ザ☆シュビドゥヴァーズの日記

中都会の片隅で活動する8~10人組コーラスグループ、ザ☆シュビドゥヴァーズの日常。
あと告知とか色々。

六義園に行ってきました

2016-12-07 23:54:19 | ねぎとろ
先日、外出のついでに六義園に寄ってきました。
「紅葉と大名庭園のライトアップ」イベントが開催されているようで。
ちょうど紅葉が「見ごろ」「散り始め」あたりという幸運な時期に尋ねることが出来ました。










iPhone画質はご容赦ください。
こういうところに来ると良いカメラが欲しくなりますね。


どうして、こんなに綺麗なのでしょう。
普段見かける木々や紅葉とはまったく装いが違います。
日本庭園や植物について何の知識もない、僕のような人にもこんなに感動させるのは何なんだろう……という疑問が浮かびました。

「光の当て方がプロい」……第一印象。

プロい、は職人技というニュアンスです。
どこがプロいのか。
何かこだわりがあるはず。

「一番見せたいものを、例えば樹だけ、葉だけを照らす」
「そうなるように、明かりの強さ、色、角度、範囲が絶妙に調節されている」

つまり、灯りが照らしているもの/照らしていないもの の区別がはっきりと成されているのです。
言われてみれば、いまこうして人が多く集まる場所であっても、歩道は縄のロープを使った低い柵で区切られているだけで、道を照らす灯りさえもありません。
辺りがぼんやりと薄暗い中、ふわっとした照明に当たった樹木だけが存在を慎ましく主張するのです。

これは合唱でも言えるでしょう。
裏で目立たないながらも音楽を支えるハーモニーという影の存在に対して、際立つメロディーライン。
「聴く人に、一番聞いてほしいパートはどこか」は音楽を構成する時に考えることですね。

ピアノでも同じですが、難易度は極端に上がります。
なぜなら、合唱では脳みそ1つに対して出す声は1つですが、ピアノでは脳みそ1つに対して出せる音は指の数だけあります。
16分音符を高速で弾きながら、メロディラインのみを引き立たせる……。こんな離れ業もまた「プロい」と言えるでしょう。


写真やデザイン、果ては料理など、他の芸術の分野でも、ひょっとしたら同じことが言えたりして。


公私周りでドタバタして疲れたので、今日はこれぐらいで。

(主に艦これイベ攻略のせいです。先ほどE-4丙をクリアしました。金曜朝までにE-5丙と山風・朝風掘り……)

それではまた来週!