goo blog サービス終了のお知らせ 

Sleeping in the fields of gold

小麦畑で眠りたい

眠れる鉱脈

2007-04-21 | Weblog
たまたまTVを見ていたら、コンピュータ将棋ソフトと渡辺竜王の一戦を追ったドキュメンタリーを放映していた。最初画面に映ったのは数字とコマンドの羅列。将棋ソフト「Bonanza」の思考記録の写しである。Bonanzaとはスペイン語やフランス語で「眠れる鉱脈、転じて大発見」を意味するのだそうである。(フランス語の辞書には出ていなかったけど・・)

私は全く将棋のルールを知らないので、さっぱり分からないのだが、要所要所で、一手の意味を番組が解説してくれていたので、なんだか面白くなってつい見てしまった。

Bonanzaというのはカナダで研究員をしているソフト開発者の保木さんという方が、海外のコンピュータチェスソフトと人間のチェス名人との対戦を目にしたことで、「それなら将棋ソフトを作ってみよう」と思い立ち、一年余りで作ってしまったものなのだそうである。初めてのコンピュータ将棋選手権で、初出場、初優勝。周りはスペックの大きなスーパコンピュータを導入している中で、彼のBonanzaは市販のノートPCで出場したにも関わらず、である。

将棋の分からない私にも、見ごたえのある一戦であった。将棋を指す人というのは、こんな風に裏の裏まで計算してやるものなのだと改めて感心した。将棋やチェスを好きな人というのは数学好きな人が多い。友人の夫、かつ私の同級生である知人は数学者なのだがチェスが大好きであるし、「鏡の国のアリス」(これはまさに異世界を舞台にしているけれど、物語の進行はチェスに沿っている)を書いたルイス・キャロルも数学者である。確率と法則性。すなわち、数学の世界により近いのでしょうな。

番組では、コンピュータ相手の対戦を請け負うことになった竜王の心中複雑な気持ちも取材している。人間が負けるわけにはいかないという意地と、負けたら謝らなきゃなぁという不安と。相当のプレッシャーであったことだろう。

一方、保木さんはと言えば、実はほとんど将棋に関しては素人なのである。知らなくってもソフトって作れるものなんだと驚く。むしろ、知らなかったから今までにない強い将棋ソフトを作り出すことができたのかもしれない。理論に忠実であり、またあらゆる可能性と、その中でも最善の選択肢を疲れを知らずに瞬時に選択できる強み。

一進一退の攻防は、本当に手に汗握るものであった。観戦している観客たちも、「まさかコンピュータがここまでやるとは」という驚きの声を発している。終盤まで、Bonanzaが押し気味であった。もはや竜王は負けを覚悟もしていた。ところが運命の一手、とも言うべきところで、Bonanzaは元々「攻め」のソフトとして作られていたものだから、人間のように一歩引いて守りを固める選択肢を選ばなかった。

そのことで、逆に竜王に勝機を与えてしまった。形勢逆転。竜王は勝利を確信したにも関わらず、Bonanzaは自分に危機が迫っていることも分からず、勝率は遥かに自分のほうが高い、という予測をし続けている。

保木さんは勝負の行方が分からないので、隣でBonanzaの出した指示通り将棋を指してくれるおそらく将棋団体の係の人に、「勝ってますか?負けてますか?」と聞く。ようやく事態を飲み込めた保木さんが、もはやBonanzaに勝ち目はないと判断し、Bonanzaは投了する。その宣言さえいつ言い出していいのか分からないので、隣の人にひそひそ声で聞く。本当に何も知らないのに、これほど強いソフトを作ってしまえるものなんだなぁ・・。

渡辺竜王も、保木さんも、投了後の笑顔がとても良かった。竜王は勝ってほっとしているところであろうし、保木さんも負けて悔しいというよりは、「よくやったね、Bonanza」という感じであった。観客たちも、口々に「いい勝負だった」と感銘を受けている。

コンピュータと人間の頭脳と。どうしても昨今は出てきてしまう話題だけれども、比べることに意味があるのかどうかは良く分からない。ただ、素晴らしい技術が生まれてくれば、やはりそれを人間と競わせてみたいと人は思うものなのかもしれない。

ふと恐ろしい感じがしたのは、実際はBonanzaというのは単なるプログラムソフトに過ぎないのだけれど、まるでそこには「Bonanza」という人格が存在するかのように思えたことだ。ほぼ完璧に、容赦なく正確な手を打ってくる対戦者。コンピュータが熱を持ちすぎていないか、長時間の対戦の間、保木さんがPCを気にかける様子はまるで愛息子を見守る父親のようであった。

竜王には人として当然勝たせてあげたい。しかし、一生懸命プログラミングしたソフトに違いないのだからBonanzaにも勝たせてあげたいような気がした。そう、自分が感じてしまったことが、なにやら薄気味悪い気が、後になってしてきたのである。

今回は運よく人間が勝利を収めたけれど、コンピュータはさらに進化していずれ人間を負かすようになることだろう。定石通り、という対戦の予測データの豊富さと計算の速さではコンピュータには適わない。コンピュータが予測できないのは、やはり人間の気まぐれな部分、感情に左右される部分のかけひきなのだ。

「2001年宇宙の旅」に出てくるようなコンピュータ、HALに人間が翻弄される日も、そう遠くない気がする。

見てみたいような気もするけれど、なんだかやっぱり薄ら寒い気もする。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。