これで大体タメフン場での撮影が終わったので、次のシーンであるフンを水洗できる場所に移動することにしました。移動中に通訳の人と話をしました。
「動植物の通訳はたいへんでしょう?」
「そうなんです、辞書で訳してもほんとにその動物のことなのかよくわからないし、イギリス人は鳥のことをよく知っているけど、私はよく知らないので、むずかしいですね」
「latrineなんて知らなかったでしょう?」
latirineというのはタメフンのことです。
「ええ、調べたら一時的なトイレって出ていて」
「そう、軍隊のトイレのことなんです。そこから動物のタメフンについて使われるようになりました。サルの群もtroopっていうけど、あれも軍隊用語から来ていますね」
というような話をした。
さて、水道のあるところに移動して、ふるいと小皿を取り出して、さっき拾ったフンをふるいにのせ、水を流して歯ブラシでゴシゴシとこすると細かい粘土のような部分が流れて内容物が顔を見せます。この季節は種子などが少ないので、うまくいくかどうかわかりませんでした。
洗い始めると細かなプラスチックの破片やら、ゴム手袋の断片などがありました。このフンには奇妙なものが入っていました。植物の繊維が見えるのですが、白く、端が直線的なのです。ルーペで覗いていたクリスが言いました。
「これは植物の繊維だな」
「うーん、この端が直線なのは不自然だと思うんだ。白いところとまっすぐな繊維と、端がまっすぐだということからして、Alliumの可能性が大きいと思うな。Alliumって知ってる?」
「ああ、ネギね?なるほど」
「そうだ、ネギ。この端の直線は刃物で切ったもので、そうでないと不自然だ。ということは残飯を食べた可能性が大きい。」
次のフンからはミズキの種子やイネ科の葉が出てきました。私はメガネを外してふるいに顔を近づけ、言いました。
「This is a seed of Cornus, dog wood. It has distinct shape and I can identify. This grass leaf seems to be Poa annua」といいました。訳すと
「これはコルヌス、ミズキの種子だ。特徴的な形をしているから同定できる。それにこのイネ科の葉はスズメノカタビラみたいだ」
ミズキの種子は独特の形をしているのですぐわかりました。冬に緑なイネ科は限られます。それにスズメノカタビラは普通のイネ科の葉が全体が徐々に狭くなるのと違い、先端が急に丸くなるので区別がつくのです。するとクリスが
「ポア・アニュア(スズメノカタビラの学名)、ああ、知っている。へえー、イネ科の葉っぱをみて種名までわかるなんて、びっくりだよ」
そこは長年フン分析をしてきた者としてはちょっと鼻が高いところです。ほかにもヒヨドリジョウゴの種子が出てきましたが、学名が出てこなかったので、草の種子とだけ説明しました。
3番目のフンからは哺乳類の毛と大腿骨の一部がでてきました。大腿骨の基部が寛骨(腰骨)と関節するところは、球形なので特徴的なのです。大きさからしてふつうのアカネズミなどではなくドブネズミなどと思われました。
「これはげっ歯類の大腿骨だけど、大きさからしてマウスではない。リスかラットだけど、ここにリスはいないからラットの可能性が大きい」
「こういう具合に、フン分析にはトータルな動植物についての知識が問われるんだ。いくらコンピューターが発達して、複雑な計算が一瞬でできたり、複雑なモデルを作ることができるようになったといっても、フンから出てくる小さな破片をわかるにはなんの役にも立たない。私は毎日植物の種子の標本を作ったり、動物の骨の標本を作ったりしてきたから、かなりわかるんだ」
「いやあ、すごいよ。イネ科の葉っぱからスズメノカタビラだと分かるし、植物の破片から刃物で切られたネギと推定、骨の断片からラットの大腿骨、いやあ、大したもんだ」
こうした検出をしばらくしました。ひとつひとつのフンから出てきたものが違っていたので、クリスは次のようにまとめてくれました。
「いくつか調べてわかったのは、フンからは人工物が出てきたからタヌキは残飯をあさっているということだ。それにミズキなどの野生植物の種子もでてきたし、ネズミを食べていたものもある。つまり臨機応変に実にさまざまなものを食べることができるということだ。フンからはいろいろなことがわかるね」