族社会が財力と権力を持つのは、領民がいる為だという話。財力と権力は領民のためにあるという事。領民の望む財力と権力の有方。力を正しく使う事が求められる貴族としての使命。
そのヒイロの話ぶりで、二人の関係は良くも悪くも、一切壁がないのだと解った。
良くも悪くも、と言えるのは、その後に続くヒイロの訴えに集約される。
「それをミカが背負ってる、って聞いた時はすげーびっくりして。そりゃ昔は大金持ちの子はなんでもできて良いなあとか思ってたんだけど、ミカの話聞いてから、お金があってやりたいことできるけど自由がないっていうのと、自由があってやりたいことができるけどお金がないっていうのは実はそんな違いはないんじゃないかな、って思って」
上流社会と下流社会を隔てる壁を感じさせないほどの親密さを育んだ時間が、お互いを理解に導く。
「ミカのことはすげーなって思うけど、すげー大変なことも不自由なこともすげーあるって解ってて、だから」
無邪気なすげーを無駄に連発した子供は、それを飲み込む様に、俯く。
「もうちょっと、楽にして良いとこは楽にやったら良いのにな、って」
思って。
思ってのこと。
「……」
やっと真実に辿り着いた。
オシエルが知りたかった、核心。これこそが。
課題の内容を遊戯に擬え、その達成度に報酬を格付けし、二人で授業を冒涜した。その芯。
友人に上流社会の流儀を叩き込む事に責任と義務を生じさせるミカヅキと。
友人のために上流社会の流儀を受け入れる事に何の代償も求めないヒイロと。
二人の抱えていたものは、オシエルには知り得ない動機となっていた。
「若様のために、あの報酬制度を作成したと?」
「うん、そう、です。ミカに直に言ったらまた妙なとこ気にするから、どうせなら面白いって思った方が気楽なんじゃないかなって思って」
「…私にそれが発覚しなければ、成功していたと思いますか」
「あー、最初は面倒臭いって言ってたけど、作り始めたらノリノリで。めっちゃ本とか広げて徹夜で作ってて、なんか楽しそうにやってたからまあ良いかな、って」
功を奏したかどうかはどうでも良い、というそれには「ふう」とあからさまにため息をかぶせる事で牽制する。
それで再び、ヒイロは「すみませんでした」と縮こまった。
「それはもう良い、と済ませた事です。今私が咎めたいのは、貴方が若様の背負うものまで背負いい込もうとするその姿勢です」
へ?と顔を上げるヒイロに言い聞かせる。
「若様の責任は若様のものです。たとえ周囲にどうあろうと、それを肩代わりできるものではありません。貴方に上流社会の作法を押し付けることを若様が負担に思ったとしても、それを貴方の代わりに受けられない様に、貴方も若様が負担に思っているそれを、代ることはできないのですよ?」
壁がない、とは良いばかりではない。
親密であればあるほど、個の領域が曖昧になる。
今の話は、それを明らかにした様に思える。そう言った危うさを感じたオシエルの言葉を、ヒイロは重要視しない。
「いやー代わってやりたいわけじゃなくて、重いならちょっとおろせば良いのにって思って」
「同じことです。それは貴方が口出すべき事ではありません。若様自身の問題なのですから」
ミカヅキが考え、乗り越えていかなくてはならない。
今まで友を持たなかった代償だ。幼い頃から友を得ていれば自然と身に付くものを、今から一つ一つ、ミカヅキは学んでいかなくてはならないのだから。それが、同じ上流社会の友からで始めるのではなく、格差も離れた友人から始まる事で、少々勝手が違うだけの話だ。
このヒイロの告白を引き出せた事で、オシエルはこの先のミカヅキの課題をも身に刻むことができたとして。
ええー、とヒイロは不満そうだ。
その不満を一蹴するのは簡単だが。
軽く見ては、ならない。
「何です。お聞きしましょう」
「ええー、っと。うち赤ん坊いる時とか、母ちゃんが腰痛え、って言ったら俺が代わりに背負うんですけど」
「…ぬぅ…」
それはまた話が違う、と口を開きかけ。
「それと同じで、母ちゃんが『もう母ちゃんでいるの疲れた!』って言ったら、じゃあ今日は俺が母ちゃんになる、ってやったり、それで母ちゃんが俺の子供やったり、父ちゃんの代わりを妹がやったり、って感じで、みんながみんなの責任?ぐるぐる回したりしてるんですけど…」
その話には意を突かれた。
「そういうの当たり前にやってたら近所とかにも広まって、『今日母ちゃんお休みの日だから私が母ちゃんなの』って俺より小さい子とかが寄り合いに出てきて配給の取り分の話し合いしたりとか普通にやってるんで」
「それで村が成り立つ、と?」
「はあ。大人もそういう時は子供扱いしないし、めっちゃ本気で潰しにかかから、子供は見方探して徒党くんで対抗したりで、えー、だから何ていうか、誰かしらが絶対村の管理に関わってるから誰も弾かれないっていうか、全員が村の重要人物だっていうか、誰かが欠けてもすぐ別の誰かが助けに入れるっていうか」
「…つまり、全員で責任を共有しているとでも言いたいのですか」
「あ、そう!それそれ、そうです!」
「それは逆に無責任と同義なのでは」
「え!?そうですか!?」
「…いや、ちょっと待ってください…その様な状況を考えたことはなく…」
いやしかしでもまあ大人が子供に譲歩している、という事か。
地域で子供を育てる環境作り…、一足早い社会経験として大目に見ていると考えればまあ。
「春と秋の村祭の福引、一等賞は一日村長権なんですよね。で実際、いろんな人が1日村長やって、いろいろ命令したりして、横暴なのとか堅実なのとか色々あるけど、みんな従うし…それはその1日村長の責任で。あ、そういや、うちの近所の子が『村の財産を全部俺に差し出せ!』って言ったこともあったっけな」
「……」
「村長の命令なんで、みんな従わなくちゃいけなくて、俺ももちろん家中財産かき集めて。1Gでも後日残ってるの見つかったら村追放だからな、とか言われちゃ仕方なく。んで、村の財産全部その子の家に集まったんですけど」
「……」
「そりゃーもー村全部の怨念も集まっちゃって」
「……」
「村の人間の怒号飛び交うわ泣くわ叫ぶわの阿鼻叫喚でまじ地獄絵図!みたいな、…あ、そうか!俺それ見てたから、金持つって怖えんだな、って思ったんだっけな!あ、そうだったそうだった」
「それで」
「あ、それで自分の家族からも避難轟々で夜中にその子が一軒一軒泣きながら財産返して回った、っていう」
違うそうじゃない。
「それで貴方の言いたい事とは」
「あ、みんなが責任持つって悪い事じゃないと思ってたんですけど」
今の話を聞いて、なるほど悪くないですね!と同意がもらえると思っているところが理解し難い。
これもまた壁を感じていないことの弊害か。
「なるほど、貴方のその話で大体、貴方の育った背景の一部は垣間見れたと考えますが」
「あ、俺、村にいたの7つくらいまでで、あとは流しの商いとかやってて」
そこでもやっぱり責任は1日交代で、という話を聞かされて確信する。
壁は要る!
「貴方の育った環境に対して私の意見を述べるには少々時間が欲しいところです。じっくりと吟味が必要だと考えます。これは宿題にさせていただきたいですね」
という言葉に「えっ先生も宿題するんですか」というヒイロの驚きはあえて見過ごしておくとして。
「私があと二週間の授業を行うことにおいての、貴方の問題点はおおよそ掴めたと思います」
そう、こちらが本題。
それをヒイロも理解したのか、「俺の問題?今の話で?!」と前のめりになる。
そうだ、ここからは真剣になってもらわねばならない。
「若様は貴方に、貴方と私の間に溝がある、とおっしゃられた様ですが」
ミカヅキに指摘され、ヒイロ自身が考えた問題点。
なら取り掛かるのはそこからが良い。
ヒイロの自主性が何よりも大事だ。
「貴方と若様の間に溝がない、と考えるのはなぜです?本当に溝がないのか、あるいは溝があるのを見て見ぬふりをしているのか。溝がないのならば、なぜそういう仲になれたのか。見て見ぬふりをしているのならばそうしなければ仲を保てないのか。そういった事を考えたことはありますか?」
「はあ?」
「間抜けな返事をしない。少しは考えなさい。即答しろとは言っておりません」
本来なら溝があって当然の関係なのだ。
そのこと自体を考えたことはなくとも、これまでに一度も衝突がなかったとは思えない。
体験を探る。実際に経験したことを、一つ一つ、遡って考えさせる。
「それは、ミカが俺たちのやり方に馴染んで行ったから」
「馴染ませたのは自分たちである、と言えますか」
そう問えば、言えます、と返ってくる。古来よりある「郷に入れば郷に従え」を実践してきたと言う。
そして。そのことに対して、最近迷いがあった、と告白されたのには手応えを感じた。僅かづつヒイロは己の内面に目を向けることを掴み始めている。
「俺は良いことだと思って押し付けてたけどミカには良くなかったのかな、って」
自分たちの仲間ではなく、本来のミカヅキの在り方を目の当たりにして直面した溝。
それを正解に導くために、「頑張って」いるのだろう。
初めて不安そうな面持ちを見せるヒイロにオシエルもまた気を引き締める。
「私はそれを問題としているのではありません。幼い頃より若様をお育てしてきた私から言わせて頂ければ、どの様な場であっても正しく学ぼうとする姿勢は若様にとって当然であり、その事で若様に悪影響があるとすれば正すのは私の役目である、と内観するところです」
そうではなく。
貴方自身の問題として、と言いかけ、改める。
「貴方の成長を妨げている問題として、私から言える事は」
その言葉にヒイロも姿勢を正す。
そうだ。先の二週間で教えたことは確実にヒイロの身についている。教えに手を抜いたことはない。後はただヒイロ自身の在り方が見合うかどうかにかかってくる。
堂々と胸をはり、美しくミカヅキの隣に並び立つために教え込んできた礼儀作法。
「郷に入れば郷に従え、を逆に、貴方が試されているとなぜ考えないのですか」
「あ」
「貴方が若様に自分の考えを押し付けるのも、今回の騒動を起こしたのも、貴方が「良い」と思って成した事です。そのことは済んだ事、としてよろしい。ですが、これからはもう少し踏み込んだ思考を求めます」
それが成長の糧。
ミカの友達でいたいだけ、という純粋な心根には新たな糧がいる。
「貴方は貴族になりたいわけではない、と言いますが。ではそれを別の角度から考えてみましょうか。貴方の言う、若様の友人でありたい、とはどういう考えなのです?そうありたい為に私の教えを受け入れているのは、若様と同格でいなくては、と言う脅迫観念ですか?純粋な願望ですか?」
「えええ?」
脅迫?願望?と頭を抱える様子もただ黙って見守る。
そうだ。考えるのだ。どこまでも深く。己の内面にある核を見出せるまで、どの様な言葉も疎かにせず、どの様な感情にも目を背けず、ただ一心不乱に思考するのは「己の答え」だ。
初日、二人は堂々とこの自分に向き合ってきたのだ。
恥いる様子も、恐れ入る素振りも一切なかった事を思えば。
(子供特有の無知とも言える、が)
「若様の友人でいる事に引目なくありたいと言うことですか」
「うん、そう、かな?」
「それは自分が劣っている事を認める事になりますね。若様の周囲の人間と比べ、自分は劣っている、と感じるならそれは何によるものですか」
「何に?何による…、何に、って…、ああー先生の話難しい!!」
「私の話が難しいのではありません。貴方がこれまで何も考えず生きてきたことの結果です」
「うっ…、それは確かに…」
こんなに頭使ったのここにきて初めて、などと嘆いてみせるのを華麗に無視。
「若様は貴方を劣っている、とは思ってはおられないでしょう。あるとすればただ身分の差です。その身分の差を埋めることはできません。それは貴方も若様も重々承知の上で、私に教育を要請したのではないのですか」
「そうです」
「上辺だけ真似ればどうにかなるとの考えですか」
「そ、そう、なのかな?」
「私に聞いてどうします」
「…そうかもしれませんです」
上流の振る舞いを身につけ、作法を学び、礼儀を覚えても、どうにかなる問題ではない。
その中身がなんであるかを知らなければ、この一月もの教育には意味がないのだ。
それをヒイロが自分で探し出せる様に。
その思考の森に、導を打つ。
「貴方は、若様が怒られなくて良い様に、と言いましたね。それは貴方から見て、自分が劣っている事を自覚しながら直視できず逃げている発言なのでしょうかね?認めるのが怖いのですか?悔しいですか?周囲から劣っていると嘲りを受けることは怒りですか?恥ですか。若様に、ではなく、貴方自身の感情はどこにあります?」
「俺の、感情」
感情、と何度も呟いて再び黙り込む。真剣に考えているのは伝わってくるが。
どうか。
ミカヅキは、彼らの特性は「困難を諧謔で制す」ことだと言った。困難や苦境を乗り越えるのは努力でも叱咤でも真摯でもなく、ユーモアだと言うのだ。
今のヒイロにとってこの問答は逃げ場のない苦境だろう。一度それをして問題を起こし、痛い目を見た今再び諧謔を用いることはあるまい。では手を封じられて出す答えは。
「劣ってる、って笑われて怒るとか悔しいとか、恥ずかしいとか、あんまないんですよね俺」
「ほう?」
「そういうの持ってるとすごいしんどいし…劣ってるって思ってるの向こうだけで、そりゃまあなんでも上の方にいる人たちから見たら俺は下にいる、っていうのはまあそうだろうな、って思うんだけど、でも別に俺、上に行ったことないからどう劣ってるのかとかわかんねーし…、逆になんでも自分でやることが自分に返ってくるっていうか、結局自分っていうか…、自分が頑張れば幸せって手に入るし頑張らなかったら不幸せだし…っていう…えーっと」
「馬鹿にされる事には何の感情もないと」
「なんか勝手にやってるなあ、って思うことにしてます」
なるほど。そうきたか。
「先ほど貴方は、他人から侮られることに負の感情はない、と言い、それを持つのはしんどい、と言いました。そうですね?」
「ああ、はい」
「しんどい、と言えるのはその苦しみを知っているからではありませんか?そうであるとすれば、貴方は負の感情を経験し、対処し、克服したと思えます。では、その人生観に至るまでの道筋はどうあるのでしょうね」
「人生観?!」
「貴方のそれは、立派に人生観と言えるでしょう。偽る事なく本音であるならば、ですが」
「偽っ…てるかどうか、よくわかんないですけど」
「そうですね。一朝一夕でそこに辿り着けるなら苦労もないのですが。…貴方がその考えを持つ様になったのは、自身の経験ですか?それとも誰かの影響ですか。例えばそう育てられたから、素直にそう考える様になったのか。これまでの辛酸から自ずとそう考える様になったのか。影響を受けた良い事、悪しき事、人との関わりや書物、それらが自分をどう作り上げてきたのか、じっくりと考えればよろしい。考えて考えて思考を豊かにすることは、視野を広げます。自分を内面から見るというのはそういう事です。生きる上で自分が何に傷つくのか、何に励まされるのか知ることです。心折れることも、回避することも、恥じなくて宜しい。多くの手段を生み出してここまで生きてこられたのは、何があってのことか、その一つ一つに答えを出す事が大事なのです」
己を見つめるとは、そういう作業です、と。
半月あまり何度も言ってきた事を、今初めて、具体的に指示を下す。
実際、自分を見つめ直せ、と言い聞かせてきたがここにきてもヒイロは出来ていない。だからと言って手本を示せる類のことでもない。ならばオシエル自身の経験を語るしかない。どの様に自分を知ったか、自分という人間はどうある存在なのか。
オシエルが生きてきた年数は自分の生き様を問い質しその答えを探し抜くための時間だった。
「一つ一つ…」
と感心を胸に刻む様に呟くのはオシエルの半分も生きていない命。
「今答えを出しなさいと言っているわけではありません。考えたことがないのならたった今から考えなさい。そして残り二週間のうちに何かしらの答えが出たならばお聞きしましょう。それを聞くことで、おそらく私も貴方に対して次の指標を示すことができるでしょうから」
「え?答えが出なかったら?」
「それは仕方がありませんね。こればかりは強制的に答えを示せと言えるものでもないのです。答えは貴方自身のことで、正解が一つと決まっているものではありませんから」
宿題です、と言い、常にそれを頭から離さない様に、と言い置く。
はい!と返事は良いが、目に見えるものではないだけにどこまで理解できているかはわからない。
だから次の導を用意する。
「私がそうしなさい、と言う理由ですが」
「はい!」
「貴方の本質において、負の感情、…貴方が「持っているのはしんどい」といった感情です、それらの感情に振り回されない様な生き方ができているのに対して、正の感情、…好きだとか良いことだとか楽しい、面白い、そういった感情ですね、負の感情に対して正の感情の制御がまるでできていないことが問題だと思えたからです」
「はっ」
今回の騒動も。
普段からのミカヅキとの付き合い方も。
これで良いかどうかと迷いがあることも。
「負の感情を抑え込んでいる反動なのでしょうかね?抑えこんでいるそれを埋め合わせるように明るい感情ばかりが暴れて、貴方自身がそれらに振り回されているのではないですか」
良い感情だから大っぴらにさらけ出して良いものでもないのだ。
特にヒイロは悪い感情を持たないと自身に課している生き方だから尚更、そこばかりが際立つように感じる。
押さえ込むことと制御できていない事が極端に過ぎて、ヒイロと言う人物は実に不安定だと言えるだろう。
「私が貴方の態度を不真面目だと感じるのも、真剣さが足りないと不快に思うのも、幼稚さゆえに若様と並び立つことに疑問を抱くのもその辺りにあるように思います」
「うあ!」
「貴方が若様に自分のやり方を押し通すのも、これで良いのかと迷うことも、未熟であることの顕れです。負の感情を制御するように、正の感情を制御すれば、問題を起こす前に踏みとどまることが可能でしょう」
「あああ、そっかあ!」
「わかりましたか?」
「なんか、うん、えっと、わかるような」
「今はそれでよろしい。貴方の本質を否定するものではありません。負の感情を制御できる貴方なら、正の感情もまた己の意のままに制御することが可能だと思うからです。それこそが大人としての成長であり」
「はい!」
ヒイロの目の奥にある意志が輝きを取り戻す。
「貴方の言う、ミカヅキ様の友人でいたいだけ、と言う希望にも適うと思いますが」
如何か、と問うことに意味はない。
ヒイロの答えはもう決まっている。
「すっごくわかりやすいです!」
貴族にはなれないけれど、それならできそう、と言う単純明快な答えだ。
教わることにこだわりを捨てさることができた。
やっと。
やっとだ。
(人一人を教えることは)
「では明日からおよそ二週間の授業は、貴方の希望通り、ミカヅキ様の友人であるための指導内容へと切り替えます。貴方はこの二週間を通して、自分の感情に向き合いそれを制御することを学ぶように」
(慈愛だ)
「はい!よろしくお願いします!先生!めっちゃついていきます!!」
早速正の感情を全開に飛びついて来そうな勢いの返事に、やや苦笑する。
(慈愛、か)
「貴方という人は本当に」
「はい?」
「一つお聞きしますが」
「えーっと、それは無礼講ですか」
「…無礼講です。よく知りもしない私に対してそこまで好意的なのはどういうことでしょうね」
「へ?」
間抜けな声を出した後に、えーと、とわずかに考える風を見せたヒイロは。
「だってミカの先生だから」
と言った。
なんと単純。そして無防備。
このままでは彼らのためにも良くないと考えた、とミカヅキが言うのもわかる気がする。
「いや、えっとほら、だってミカが先生のこと大好きなんだなってのは見てて分かるし、ミカが先生の教えがあってのミカなんだなって先生の授業受けてから良く分かったし、それってつまりミカが俺と友達になれたのって先生のおかげってことで」
「……」
一気に捲し立てて呆気にとられているオシエルを前に、臆面もなくヒイロは笑った。
「先生は俺の一生の大恩人です!」
それには言葉もない。
ただただ、ヒイロの扱いにくさを再確認するばかり。
「まったく、見事な無礼講ですよ」
「あ、いやあ。それほどでも」
…褒めたわけではない。



人一人を教えることは慈愛だ。
慈愛を軸に、厳格にも寛容にも、対峙する人間の人格を導く。
目指す先を示し、到達を寿ぐ。
これまでの教え子にも、これからの教え子にも、ヒイロほど手を焼かされることはないだろう。
だからこそ、教師としての生涯をかけ、この行末を見守ることになるのだろう。
オシエルが最も愛した「レネーゼの至宝」となる教え子と、それに並び立つ子供たちの行く末を。
その覚悟を持って。
「では授業を始めます」

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